タスクや進捗状況を可視化することで、営業の生産性向上や業務効率化を図るSFA(営業支援システム)を導入していても、真に活用できている企業はほんの一握り。大半は「入力・記録」で精一杯というのが実情です。しかし現在は、AIによってSFAを最大限に活用し、「動く営業アシスタント」にすることもできるようになっています。
どのようにAIを活用すれば、強い営業組織を作ることができるのか。【初受注まで「1年→5カ月」に短縮 AIで実現する営業の育成改革とは?】に続き、第2回では、SFAに焦点を絞り、経営管理プラットフォーム「DIGGLE」(ディグル)を開発・提供するスタートアップであるDIGGLEの具体的な取り組み事例を紹介します。
野村幸裕 DIGGLE VP of Sales。同志社大学法学部法律学科修了。キーエンスにて9年間エンタープライズ営業やチームマネジメントに従事。その後Sansanを経て、SALESCOREへ参画し営業組織コンサルティング事業部の事業責任者経験後、Revenue責任者としてセールステックのSaaS事業を立ち上げ、グロースを牽引。2023年4月よりDIGGLEに参画
吉岡究 DIGGLE Sales Enablement Director。新卒でリクルートに入社。リクナビ・リクナビネクストの営業・営業マネージャーとして37四半期連続で営業目標達成。その後、スパイダープラスにてエンタープライズセールス部部長を経て、セールスフォースジャパンに入社。2024年8月にDIGGLEに入社しSales Enablementを担う──多くの企業が、SFAを生かしきれていない理由は。
野村: まず大きな課題は、そもそも「入力されていない」ことです。SFAの入力作業自体は、売り上げに直接つながらないので、商談や資料作成などの顧客対応が優先され、どうしても後回しになりがちです。また、取り組みを本格化するほど入力項目が増えるので、逆に入力率が下がるというジレンマもあります。
たとえ入力しても、「データを活用できない」というのがもう一つの理由です。SFAのデータを有効活用するには、事前に「何を分析したいのか」という目的を明確にし、それから逆算した入力項目の設定――つまり、「どのデータを、どの粒度で、どう入力すべきか」の設計が求められます。仮説を立てるには一定の経験やノウハウが必要になるので、なかなか進捗しない企業が多いのでしょう。
吉岡: ただ最近は、AIを活用することで、営業のリソースやデータ設計の知見が不足していても、SFAのポテンシャルを引き出せるようになってきました。DIGGLEでも、目下その検証を進めているところです。
──一つ目の「入力できていない」問題を解決するには。
野村: いっそ「入力しないようにする」のが理想です。商談1件あたりSFA入力に20〜30分かかっているとすると、1日4〜5件商談を実施した場合、入力だけで1時間以上かかることになります。売り上げに直結しない時間なので、極力なくすべきでしょう。
DIGGLEでは、商談のAI議事録からSFAの入力項目を自動で抽出しています。例えば、顧客が「予算800万円」と話していれば、「予算:800万円」と整理されて出力されます。
ただ、情報の抽出は自動化できても、入力はまだ人手が必要です。そこで今まさに検証しているのが、抽出した項目をSFAに自動マッピングする方法です。SFA上のワークフローとAIのプロンプトを接続するのが最大のハードルですが、「商談が終われば、自動的にSFAも入力されている」という状態を実現できれば、営業メンバーの主観を入れずに、顧客の生の声を蓄積できるので、商談の振り返りやフィードバックの精度も高まるはずです。
──もう一つの「データを活用できない」問題を解決するには。
野村: SFAに自動マッピングされたデータを用いて、受注・失注パターンを分析するのがよいと考えています。
SFAデータの活用方法はさまざまですが、突き詰めれば「どうすれば受注できるか」を解明できればいいわけです。人手で分析していた時代は、全体を網羅するのが難しく、関連しそうな因子に当たりをつけて検証していましたが、今はAIによって大量のデータをあらゆる切り口で分析できるため、受注案件と失注案件の入力項目を比較して、相関度の高い因子を特定することも可能です。「予算400万円以内」「競合がA社」なら、受注確率は80%といった予測も立てられるようになるでしょう。
吉岡: 受注確率が分かれば、「予算1000万円以上で競合がB社なら撤退」というように、案件の優先順位を決めやすくなり、組織全体の受注率を底上げできますよね。例えば、100のリソースを5件に均等に割り振るよりも、勝率の高い2件に割く方が成果につながります。さらに、受注パターンと差がある因子をAIが示唆してくれれば、改善のヒントも得られるはずです。
