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1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務等を手がける。Xはこちら
AI業界では、米OpenAIがGPTシリーズを通じて圧倒的な市場シェアを獲得し、米GoogleのGeminiや米AnthropicのClaudeといった競合企業が後を追う形が続いていた。
しかし、ここにきて新たな強敵が登場した。それが中国のDeepSeek(深度求索)社である。
杭州で設立されたこの企業は、2023年の創業からわずか1年足らずでGPT-4oに匹敵する性能を持つ大規模言語モデル(LLM)を開発し、OpenAIに対抗し得る存在として注目を集めている。
特に世間を驚かせたのは、DeepSeekがうたう「低コスト・高効率」なAI開発手法である。
OpenAIの「GPT-4」には1億ドル(約150億円)以上のトレーニングコストがかけられた。これに対し「DeepSeek-R1」はたった600万ドル(約9億円)で開発されたとされる。推論に必要な計算資源も従来の10分の1程度で済むと報じられており、企業や個人ユーザーにとって低コストで利用できるAIとして急速に認知を拡大している。
青ざめている関係者も少なくないはずだ。現行の生成AIに何百億円・何千億円もの投資を発表してきた企業にとっては、会社の命運を変えるほどの影響があるかもしれない。
もし、本来はあまりコストがかからないはずのAI学習について、15倍以上も余計なお金を払って開発しているとしたら、会社の損害も莫大なものになるだけでなくAI競争でも敗北することが必至となるだろう。
実際に、その不安は世界の金融市場にも打撃を与えた。
2025年1月、DeepSeekが無料のAIチャットbotアプリをリリースし、米国のiOS App Storeでダウンロード数トップに躍り出たことで、投資家の間に不安が広がった。米Nvidiaの株価はこのニュースを受けて18%下落し、時価総額は90兆円消失した。
90兆円消失といえば、日本の上場企業における時価総額TOP3のトヨタ自動車、三菱UFJフィナンシャルグループ、ソニーグループがまとめて蒸発したのと同じくらいのインパクトだ。
OpenAIの成長を支えてきた米Microsoftの株価にも影響が及んだことで、その影響は市場全体に波及した。「DeepSeekの登場により、OpenAIやマイクロソフトの競争優位が損なわれる」との見方が「AI分野において米国が中国に後れを取るのではないか」という警戒感にまで発展したようだ。
しかし、「DeepSeekショック」は長続きしなかった。「パクリ疑惑」や「イデオロギー的な回答の自主規制」が指摘され始めたからだ。
DeepSeekの急成長に対し「技術の模倣ではないのか?」という疑念も浮上している。特に、トレーニングデータの出どころが不透明である点が問題視されている。
MicrosoftとOpenAIは、DeepSeekがOpenAIのデータを不正に取得し、自社のAIモデル開発に利用した可能性を指摘している。具体的には、DeepSeekがOpenAIのAPIを通じて大量のデータを取得し、その出力結果を自社モデルのトレーニングに活用したのではないかという疑惑だ。
その中身は「知識の蒸留」などと呼ばれている方法で、大規模なAIモデルの知識をより小規模なモデルに移行しながら訓練することで、安価に大規模モデルと同等の性能を具備するというものだ。
しかし、万が一そのような行為が行われていたとしたら、知的財産権の侵害やAPI利用規約違反に該当する可能性があるだけでなく、基盤となる技術の存在も疑わしくなる。そのような疑惑が表面化してからは、株式市場も落ち着きを取り戻した。
また、一部ではDeepSeekの政治的な中立性に疑問符をつける声もある。例えば、中国当局に対して不利な情報や政権幹部に関する質問内容については回答を差し控える傾向があると指摘されている。DeepSeekが今後国際市場に進出する際、この点も大きな障害となる可能性があるかもしれない。
一方で、DeepSeekはオープンソース戦略を積極的に採用しており、技術開発をコミュニティーに開放することで競争力を高めようとしている。仮にDeepSeekが上記の疑念を払拭(しょく)し、オープンソースの戦略が成功すれば、開発者の支持を集め、さらに強力なエコシステムを構築できる可能性もある。そうなれば第二次DeepSeekショックが発生するリスクもあるため油断は禁物だろう。
AI市場は今、新たな局面を迎えている。DeepSeekが中国市場を制するのはほぼ確実だろうが、世界市場での覇権争いはまだ決着がついていない。技術革新、コスト構造の変化、倫理問題、そして地政学的な要因が絡み合いながら、今後のAI競争はますます激化していくだろう。
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