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サービス開始から4年で上場 トリリンガルラッパーCEOの「トップに食い込む交渉力」

» 2024年02月16日 09時08分 公開
[田中圭太郎ITmedia]

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連載:対談企画「CEOの意志」

上場後のスタートアップの資金調達や成長支援を行うグロース・キャピタルの嶺井政人CEOが、現在活躍するCEOと対談。その企業の成長の歴史や、CEOに求められることを探る。

 トリリンガルラッパーの「日華」として活躍後、INFORICHを創業した秋山広宣CEO。2018年からスタートしたモバイルバッテリーのシェアリング事業ChargeSPOTの成功によって、22年12月に上場を果たしている。短期間で資金調達と事業拡大を果たせた背景には、秋山CEOの交渉力があった。後編では上場に至るまでの裏側を聞く。

グロース・キャピタルの嶺井政人CEO(左)とINFORICH社の秋山広宣CEO(撮影:寺中一桂)

 INFORICHはモバイルバッテリーシェアリングサービスのChargeSPOTの事業を18年にスタート。同社によれば国内のシェアトップを誇り、バッテリースタンドの設置箇所はコンビニや駅など全国4万台以上にも及ぶ。さらに事業開始から4年後の22年12月には、東京証券取引所グロース市場への上場を果たした。

 わずか4年での上場から、事業が順調に拡大していったように見える。しかし20年からは新型コロナウイルスの感染拡大が始まり、ChargeSPOTの利用率もほぼゼロになった。そのような厳しい状況下で、さらなる資金調達と事業拡大を成功させた要因は、秋山広宣CEOの交渉力にある。

 秋山CEOは香港出身の父と日本人の母の間に生まれ、日本語、英語、広東語の3カ国語を操るトリリンガルラッパー「日華」としても活躍。ラッパーの経験も経営に生かされていると話す。後編では短期間での上場を実現した秋山CEOに、ベンチャーの経営者に必要なマインドについて聞いた。

秋山広宣(陳日華/Stephen Chan) INFORICH代表取締役社長兼執行役員CEO。香港生まれ日本育ち。2007年にユニバーサルミュージックで3カ国語を駆使したアーティストとして活躍。12年に香港に移り住み、福岡県香港駐在事務所顧問、14年にマザーズ上場をした株式会社IGNIS設立時の海外事業室長など、日本企業の香港誘致、M&Aなどのクロスボーダービジネスのコンサルティング業を担う。15年に株式会社インフォリッチを創業し、「ChargeSPOT」をグローバルにサービス展開。シェアリングエコノミーのプラットフォーム「ShareSPOT」も手掛ける。22年12月に東京証券取引所グロース市場に上場

資金調達とハード購入、設置を繰り返す

嶺井: 前編では、香港のスタートアップを買収することによって、日本初のモバイルバッテリーシェアリングサービスのChargeSPOTを立ち上げた経緯などを聞きました。このサービスを展開するにあたっては、バッテリーを置くスタンドを増やすことが重要だったと思います。どのように増やしていったのでしょうか。

秋山: 私たちの事業のフェーズは3つあります。認知、拡大、習慣化です。まずは認知のフェーズで目指したのが、スタンドを全国に1万台設置することでした。返せる場所がなければ借りることはないでしょうから、一気に進めました。この時には自分がエンターテインメントをやってきた経験が生きましたね。

嶺井: ラッパーの経験が生きたのですか?

秋山: ラッパーとして活動していた頃は、北海道から沖縄まで全国をライブで回っていました。各地に先輩や後輩がいますから、とにかくスタンドを置いてもらって、ChargeSPOTが「いけてる」サービスだということをInstagramなどのSNSに投稿してもらいました。1万台はわりと早く達成できました。

嶺井: 認知に続く拡大のフェーズでは、壁にぶち当たることはなかったのですか。

秋山: 資金調達が大きな壁でした。サービスを拡大するためには、基本的には資金を調達して、バッテリーやスタンドなどのハードウェアを買って、全国に配置することを繰り返します。まず、シリーズAで11億円を調達しました。