野村: この取り組みはまだ検証中ですが、将来的にデータ入力・分析が人の手を介さずできるようになるのは間違いありません。だとすれば、今後営業組織が向き合うべきなのは、商談そのものの質を上げることだといえます。
──商談の質を上げるためにすべきことは。
吉岡: 商談前の情報インプットと商談中・商談後のコミュニケーションの強化が重要です。ただ、これらもAIによって効率的にできるようになってきました。
例えば、これまで商談前の準備といえば、企業WebサイトやIR資料、業界メディアなどの社外情報に目を通しつつ、社内のSFAなどのデータベースを検索したり、詳しい社員にヒアリングしたりといった方法がメインでした。
今では、社外情報は汎用AIを使って簡単に抽出・整理できるようになっています。さらに、まだ検証段階ですが、SFAにAIを連携させ、類似の既存顧客などの情報を自動サジェストすることも、理論的には可能です。つまり、自分からあちこち探しに行かなくても、自分に必要な情報が集まってくるようになる。特に、営業には見えにくかったCSの業界ごとの顧客事例の情報を自由に抽出できるようになれば、顧客の解像度が上がり、提案内容の質も高められるでしょう。
もう一つ、顧客の理解を深めるために既に実践しているのが、顧客データのナラティブ化です。断片的な情報のつぎはぎでは顧客イメージをつかみにくいので、顧客の置かれている状況を物語のように整理してから、商談のシミュレーションをするようにしています。
──商談中や商談後の取り組みは。
吉岡: 商談中は、AIによってリアルタイムで議事録を生成するようにしています。途中で論点を整理して提示すると、顧客には「話しながらまとめられるのはすごい」と感心してもらえますし、生成AIに議事録を読み込ませて新たな話題や質問を生成すれば、「業界のことをよく知っている」と評価してもらえます。つまり、信頼度が大幅にアップするんです。
商談後は、AI議事録をSFAに自動で添付し、プロンプトビルダーを使って、商談内容を反映した顧客フォローメールを作成します。現在は別のメールソフトで送付していますが、いずれはSFA上で送信できるようにし、プロセス全体を1プラットフォーム上で完結させたいと考えています。
なお、2回目の商談では、顧客の課題や目標を整理したスライドを使用するのですが、こちらもAI議事録からほぼ自動で作成できるようにしています。
プロンプトの例:
こちらの書き起こしは、DIGGLEとxx社の商談の書き起こしです。
本日の会話の論点を整理する一枚のスライドを作成したいです。
〇〇業務の各プロセス(〇〇・〇〇・〇〇・〇〇)ごとの問題と解消の方向性を整理して。
各プロセスごとの文章量は問題100文字・解決の方向性100文字程度で作成して。
──これらの取り組みの成果は。
吉岡: まず、商談に関わる作業を大幅に削減できましたね。商談前の情報インプットは5分の1程度の時間で完了するようになりましたし、商談後のフォローメール作成は約10分、2回目資料作成は約20分かかっていたのが、ほぼ自動化されましたから。
ただ、本質的な成果は、顧客対応の質が上がったことだと思います。商談前は、顧客への理解が深まり、仮説の精度が上がりましたし、商談中は顧客の話をその場で整理し、深掘りできる。商談後も、ほとんどテンプレート化していたフォローメールや2回目資料を、顧客ごとに細かくカスタマイズできるようになりました。時間がなくてできていなかった個別対応が、AIで実現できるようになったんです。
──今後の営業組織のあるべき姿とは。
吉岡: AIによって、SFA入力やデータ分析はもちろん、商談の質も部分的に上げられるようになりました。その分、営業組織は「顧客の感情を動かすこと」に集中できるようになると考えています。
課題の背景にある事情や本音を引き出し、顧客自身が最善の意思決定をできるように導く。そのプロセスを通じて、顧客との共創関係を築いていくことこそが、今後の営業組織におけるミッションになると思います。
野村: 「顧客の感情を動かすこと」にフォーカスが当たるだろうというのは、私も同感です。だからこそ、単なる商談内容だけでなく、話し方や人柄、人脈など、現時点では人にしかできないスキルを磨くことが大切になってくるのではないでしょうか。「人」として営業組織が果たすべき役割を、再定義するタイミングが来ていると思います。
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