SDVで「ニッポン出遅れ」論が意味すること池田直渡「週刊モータージャーナル」(8/8 ページ)

» 2024年04月22日 07時00分 公開
[池田直渡ITmedia]
前のページへ 1|2|3|4|5|6|7|8       

車内エンタメは本当に必要か?

 もう一つ、SDVの話をすると必ず出てくるのが車内エンタメの話である。動画を見るとかゲームをやるとかそういう話なのだが、現状、それらのエンタメは運転しながら楽しむことは認められていない。クルマが停まっている状態でいいなら、そこでノートPCでもブルーレイプレイヤーでも何でも好きなものを持ち込んで楽しむことは今すぐにでも可能だ。というか筆者個人としては自宅に帰れないやさぐれた環境にないので、自宅でくつろいで大画面で楽しんだ方がずっと良いと思う。

 クルマの中でそれが求められる前提だというのなら、移動時間の活用という話になって、どうしても自動運転と対になる。しかもレベル5領域の話だ。ところが、レベル5の自動運転は何十年か先の話になる。

(提供:ゲッティイメージズ)

 過去にも書いているけれど、日常運転していて、しんどいのは渋滞のストップアンドゴーと、長距離長時間運転である。しかしこれについてはもうADASでほぼ解決できてしまっている。各社のトップエンドクラス、トヨタでいえばアドバンスド・ドライブ、日産でいえばプロパイロット2.0、スバルでいえばアイサイトXあたりは、それぞれ各社の考え方による得意不得意があるものの、全体としてはかなり高度なADASとなっていて、これらに比べてテスラのオートパイロット(FSDは未経験だ)だけが特段優れているとも思えない。こうした日本メーカーのシステムを体験したことがある人が少ないので過小評価されているだけだ。

 そうやって移動における一番嫌な困りごとが概ね解決している先で、そこから先のさらにを求めるとなると、何のためにいくら払うかというコストの問題が発生する。いったいレベル5にいくらのエクストラを払うかを考えると、車内でエンタメを楽しむために数百万円も払う価値があるかは甚だ疑問である。

 なぜ数百万円ということになるかといえば、レベル5の自動運転システムの価格が下がるのは容易なことではないと思うからだ。数百万でも控えめで本当は数千万と書きたいところだ。できるとこだけ概ね自動運転というのはかなり良いところまで来ているが、人の介入が一切要らない完全な自動運転を求めるとレベルが全く違う話になる。

 もちろんレベル5なら運転免許も不要だし、飲酒しても送り届けてくれるだろう。エンタメだけじゃあない。だがそれは機能だけでいえば運転代行やタクシーでも可能な話であり、少なくともそれらとコストで戦える状態にならないと難しい。

 結局「SDVになると、こんなメリットがあります」ということを具体的かつ明快に言える人に筆者はまだ出会ったことがない。ふんわりとしたソフトの時代という話から先に全然進まないのだ。なので「SDVに出遅れ」という話があるのだとすれば、それは世界の全ての自動車メーカーが例外なく出遅れているという話であり、それって出遅れなのという疑問が尽きないのである。

プロフィール:池田直渡(いけだなおと)

 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミュニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。

 以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う他、YouTubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている。


前のページへ 1|2|3|4|5|6|7|8       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.