嶺井: それはどのくらいの期間だったのですか。

秋山: 18年4月にサービスを開始して、6月までに調達しました。

嶺井: サービス開始までの3カ月で4億円を調達しているのに、さらに3カ月で11億円を調達するのはすごいスピードですね。

秋山: 私は上場するまでずっと資金調達をしていました(笑)。どんどんハードを購入していきますから、資金ショートしそうになったことが何度もありました。あるときお金を借りていた方から「3カ月で返してほしい」といわれて、何とかお金を集めて返したこともあります。この投資家には「あの時言ったことをちゃんとやってくれたね」といわれて、シリーズBで苦しい時に助けてもらいました。約束したことを1つ1つできたことと、設置台数を増やしていったことで、信頼を築けたと思います。

コロナ禍で、いかにして資金調達したのか

嶺井: 順調に1万台を設置して、20年に入ると新型コロナウイルスの感染拡大が始まりました。事業の拡大に影響はなかったのですか。

秋山: 大変な影響がありました。利用率をこれから上げていこうという段階でした。それが、コロナ禍で人が一切出歩かなくなりましたから、利用率はほぼゼロに近くなって、ビジネスは9割落ち込みましたね。

嶺井: その状況の中で、どうやって調達を続けたのですか。

秋山: シリーズBでは、ゴールドマン・サックスと日本郵政が間に入っていて、その後にコロナ禍になりました。それまで描いていた成長は不可能です。特にゴールドマン・サックスは社外取締役にも入っていただいていたため、常に納得してもらう必要がありました。

嶺井: コロナで環境が激変する中で調整が大変そうですね。

秋山: 当時はゴールドマン・サックスを相手にかなりハードな交渉をしていました。はれものに触るようにしてもしようがないので、正面から意見をぶつけましたね。主要株主の考えを知った上で、こちらの考えていることも理解してもらう。このコミュニケーションができたことで、着地点を見つけながら実行できました。

 スマートフォンゲームの『Pokemon GO』の公式パートナーだったときに、銀行口座に6億円しかない中でCMに3億円つぎ込もうとしたら、ゴールドマン・サックスからは「何を考えているんですか」と怒られましたね。

嶺井: 普通はそう言われますよね。

秋山: でも、私はエンタメの経験から、このタイミングでプレゼンスを上げなければ駄目だと主張して大げんかしました。当時『Pokemon GO』の公式パートナー企業はソフトバンクとセブン-イレブン、それに日本マクドナルドなど大企業ばかりで、その中でChargeSPOTは連携できていたわけですから。最後には「執行は任せます」といわれて、実行できました。

 実際に『Pokemon GO』の大型イベントが実施されるたびに、利用率は普段よりも20%上がりました。投資家に対しては、約束したことを守ること。そして約束した以上の結果を出すことを常に実践してきました。「under-promise,over-deliver(約束は控えめにして、結果は大きめにする)」ですね。最終的には21年に累計108億円の資金調達が完了して、この時点でChargeSPOTの設置台数も3万台を超えました。

ベンチャー経営者がトップと直接交渉する重要性

嶺井: コロナ禍でどのようにして設置台数を伸ばしたのでしょうか。

秋山: コロナ禍で利用はほぼなくなったので、まずは稼働の状況を分析しました。すると、約50%のスタンドが使われていなかったので、稼働しそうな場所に再設置をしました。

 再設置と新設の場所として重要だったのがコンビニエンスストアです。そんな中ファミリーマートさんが全国の店舗に拡大することを決めてくれました。これは助かりましたね。

 それから他のコンビニチェーンや、携帯電話のキャリアの店舗にも広がりました。人流はありませんでしたが、コロナ禍でどんどん設置場所を増やせたのは大きかったと思います。

嶺井: ファミリーマートのような大企業に対して、誰と、どのように交渉すれば、そんなコラボレーションが実現するのでしょうか。

秋山: ファミリーマートは当社のチームがずっと交渉を続けていたのですが、なかなか決まりませんでした。私が同席した時、白熱した議論をしたことがあります。決まらない理由は何なのか、お金なのか、条件なのかと迫っても答えが返ってこなかったので、私はそのまま帰りました。それが、当時の澤田貴司社長の耳に入って、いったん正式にお断りをいただきました。

