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“便利そう”なのに進まない……人事のAI導入を阻む「3大ハードル」を“粉砕”せよAIでアップデートする人と組織

» 2025年08月07日 08時00分 公開

 「AIを導入すれば、この面倒な業務がもっと楽になるはず……」

 そう思ってはいても、なかなかその一歩が踏み出せない──そんな人事担当者も多いのではないでしょうか。

 生成AIの登場により、ChatGPTやGeminiといった日常的に使いやすいAIツールも増え、人事業務も今後大きく変わっていく予感があります。採用・人材育成・異動・評価・定着……あらゆる人事プロセスでAIを活用したいという期待は、日に日に高まっています。しかし、期待に反してAI導入が進まない現場も多くあります。

 それはなぜか。「技術的にできるかどうか」ではなく、「組織として乗り越えるべき壁」が立ちはだかっているからです。

 今回は、人事領域におけるAI導入を阻む「データ」「システム」「文化」という3つの壁を取り上げ、それぞれの構造と、どう乗り越えるかのヒントを解説していきます。

人事領域におけるAI導入には乗り越えるべき「3つの壁」がある(以下、写真提供:ゲッティイメージズ)

人事領域で「AI導入を阻む」第1の壁 データの壁とは?

 人事領域でAIを導入しようとしたとき、最初にぶつかるのが「データの壁」です。近年の人的資本経営や情報開示の流れで、人事領域でもデータを活用しようとする動きが活発なため、人事データの収集・集約を始めている組織もあることでしょう。一方で、データは山ほどあるものの、それを活用できる状態にはなっていない、というのが多くの人事での現実です。

 このデータが活用できないという「データの壁」は、さらに3つの問題でできています。

(1)データガバナンスの問題:人事が扱うのは「人の人生」という重いもの

 人事データはご存じの通り、極めてセンシティブな情報です。例えば、評価や報酬、異動や退職といった、従業員一人一人の人生に影響する記録が多く含まれます。だからこそ、「AIにそのようなデータを渡して本当に大丈夫なのか?」という根本的な不安がつきまといます。

 また、AIの導入によって、個人情報保護法やGDPR(EU一般データ保護規則)といった国内外の法規制に関連する新たなリスクを生じさせる可能性があります。こうした法的・倫理的リスクへの懸念が、AI導入の障壁となっているのです。

 こういった壁を打破するためには、まずは社内ルールを整える、情報ガバナンス・ガイドラインを策定することが重要です。社内の法務部門や情報システム部門と連携し、「どこまでがOKで、どこからがNGか」という線引きを明確にしたうえで、生成AIの利用ポリシーを整備することが重要です。

 このポリシーには人事視点も必要で、AI利用によって特定の従業員に不利益が生じないようにすることも含める必要があります。また、従業員との「信頼」を構築するために、どのようなデータを、何の目的で、どのようにAIが利用するかを従業員に対して透明化し、説明責任を果たす必要があります。

 法的・倫理的リスクは確かに怖いものですが、「どう設計すれば、安心して使えるか?」という視点に切り替え、体制を構築していくことがカギとなります。

(2)データ品質の問題:データはあるけど使えない

 人的資本経営やデータドリブン人事への関心の高まりもあり、「データを集める」ことはできている企業は多いです。しかし、長年にわたり自社独自にカスタマイズされてきた人事データの定義が足かせとなっていたり、採用・給与・人材開発などそれぞれの機能で異なるシステムを利用しているためデータが分散して存在したり、部門間の「サイロ化」が起こっているケースも見受けられます。その結果、AIで分析しようとしても、使えないデータになってしまうのです。

 人事でAIを活用するには、このデータ品質を上げるためにリソースをかけることが必須です。データの定義を、人事部門をまたいで標準化し、必要に応じて統合人事システムを導入して、AIが利用できる情報源としてデータを集約するといったことでデータの品質を高められます。

 また、データは一度ためて終わりではなく、品質を保持しなければ継続的に利用することはできません。データのクレンジングや妥当性の検証など、保守プロセスも整備する必要があります。

(3)バイアスの問題:データの偏りによる差別

 AIは、過去のデータから学習を行います。そのため、組織の過去の採用や異動の意思決定に、性別や学歴、年齢などに基づいたバイアスが存在した場合、AIはそのバイアスも学習してしまいます。これは前述の「特定の従業員に不利益を与えない」というポリシーに反するだけでなく、違法な差別につながる可能性もあります。

 こういった問題を発生させないために、あらかじめAIが利用するデータの棚卸しを行い、バイアスの可能性をチェックすることが重要です。また、AIの利用をブラックボックス化せず、「なぜその意思決定に至ったのか」を説明できる状態にしておくことも有効です。

 あらかじめ、「最終的な判断は人間が行う」という方針を明文化しておくのもよいでしょう。

第2の壁:システムの壁

 AIを導入しようとすると、「どのシステムを使えばいいのか」と「導入による効果をどう説明するか」という、二重の壁に直面します。各人事部門で使用するシステムはバラバラで、AIを導入してもその成果が見えにくい──こうした状況が、導入に踏み切れない原因となっているのです。

