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【24年10月】健康保険、厚生年金保険の適用対象者が拡大! 企業に必要な対応は?連載「情報戦を制す人事」

» 2024年03月28日 12時00分 公開
[井上翔平ITmedia]

連載「情報戦を制す人事」

人事向けシステムを提供する株式会社Works Human Intelligenceが、人事職なら押さえておきたい最新の人事トレンドや法改正情報を伝えます。

 令和2(2020)年の年金法改正により、健康保険、厚生年金保険の適用対象者が拡大されました。この改正のうち、パートタイマーの適用条件については、22年10月、そして24年10月に段階的に変更されます。

 本記事では施行が迫る24年10月の変更内容や、企業、従業員それぞれのメリット・デメリット、また、企業が取るべき対応について解説します。

【2024年10月の施行内容】何が変わるのか?

 健康保険、厚生年金保険は正社員だけではなく、パートタイマーも適用対象です。しかし、パートタイマーの全員が適用対象となるわけではありません。このパートタイマーの適用基準について、フローチャートで以下に整理しました。

適用の基準は? パートタイマーの健康保険、厚生年金保険適用フローチャート

photo ※2カ月を超えて使用される見込みがない者や、後期高齢者医療制度加入者など、健康保険、厚生年金保険の適用除外対象者は適用対象とならない。図はWorks Human Intelligence作成

 24年10月から変更となるのが、上記4要件の(1)にある「特定適用事業所」の要件です。

 特定適用事業所とは健康保険、厚生年金保険の被保険者数が一定数以上の企業を指しますが、24年10月以降は、被保険者数が51人以上の企業が特定適用事業所となります。この被保険者数の要件は、22年10月以降は101人以上でしたので、被保険者数が51人以上100人以下の企業において、新たにパートタイマーの適用対象者が拡大されることになります。

photo 特定適用事業所の該当要件の変遷/出典:日本年金機構Webサイト「短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用の拡大

【健康保険、厚生年金保険適用のメリット、デメリット】

 健康保険、厚生年金保険に新たに加入することによって、どのようなメリット、デメリットがあるのでしょうか。企業、従業員それぞれのメリット、デメリットを解説します。

企業側のメリット

 企業から見たメリットは、パートタイマーを募集する際に健康保険、厚生年金保険に加入できることをアピールできる点です。

 労働政策研究・研修機構の調査(参考リンク:PDF)によれば、社会保険に加入できる条件が掲げられた求人について「魅力的だと思う(どちらかといえばを含む)」とする割合は計6割を超え(60.2%)、「魅力的ではないと思う(同)」(6.2%)を大きく上回っています。

photo 出典:独立行政法人労働政策研究・研修機構「『社会保険の適用拡大への対応状況等に関する調査』及び『社会保険の適用拡大に伴う働き方の変化等に関する調査』」p.51より(参考リンク:PDF

企業側のデメリット

 企業側としてのデメリットは健康保険、厚生年金保険の保険料負担の増大です。

 これらの保険料は労使折半であるため、従業員が新たに加入した場合、企業も保険料を負担する必要があります。

 どれぐらいの健康保険料、厚生年金保険料が発生するかを試算してみます。厚生労働省のWebサイトによれば、短時間被保険者の標準報酬額が年172万8000円であることから、パートタイマーの平均給与月額を172万8000円÷12カ月=14万4000円と仮定します。給与月額が14万4000円の場合、健康保険、厚生年金保険の保険料を計算する際の標準報酬月額は14万2000円です。

 また介護保険第2号被保険者に該当する40歳以上の方とします。この場合、健康保険料、厚生年金保険料は以下の通りです。なお、企業負担分は一人一人の分を計算するわけではなく全社員分を支払うため、概算で金額を算出しています。

健康保険料

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厚生年金保険料

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参考:全国健康保険協会Webサイト「令和6年3月分(4月納付分)からの健康保険・厚生年金保険の保険料額表(東京都)」より(参考リンク:PDF

 上記の健康保険料、厚生年金保険料を合算するとパートタイマー1人につき、年間25万4577円の負担が発生します。

従業員側のメリット

 従業員のメリットは、国民健康保険から協会健康保険に切り替わり、保険給付の内容が拡充することです。国民健康保険の給付内容は市町村によって異なりますが、出産手当金、傷病手当金は任意給付とされています。一方、協会健康保険では、出産手当金、傷病手当金も支給されます。

photo ※いずれも給与が支払われていない場合に支給される

 また厚生年金保険に加入できることによって、将来、国民年金に加えて、厚生年金保険による年金給付を受けられます。

従業員側のデメリット

 従業員のデメリットは、企業の場合と同様に健康保険料、厚生年金保険料の負担が発生することです。労使折半ですので、企業とほぼ同額の保険料を負担する必要があります。上記の「企業側から見たデメリット」で計算した条件と同様、40歳以上で平均給与月額を14万4000円とした場合、年間25万4580円の負担が発生します。

【企業が取るべき対応】必要な準備は?