嶺井: そこからどうやって、合意を取り付けることができたのですか。

秋山: 別の方から澤田社長と会食する機会を作っていただいて、その場で直談判したことで、再度ご提案する機会をいただきました。

嶺井: トップと交渉することが重要だということですか。

秋山: はい。臆せずトップのところに話にいくべきです。これは絶対です。どんなルートを使ってもいいから、トップとつながる。そして、スタートアップの経営者としての誇りを持って、自分が貢献できると思う未来を、トップに対して堂々と語るべきだと思います。

嶺井: 秋山CEOは、ファミリーマートなどのコンビニ以外にも『Pokemon GO』や香港ディズニーランドとも連携しています。これらもトップとの交渉だったのですか。

秋山: 基本的にはトップや、その事業のキーマンと話をさせていただきました。対企業ではなく、誰と話すかがすごく大事だと感じています。

嶺井: 交渉の際に、納得してもらうための秘訣はありますか。

秋山: できないことはできない、できることはできると正直に言うことです。設置提案の中でよく「競合店舗には置かずにうちのチェーンだけでやらせてほしい」というお声もいただきますが、「これはシェアリングなので他のチェーンにも導入できないと駄目なんです」とはっきり言いました。

 それと、約束したことは何があっても必ず実行すること。そこで約束を守らずに言い訳をしていると、そのトップがごまんと会っている人たちの中の一人にされてしまいます。背伸びをして、できないことを約束しないことですね。

ロジックよりも必要なのは立ち振る舞いや説得力

嶺井: お話をうかがっていて、コロナ禍でChargeSPOTの利用率がほぼゼロになったにもかかわらず、資金を調達し、事業を拡大できたのは秋山CEOの交渉力に鍵があるような気がします。その交渉力を身につけるには、どうすればいいのでしょうか。

秋山: 私がラッパーだったことは関係していると思います。フリースタイルバトルにも出ていましたので、即興で自分の考えをまとめ上げて、さらに説得力を持たせることを02年頃からやってきました。その経験は生きていると思います。

 ただ、フリースタイルバトルの場合、いかに論破するのかですので、理にかなっていないことを言っていることもありました。重要なのは説得力です。一方、ビジネスの現場では、ロジックが大事ですが、いくら正しいことを訴えても、投資家に納得してもらえないこともよくあります。ロジックよりも自分の自信と、経営者としての立ち振る舞い、それに説得力の方が大事ではないでしょうか。

嶺井: 22年12月に東京証券取引所グロース市場に上場して、現在ではChargeSPOTの設置台数が4万台を突破しています。上場後に感じていることはありますか。

秋山: これまで通り約束したことを実行していくことに尽きますね。上場前は、上場に向けた準備もしながら、約束事も守っていかなくてはならなかったので、上場前の方が大変でした。

嶺井: 今後の展開をどのように考えていますか。

秋山: 認知、拡大の時期を経て、コロナ禍が明けて習慣化も実現できました。これから目指すことの一つは、私たちがシェアリングのプラットフォームになることです。

 すでにShareSPOTというさまざまなシェアリングサービスを利用できるアプリをリリースしました。このアプリではChargeSPOTだけでなく、自転車シェアのドコモ・バイクシェアや、傘をシェアするアイカサなどのサービスも利用できます。ChargeSPOTの設置場所は主要駅から500メートルくらいですが、バイクシェアがこのアプリに入ることで、INFORICHの経済圏をさらに広げることができます。

 もう一つは、グローバルに展開して収益を上げていくことです。すでに香港や台湾は黒字化できていて、タイやシンガポールでも事業を進めています。欧州もまずフランスに進出することを発表しました。バッテリーは言語に関係なくどこでも使えますから、海外での拡大をスピードアップする方針です。あわせて、日本にしかない技術を海外に届けるクロスボーダービジネスを、私たちのネットワークで展開していきたいですね。

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