では、なぜ今回に限ってCoCo壱の値上げで、顧客離れが加速する結果になったのか。
一言で言えば、「価格の閾値を超えてしまった」からだろう。ある一点の価格(閾値)までは、値上げをしても客離れがほとんど起きない、または緩やかにしか進まない。しかし、その閾値を超えた瞬間に、顧客の離脱が急激に加速する。
今回の2024年8月の値上げは、まさにその境界線を超えた可能性が高い。ベースカレーは10.5%、トッピングも含めれば一食100円前後を値上げした。
もう一つ見逃せないのが、地域別価格の廃止だ。
従来のCoCo壱は、都市部と地方で価格差を設けていたが、今回の価格改定では全国一律価格へと転換された。一見するとシンプルで公平な施策に思えるが、実は価格戦略としては非常に難度が高い。価格の閾値や支払い意欲は、地域や顧客層ごとに全く異なるためだ。
支払い意欲が比較的低い層(地方・学生・ファミリー層など)を基準に価格を統一すると、当然ながら客単価は下がる。反対に、支払い意欲の高い層(都市部・ビジネスマン・外食頻度の高い層など)を基準に統一価格を設定すると、支払い意欲が低い層の離脱を招く。
つまり、どっちを取っても常にリスクを伴うのだ。このように、地域別やセグメント別の価格戦略を廃止し、支払い意欲の高い層に寄せた価格になったことで、支払い意欲が低い層の離脱を招いてしまったのだろう。
さらにもう一点、今回の価格改定で特に気掛かりなのは、来店頻度の高い顧客への影響である。仮に一食当たりの値上げが100円でも、「たかが100円」と感じる人もいれば、「それが積み重なるとばかにならない」と感じる人もいる。
実際に月間来店頻度で換算すると、
ほどが増えることになる。
来店頻度が高い人ほど、価格の変化が生活に食い込んでくるため、同じ値上げでも「生活コスト」としての重みが異なるのだ。
今回の値上げがきっかけで、既存店の客数が5カ月連続で前年同月を下回り、累計では約5%の減少。客離れが起きたのは明らかだ。
しかし、売り上げは「単価×数量」で決まる。数量が多少減っても単価を引き上げて売り上げと利益を底上げすることは、特に成熟フェーズにある企業にとって王道の戦略であり、CoCo壱のように一定のシェアを取った企業には合理的とも言える。実際、足元の売り上げと利益は過去最高を記録しており、これまでの実績を踏まえると、現時点では「戦略的な値上げ」と評価できる。
ただし、値上げを起因としたこれほどの客数減少は前例がなく、今後も減少に歯止めがかからなければ、近い将来、過去最低水準に落ち込むリスクが現実味を帯びてくる。
現時点で成功とも失敗とも断定するのは難しいというのが正直なところだ。しかし、2024年9月の値上げからもうすぐ1年。多くの場合、売り上げや利益へのマイナス影響は1年〜1年半で結果が出る。答えが明らかになる日は、そう遠くないだろう。
今回のケースからは、他の飲食店にとっても多くの示唆が得られる。価格改定はもはや避けられない経営課題だが、「どう上げるか」の設計次第で、顧客の反応はまったく変わってくる。以下に、今回のケースから得られる教訓を整理した。
全国一律価格の導入は、コスト面ではオペレーションが簡易になるが、価格に対する地域差・顧客層の受容差を無視してしまう。価格の閾値が異なるセグメントに同一価格を当てはめれば、いずれかの層が過剰な値上げと感じて離脱する。
今後は地域別価格、時間帯別価格、チャネル別価格など、セグメントごとの価格設計が必須になるだろう。
顧客が価格の印象を決めるのは、いつも「頼み慣れた定番メニュー」だ。今回でいえば、ポークカレーの値上げは価格の印象全体を押し上げる要因となった。
このような価格の基準点となる商品は、むしろ据え置くか、値上げ幅を最小限にとどめ、他メニューやトッピングで回収する戦略が有効である。
ベースとなるメニュー価格を据え置いたまま、高単価な新メニューを追加するというのも王道の値上げ戦略。消費者心理としては「ベースは変わっていない」という安心感を持ちつつ、10回来たうちの3回はちょっとぜいたくをして、高単価メニューといった消費行動を促せれば客単価は上がる。特別感・期間限定感などを持たせることで、「価格が高くなった」という印象を緩和できる。
値上げのインパクトは「単価」ではなく「頻度」と掛け算で決まる。月に1〜2回の来店なら100円の値上げも大きな問題にならないが、週3〜4回利用するリピーターにとっては死活問題になり得る。
CoCo壱はヘビーユーザー比率が高い店でもある。そのような来店頻度別の影響度を事前に想定せず、一律の値上げをしてしまえば、ロイヤル顧客を失うリスクは極めて高くなる。
物価高、人件費上昇、原材料の高騰──値上げは、いまや飲食店にとって避けて通れない経営課題だ。しかし、「値上げすれば売り上げが落ちる」のではなく、「値上げのやり方がまずいと売り上げが落ちる」というのが、本質的な論点である。
飲食業界の消費者は、これまで以上にシビアだ。「値上げしても仕方ない」と頭で理解していても、体感としての“割高感”が少しでもあれば簡単に離れていく。だからこそ、値上げには緻密な設計と戦略的な仕掛けが必要なのだ。
値上げは単なる価格改定ではない。それは、顧客との信頼を前提としたコミュニケーションの技術である。この技術を磨くことが、今後の飲食業界にとって最大の競争力になるだろう。
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