マーケティング・シンカ論

自己満足の「ブランド感」は、LTVの毒にも薬にもならない 停滞する現場の特徴LTVの罠

» 2024年03月29日 08時00分 公開
[垣内勇威ITmedia]

この記事は、垣内勇威氏の著書『LTV(ライフタイムバリュー)の罠』(日経BP、2023年)に、編集を加えて転載したものです(無断転載禁止)。なお、文中の内容・肩書などは全て出版当時のものです。

 「ブランド」「LTV(ライフタイムバリュー、顧客生涯価値)」は切っても切れない関係にあります。ブランドを高める目的は、LTVを高めることにほかなりません。ブランディングは、LTV向上施策と同様に、長期視点の施策です。

ブランディングへの投資は長期的な成長に資する。しかし……(写真はイメージ、提供:ゲッティイメージズ、以下同)

 ブランディングへの投資は、あえて短期売り上げを追わず、長期売り上げを伸ばすことです。企業のブランドを根幹から変えるような施策や、長く貫いてきたブランドを徹底して守るような施策は、LTVに貢献するものです。例えば、潰れかけていた老朽化施設が、リブランディングによってよみがえったというサクセスストーリーは、誰しも見たり聞いたりしたことがあるでしょう。

 しかしここで語りたいのは、こうした本当にLTVに貢献するブランディングの話ではありません。言い訳がましく、都合の悪いことを隠すために発言される「ブランド感」は、LTVに全く影響がないという話です。

 皆さんもマーケティング関連の仕事をしていれば、一度は聞いたことがあるはずです。「それはブランド的に難しいです……」「ブランドを意識してこのデザインにしました!」「ブランディング施策なので数字が計測できていません」など、「ブランド」という言葉を使って何かをごまかそうとする発言を聞いたことがありませんか? ブランドという言葉はその曖昧(あいまい)性ゆえに、しばしば言い訳の道具として使われるのです。

デザインチームのダメ出しで、停滞する現場

 デザイン性に優れた商品で知られる、ある生活雑貨メーカーの事例を紹介しましょう。

 この企業では、デザインチームが非常に強い権限を持っていました。創業期からデザイン性の高い商品を作ってきたことで、コアなファン層をつかんできたという自負があったからです。そのため、営業チームやマーケティングチームなど、他のチームが何か施策を打とうと思えば、必ず最後はデザインチームの承認を得なければならないというフローがありました。

 これだけ聞けば、デザインを大切にしている企業で、培ってきたブランドを守ろうとしているのだなと好感すら持てるかもしれません。しかし、その内情を一言で表すなら「遅くて、何も進まない」という状況でした。デザインチームの口癖が、まさに「それはブランド的にNGです」だったのです。

 例えば、この企業ではメールマガジンを送る際、毎回マーケティングチームが内容を企画した後、デザインチームがゼロベースから作り込むという体制で運用していました。当然ですが、ゼロベースでメールを作るのですから、最低でも1〜2週間の工数を要します。しかもデザインへのこだわりは相当なものですから、気軽にメールマガジンを打とうなどと言い出すことはできません。デザインチームの「ブランド監査」がボトルネックになり、メールマガジンでPDCAを回すことができなくなっていたのです。

 しかし、メールマガジンで成果を出すための最大のドライバーは配信の「頻度」です。メールは「読まれるもの」ではなく、ごくまれに興味を持ったら脊髄反射的に開封してリンクを「押すもの」です。

 皆さんもメールマガジンを開封して「デザインがかっこいいなあ!」と思った経験などないでしょう? 中身のデザインをじっくり見てもらえる時間はみじんもないため、こだわり尽くしたところで顧客には何も伝わらないのです。

デザインをこだわるべきところ、そうでないところは明確に切り分けるべき

 このケースで言えば、顧客に「ダサい」と思われない程度に、デザインチームがテンプレートを1回だけこだわって作り込むのが最適解です。後はデザインチームが関与せず、マーケティングチームだけで頻繁にテキストと画像を入れ替えて配信し、PDCAを回せばよいのです。LTVに何も関係がないことにまで「ブランディング」という言葉が入り込み、企業活動を停滞させてはならないのです。

 一方でこの企業が、「商品」そのもののデザインにこだわりを持つのは、非常に有意義でした。顧客にアンケートやインタビューを取ると、そのメーカーの商品たる生活雑貨は、デザイン性が非常に高く評価されており、LTVにもしっかりと貢献していました。確かに商品のデザインにはこだわるべきです。しかし、デザインにこだわるべき部分と、そうでない部分とは明確に切り分けるべきです。

 デザインが必要なもの全てに、お金と時間をかけていてはキリがありません。顧客視点で見れば「メールマガジン」のデザインというのは、LTVに影響がないのです。

著者プロフィール:垣内勇威(かきうち・ゆうい) 

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WACUL 代表取締役

東京大学卒。ビービットから2013年にWACUL入社。改善提案から効果検証までマーケティングのPDCAをサポートするツール「AIアナリスト」を立ち上げる。19年に産学連携型の研究所「WACULテクノロジー&マーケティングラボ」を設立。研究所所長および取締役CIO(Chief Incubation Officer)として新規事業や新機能の企画・開発およびDXコンサルティング、大企業とのPoC(概念実証)など、社内外問わず長期目線での事業開発の責任者を務めてきた。22年5月に同社代表取締役に就任。著書に『デジタルマーケティングの定石 なぜマーケターは「成果の出ない施策」を繰り返すのか?』(日本実業出版社)など

LTV(ライフタイムバリュー)の罠

自社の製品やブランドを末永く愛してもらい、顧客と良好かつ継続的な関係を築いて利益を最大限に高めたいが、有効な手だてが見つけられない企業は多い。実際「LTV(ライフタイムバリュー=顧客生涯価値)」という言葉や概念は浸透しているが、正しくマーケティング戦略に組み入れ、機能させている企業は想像以上に少ない。本書はLTV向上施策において、顧客が逃げ出してしまう「4つのボトルネック=MAST」を浮き彫りにし、企業と顧客が向き合う接点ごとに有効な対処法を紹介。マーケティングや営業、顧客サービス部門の担当者がすぐに実践できるよう、多彩な事例を示しながら分かりやすく解説する。真に顧客から「愛される企業・ブランド・製品」を目指す企業担当者にとって必読の1冊。

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