株式会社 Hite & Co.代表取締役社長
「総務から社員を元気に、会社を元気に!」がモットー。25年以上に渡り、日系・外資系大企業の計7社にて総務・ファシリティマネジメントを実務経験してきた“総務プロ”。
インハウス業務とサービスプロバイダーの両方の立場から、企業の不動産戦略や社員働き方変化に伴うオフィス変革&再構築を主軸に、独自のイノベーティブな手法でファシリティコストの大幅な削減と同時に社員サービスの向上など、スタートアップから大企業まで幅広く実践してきた。
JFMAやコアネットなどの業界団体でのリーダーシップ、企業総務部への戦略コンサルティングの実績も持つ。Master of Corporate Real Estate(MCR)認定ファシリティマネジャー、一級建築士の資格を保有。
テクノロジーの進化を受け、ハイブリッドな働き方が社会的に定着しつつあります。オフィス回帰を選択する企業やリモートワークで成果を上げる企業、そして両者の間で最適解を模索し続ける企業――その形はさまざまです。
従業員のワークライフバランスや会社へのエンゲージメントを向上させる要因は「選べる働き方」であり、多様な働き方を許容する環境です。その実感が、ハイブリッドワークのさらなる定着を後押ししています。
オフィスはもちろん、在宅やコワーキングスペース、ワーケーション、さらには全国どこからでも働けるテレワーク――コロナ初期の「トライアル段階」を経て、こうした多様な働き方は今や「安定段階」へと定着しました。かつてないほど多くの従業員がその個々の事情や価値観、人生観に合った働き方の選択肢を本気で探し始め、行動に移しています。
多くの企業の人事総務部に近い位置で関わっている筆者は、その変化を日々肌で感じています。
高市内閣の改革骨子に盛り込まれた「裁量労働制改革」も、こうした多様な働き方を後押しするでしょう。このように「働き手」の自由裁量が広がる中で、筆者はメタバースを活用した「バーチャル空間での仕事」に注目しています。
2022年の記事では、バーチャル空間を「人事総務部の目線」から、そのパーパス(目的)別に整理し、主に以下の5つを軸として提示しました。
(1)コミュニケーションツールとして活用
(2)イベント空間として活用
(3)災害時や感染リスク対策の際に活用
(4)福利厚生として活用
(5)奇跡的な活用
今回の内容の要点は、(1)と(5)の進化と実例です。
大手ゼネコンである清水建設は2023年9月、次世代の人財育成とイノベーションの拠点として「温故創新の森 NOVARE」(ノヴァーレ以下、NOVARE)をオープンしました。同施設では、メタバース空間の提供を開始しています。
ゼネコンといえば、都市計画などの街づくりやビル建築、土木など、その全てが「リアル」をベースとした事業です。ある意味「メタバース」はリアルでビジネスを展開するゼネコン業界にとって縁遠い存在――あるいは脅威にさえなりうる存在かもしれません。
そんなゼネコンが、どのような意図とモチベーションでメタバース空間を活用しているのか。清水建設が手掛けるリアル空間とメタバース空間についてレポートします。
NOVAREの敷地内(リアル空間)では、NOVARE Hub、NOVARE Lab、NOVARE Academy、NOVARE Archives、旧渋沢邸という5つの機能を一つの敷地に集積させ、都市にあらたなイノベーションの創出を目指します。
清水建設の一般社員がNOVARE Hubで働きながら、その横に隣接するLabで実験をするなど、建物の施工技術や実物大の柱や梁といった素材に触れる機会を提供。Archivesでは、過去から現在に建てられた建築物を紹介しています。Academyには建築学科などの学生たちが清水建設の技術や歴史から学び、新たなアイデアを出し合うセミナーなどを開催しています。
中央にある旧渋沢邸は「日本近代資本主義の父」と称される渋沢栄一と子、孫、曽孫が四代にわたり暮らした住宅です。清水建設が施工した邸宅を全て解体して運び、NOVARE敷地内に再建しました。清水建設の顧客に加え、一般の方々との交流もこちらで行われるという仕掛けです。
