冷静に考えれば当たり前だ。1万社程度の大企業の賃上げが、350万社の中小企業に波及するわけがない。しかも今、国内で労働組合は2万程度しかない。その全てが労使交渉で過去最高の賃上げを成し遂げたところで、日本企業の圧倒的多数派である従業員数5〜20人程度の「小規模事業者」への影響はほぼゼロだ。
それくらいの規模の会社は労組もないし、オーナー社長が「ごめん、今年はきついからボーナスなしね」なんて感じで、自分のさじ加減で給料を決めているからだ。
このような現実とデータを直視すれば、「日本企業の99.7%、350万社を対象に賃上げと価格転嫁を促すため、全国一律で最低賃金を引き上げていく」という政策のほうが、はるかに現実的だし「平等」ではないか。
しかし、そうはならない。政府もアナリストも専門家もマスコミもあくまで「大企業」にこだわる。トヨタが世界を制すれば、日の丸半導体が過去の栄光を取り戻せば、その勢いで日本経済も復活して、景気も良くなって自然に日本人労働者の賃金も上がっていく、という東京五輪や大阪万博を開催して日本が元気だった時代の成功シナリオをどうにか「再現」しようと必死なのだ。
歴史を見ると、日本人はこういう「過去の栄光」にとらわれたときが最も危ない。日米開戦前、軍のエリートたちや、さまざまな研究機関が何度シミュレーションしても「日本敗戦」という結論は変わらなかった。最初の1年は攻勢をかけられても、圧倒的な戦力・資源の差があるのでボロ負けをすることが見えていた。
しかし、軍部は日米開戦に踏み切った。日露戦争で大国ロシアを短期決戦で打ち破った「過去の栄光」があるので、米国も先手必勝でガツンとやれば、日本の勇ましさに米国民が戦意消失するので、長期化せずに停戦交渉に持ち込める、というかなりご都合主義的な「風が吹けば桶屋がもうかるストーリー」に流れたのだ。これが「超大甘」な分析だということは、その後の日本の悲惨な負け方が全て物語っている。
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