「700万円」という壁は、三井住友カードの抱えていた矛盾を解決する仕組みとなっている。
実は、プラチナプリファードの成功は、同時に課題も生んでいた。伊藤氏が語ったように、年間1000万円を超える利用者でさえ、年会費3万3000円のプラチナプリファードで満足してしまう。同社にとって最も収益性の高い顧客層が、最上位カードに移行しないという“もったいない”状態となっていたのだ。
しかし、単に新しいカードを作るだけでは解決しない。年会費が高いだけで経済価値が劣るなら、合理的な顧客は移行しないためだ。
ここで700万円という条件が効いてくる。この金額を下回れば、Visa Infiniteはプラチナプリファードに還元率で負ける。つまり、700万円未満の利用者が、あえて「損をする設計」にしたのである。
これは「700万円を下回るなら、プラチナプリファードのままでいてください」という顧客への明確なメッセージとも捉えられる。中途半端な層が大量に流入すれば、限定イベントは満員になり、コンシェルジュは混雑し、特別感が失われてしまう。700万円という高い壁は、本当に来てほしい顧客だけを選別するためにあるともいえるのだ。
では、年間700万円以上のカード決済ができる個人とは誰なのか。
月額にすると約58万円。日常の食費や光熱費、趣味の支出だけでこの金額に達する個人は限られるだろう。高所得のサラリーマンであっても、家族の生活費を含めて月50万円をカードで払い続けるのは容易ではない。
同社が想定するのは、年収2000万円クラスのエリート会社員や会社経営者、個人事業主など、ビジネスの経費を個人カードで決済できる層だろう。税金の支払いや取引先との会食、出張費用や広告宣伝費など。こうした事業関連の支払いを個人カードに集約すれば、月50万円を超える金額は十分に現実的となる。
三井住友カードがこの層を「デジタル富裕層」と呼ぶのには理由がある。50代で現役として働き、多忙なためデジタル取引を好む。その一方で、経営者同士の懇親会でワインや美術に触れる機会も多い、合理性と体験価値の両方を求める層だ。
この層の特徴は、従来の富裕層マーケティングでは捉えきれないところだ。社会的地位や年収といった表面的な指標ではなく、実際にカードで年間700万円を使える生活スタイルなのか。ここに、三井住友カードの新たな顧客開拓の狙いがある。
重要なのは、デジタル富裕層という新しいセグメントが、実際にどれほど存在するかである。従来の富裕層マーケティングでは捉えきれなかった層を、データで可視化し囲い込めるのか。それが、今後の発展のカギとなるだろう。
金融・Fintechジャーナリスト。2000年よりWebメディア運営に従事し、アイティメディア社にて複数媒体の創刊編集長を務めたほか、ビジネスメディアやねとらぼなどの創刊に携わる。2023年に独立し、ネット証券やネット銀行、仮想通貨業界などのネット金融のほか、Fintech業界の取材を続けている。
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