(1)サイロ化されたシステムの問題:人事情報がつながらない

 人事系システムは本来、各機能が連携し、全体最適を目指すべきものです。しかし現実には、採用・労務・タレントマネジメントなどがそれぞれ個別最適の観点で導入され、多くの企業でサイロ化が進んでいます。しかも、導入時期も違えば、HRベンダーも異なり、データの運用ルールもバラバラ……。その結果、データは部門内に閉じたままとなり、「横串での分析ができない」「AIに渡せるデータがない」といった事態に陥ってしまいます。

 前述のとおり、統合人事システムを導入してデータを集約することも有効な手段です。

 とはいえ、まずは小さく始めて、連携可能なデータから整備していくアプローチも現実的でしょう。いきなり全社統合を目指すのではなく、まずはAIを活用したいテーマに関連するデータから統合を始め、小さな成功事例を積み上げていくことが大切です。

(2)投資対効果の問題:明確な成果が見えない

 AIを導入したくても、経営が承認できない理由の一つが、投資対効果の説明が困難なことでしょう。特に人事領域におけるAI投資は、短期的な売り上げへの直接的な貢献が見えにくいため、「どれくらい効率化されるのか」「何がどれだけ改善されるのか」が曖昧(あいまい)なままでは、投資の意思決定は難しくなります。人事もAIも、「中長期的な視点での成果を見据えた投資」であることが多いため、定量化しづらい効果をいかに明確に伝えるかがカギとなります。

 まずはスモールスタートとして成果を出しやすい、採用候補者のスクリーニングやFAQ対応の自動化といったユースケースから始めるとよいでしょう。また、面接工数の削減や、離職率の低下といった「現場に響くKPI」を設計することも効果的です。それらを成功事例としてまとめ、次の投資への説得材料にしていくのが効果的です。

第3の壁:文化の壁

 AI導入において、最も見えづらく、そして最も手強いのが「文化の壁」です。この壁が厄介なのは、それが「理屈」ではなく、「感情」でできているからです。人事組織にいる人たちのAIへの不安、猜疑心、そして無関心──そうした“空気”そのものが、導入を阻むこともあります。

(1)心理的抵抗の問題:AIに対する防衛反応

 人事領域で生成AIを取り込もうとすると、多くの場合、まずは静かな拒否反応が表れます。

 「評価がAIで決まるのか?」「人事異動までAIが決めるのか?」

 そんな想像を巡らせるうちに、「自分たちの仕事がAIに奪われるのではないか」という自己否定的な感情が湧き上がってくるのです。

 これに関しては、AIの役割に関して正しい認識を持ってもらうことが重要です。AIは脅威ではなく、あくまで補完する存在である、ということは繰り返し伝える必要があります。あわせて、AIを導入する目的や背景を明確に伝えることも重要です。

 そもそも、人事が担っている役割をAIが完全に代替することは、現時点では非常に難しいでしょう。人や組織には、データだけでは捉えきれない多面的な要素が数多く存在します。これらを的確に把握し、人間ならではの判断を下すという役割において、人事の存在は今後も不可欠だと考えます。

(2)リテラシーの問題:人事部門と情報システム部門の分断

 生成AIや分析ツールが人事部門に導入されても、実際に扱うことができる人は限られてしまいます。人事部門はITに不慣れで、情報システム部門は人事の業務に明るくない──そんな「お互いに専門外」という状況にある企業も少なくありません。その結果、AI導入がなかなか進まない、ということになります。

 となると、やはりAIを使える人事の中核人材を育てる、ということが重要になります。人事チーム全体のITリテラシーの底上げを行ったり、テクノロジーに強い人事担当者を配置したりする(採用する・育成する)ことも重要です。

 特に、今後のニーズを踏まえると、「人事×AI」のスキルセットを持つ人材は、非常に汎用性が高く、戦略的に重要な人材となるでしょう。市場価値も高い人材となるので、早期に手を打つことは重要です。

(3)リーダーシップの問題:トップの無関心

 AI導入に不可欠なのはやはりトップダウンの意思決定とビジョンです。経営層がAIへの理解を欠いていたり、明確な戦略とコミットメントを持っていなかったりした場合、人事部門だけでAI導入を推進するのは困難です。

 経営に動いてもらう……というのはチャレンジングな課題です。費用対効果を可視化するだけでなく、「導入しないことによる機会損失」も併せて伝えること、さらには「現場の声」や「変化を示すデータ」を届けることも大切です。人的資本経営やリスクマネジメントの観点からも、AI導入を「戦略テーマ」として格上げしてもらうことが重要です。

AI導入は組織変革そのものになる

 今回はAI導入の壁として「データ」「システム」「文化」を取り上げましたが、それぞれが独立しているようで、実はお互いに強く絡み合っていることがお分かりかと思います。AI導入は、単なる技術的な取り組みにとどまりません。それは「組織がどう変わっていくか」という、変革のストーリーそのものとなります。この3つの壁を粉砕するためには、人事が横断的かつ戦略的にAI導入を推進していくことが重要です。

 次回は「採用と生成AI」。次回は「採用と生成AI」をテーマに、採用領域での活用事例をご紹介する予定です。

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