冒頭に記したように、日立ペイメントサービスはPOS事業にも強みを持つ。運用するPOS台数は200万台超で、市場の4分の1を占める。
今でこそ市場をけん引する存在となったが、POS事業に乗り出した2010年から約9年ほどはデジタル決済市場の追い風があったにもかかわらず、飛躍的な成長を遂げることは難しかったという。松本氏は「インドでのデジタル決済の普及率が上がっていくのに比べて、当社のビジネスが急角度で伸びたわけではなかった」と、当時を振り返る。
「われわれのPOS決済事業を強化していくために、インドのパートナーと組んで加盟店開拓から一緒に進めていく必要性を感じました。そうしないと、デジタル決済市場の成長角度に足並みをそろえていくのは難しいだろうと」
そこで日立ペイメントサービスは2019年1月、インド最大の国営商業銀行であるインドステイト銀行(SBI)と合弁会社「SBIペイメントサービス」を設立。
SBIペイメントサービスが加盟店開拓を担い、日立ペイメントサービスはテクノロジーの側面から加盟店のデジタル化を支援し、業務効率化を実現することで加盟店増につなげるというのが事業戦略の大きな柱だった。
しかし同様の戦略を考えているのは、他社も同じだった。デジタル決済が急速に進む中で、加盟店向けのプラットフォーム競争が激化。加盟店の事業のデジタル化を推し進めようと奮闘していたが、なかなか思うように成果に結び付かない状況に陥った。
「加盟店からすると、部分部分でデジタル化されても大変なだけ。当時、チーム内で『アフターデジタル』という本を擦り切れるほど読み、よくよく考えまして、『加盟店が求めていることは何なのか』という視点が欠けていたことに気付きました」(松本氏)
デジタル化ばかりに目が向いてしまい、手段と目的がすり替わってしまっていたのだ。結果、システムのサイロ化やデータ分析の形骸化などが起こり、顧客の潜在的なニーズが置き去りにされていた。
そこで日立ペイメントサービスが生み出したのが、加盟店の店舗運営で必要になるサービスをリアル(現金)、デジタル問わず支援していくというソリューションだ。
「ATM事業でやったように『当社に全部任せてくれませんか?』と提案しました。特定のプロセスだけをデジタル化しても意味がなく、店舗運営における販売企画〜顧客管理で必要なサービスをワンストップで提供することで店舗運営の支援につながると思いました」(松本氏)
提案を踏まえて、加盟店業務プロセスの全体像を見てみると、課題が見えてきた。レジの現金管理だ。在庫管理や発注・仕入れ、決済や顧客管理などはデジタルに置き換えられたが、現金残高をリアルタイムで把握できていない点が課題として浮かび上がった。
現金残高が把握できないと釣り銭切れが発生し、買い物客にお釣りを渡せない事態も起こる。さらに、現金を含む店舗売り上げの実態をタイムリーに把握できないため、銀行から与信を受けることも難しくなるという。
「この課題を解決して加盟店を支援しなければ、ただの中途半端なデジタルソリューションベンダーになってしまう。それでは全然意味がない、と気付きました。現在、1万7500の加盟店に、定期的に現金の回収に行ったり、現金が不足しないように届けたりというサービスを展開しています」(松本氏)
「デジタル化は手段で、必要なのは加盟店のニーズを実現すること」という一番重要なポイントに立ち返り、デジタルに固執せずに、加盟店や買い物客特有の現金需要を汲んだ対応をすることで、独自のDXの確立にこぎつけた。
そして、すでに次のDXの実現にも着手している。カードやQRコード決済で記録が残るPOSデータと現金決済データの両方のデータを分析・活用し、加盟店が新たな金融サービスを受けられるような仕組みの整備を進めているのだ。
「小売店のデータ分析と言えば、POSデータが中心です。しかし、インドはいまだに現金での決済が約7割を占めています。POSデータだけでは正しい売り上げ状況や顧客動向を把握できません。POSと現金のデータが両方あって初めて分析として意味があるものになると思います」(松本氏)
SBIが所有しているPOS経由のデータと、日立キャッシュマネジメント(日立ペイメントサービス100%子会社)が展開する現金輸送サービスで収集したデータをSBIペイメントサービス内で統合することで、他行には掴めない現金の流れも把握できる状態を作り上げている。
POSと現金の流れを把握することで、加盟店のビジネスが成長しているかどうかも分かる。事業が好調に推移しているという情報を銀行に提供できれば、与信が増えて店舗拡大や設備投資のための借り入れなども可能になるかもしれない。
「この循環を作っていくことが、われわれが次に完成させようとしているDXであり、データの利活用です」(松本氏)
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