 新たに特定適用事業所に該当することとなる企業が取るべき対応としては、まず労働時間、報酬額から健康保険、厚生年金保険の適用対象となる従業員を洗い出すことです。

 そして条件に該当した従業員に対しては、24年10月の適用開始前に健康保険、厚生年金保険に加入するメリット、デメリットを説明しておくことをおすすめします。

 上記で説明したように保険料負担が増えますので、その分手取りが減ることになります。あらかじめデメリットを理解してもらうことでトラブルの発生を防ぎましょう。

 特に注意すべきなのが、年間収入が130万円未満の健康保険の被扶養者です。新たに適用対象となることで扶養から外れてしまいます。ただ扶養から外れた場合には、いわゆる130万円の壁を気にせず、働けるようになるメリットもあります。メリットとデメリットを十分に説明しておくことが重要です。

 なお、労働政策研究・研修機構の調査によれば、短時間労働者(パートタイマー)に、今後の適用拡大に向けた対応方針を聞いたところ、働き方を「変えると思う」とした人たちが38.5%存在しました。

photo 出典:労働政策研究・研修機構「『社会保険の適用拡大への対応状況等に関する調査』及び『社会保険の適用拡大に伴う働き方の変化等に関する調査』」p.89より(参考リンク:PDF

【今後の見通し】どうなっていくのか

photo (提供:ゲッティイメージズ)

 健康保険、厚生年金保険はさらに適用対象者を拡大する方向で議論を進めています。その理由としては、被保険者の数が増加することで、年金財政が改善すること、健康保険料、厚生年金保険料は給与から控除するため、未納がないという2点があります。

 特にパートタイマーにおける適用基準の4要件のうち、特定適用事業所の企業規模要件、労働時間、報酬の要件についても将来的に撤廃される可能性があります。令和2年の法改正時には、参議院で以下のような決議がされています(一部抜粋)。

短時間労働者に対する被用者保険の適用に係る企業規模要件については、あくまで経過措置として規定されたものであり、本来撤廃すべきものであることから、被用者保険の適用拡大により保険料負担が増加する中小企業に対する支援の拡充等を進めつつ、できる限り早期の撤廃に向け、速やかに検討を開始すること。あわせて、労働時間要件及び賃金要件に係る適用拡大についても検討に着手し、早期に必要な措置を講じること。

出典:参議院Webサイト「厚生労働委員会 年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議」(参考リンク:PDF

 この参議院の決議の背景には、本来労働者であれば、正社員やパートタイマーといった雇用形態に関係なく、全て健康保険、厚生年金保険が適用されるべきという考えがあります。

 現在のパートタイマーにおける4分の3基準や4要件といった適用要件は、あくまで企業側に配慮した経過措置に過ぎません。

 そのためこれらの要件は早期の撤廃に向けて、議論が進んでいます。24年10月には特定適用事業所とならない小規模企業でも、将来的には適用される可能性を見据えておく必要があります。

著者プロフィール

井上 翔平 株式会社Works Human Intelligence WHI総研

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2012年、政府系金融機関に入社。融資担当として企業の財務分析や経営者からの融資相談業務に従事。2015年に調査会社に移り、民間企業向けの各種市場調査から地方自治体向けの企業誘致調査まで幅広く担当。2022年に(株)Works Human Intelligence入社。様々な企業、業界を見てきた経験を活かし、経営者と従業員、双方の視点から人事課題を解決するための研究・発信活動を行っている。

株式会社Works Human Intelligence

大手法人向け統合人事システム「COMPANY」の開発・販売・サポートの他、HR 関連サービスの提供を行う。COMPANYは、人事管理、給与計算、勤怠管理、タレントマネジメント等人事にまつわる業務領域を広くカバー。約1200法人グループへの導入実績を持つ。

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