同社がNOVAREをオープンした根幹にあるのが、長期ビジョン「SHIMZ VISION 2030」です。
このビジョンでは、従来の建設事業の枠を超え、時代を先取りして価値を創造する「スマートイノベーションカンパニー」への変革を宣言。NOVAREを、その変革を実現するためのプラットフォームと位置付けています。
NOVAREは、ラテン語で「創作する、新しくする」を意味し、同社は(1)事業構造、(2)技術、(3)人財の3つのイノベーションを推進する「場」と定義しています。最大の特徴が「温故創新」、つまり「ふるきをたずね、あたらしきをつくる」です。原点に立ち返り、イノベーションを推進するという哲学が根底にあるようです。
施設全体の中核を担う「NOVARE Hub」は、従来の建設業だけでは応えきれなかった社会課題や顧客の本質的なニーズに向き合うための場です。社内外を巻き込んだオープンイノベーション活動の拠点として、既存事業の深化や、新たな事業創出を目指しています。
充実した「リアルの場」を持つ清水建設が、なぜさらにバーチャル空間の構築に踏み込んだのか。そこには多くの企業がこれまで実践してきた「オープンイノベーション」の限界と、それを乗り越えようとするチャレンジが見えてきます。
社内の知見にとどまらず、社外の新たな知見やノウハウ、人材などを取り込みながら交流を深め、イノベーションを起こす試み、いわゆる「オープンイノベーション」や「フューチャーセンター」は、数十年前から多くの企業が取り組んできたものです。
その発想とアイデアは良いのですが、成功している事例は極めて少ないのが現実です。その失敗の原因は「交流の質と頻度」が想定を大きく下回ることです。多大な資金を投じて都心の一等地に設立したフューチャーセンターが、実際は閑古鳥が鳴いている「名ばかりの拠点」になっている――そんな光景は珍しくありません。
事業に投じたお金で、どれだけ効率よく利益を出せたかを測る「ROIC経営」の観点からいえば、投下した資本に対するリターンは最低、つまり最悪の投資です。人的資本経営やROIC経営が世界的な潮流となる今、企業がこうした「失敗プロジェクト」を継続したくないのは自明です。そうした文脈の中でも、清水建設のNOVAREにおけるメタバースのアプローチは学びになる事例と言えるでしょう。
リアル空間の価値を最大限に生かし、リアルでしかできないことを推進する一方で、弱点を正面から直視する。そして「メタバース空間だからこそできること」を定義し、それを実践に落とし込んでいく必要があります。
例えば清水建設では、日本全国・世界各国との技術連携や、アイデア出しなどのコミュニケーションを適切なタイミングと頻度で行う必要があります。リアルで集まることによって、最も「質」が高いコミュニケーションが取れる一方、出張を頻繁にできる訳でもなく「量」(回数)は制約され、求められるスピード感に追いつかないだけでなく、移動費用もかさみます。
また、いわゆるリモート会議だと、「量」は多くこなせる反面、どうしても話す人は一人に限られますし、会話も定型的な会話となってしまいます。リアルの「質」には到底叶いません。イノベーションが起きる確率は、コミュニケーションの「質」と「量」の両方が重要なのは周知の通りです。
清水建設はメタバースをフル活用することで、コミュニケーションの質と量を「いいとこ取り」することで、イノベーションが起きる確率を高めるためのチャレンジをしている最中なのです。
この姿勢こそが、同社の取り組みを単なるトレンド追随とは一線を画すものにしています。以下は、メタバースで期待できる成果の一部です。
そして将来的には、さらに以下のような可能性も期待されます。
社内外の知見やノウハウが集結し、役職や立場のヒエラルキーを感じさせない心理的安全性の下、国内はもちろん世界中からいつでも同じ場所に集まれる。リアルと同じ感覚で歩き回り、偶然の出会いが生まれ、ちょいと散歩しながらコミュニケーションやアイデアが生まれる――。
能動的な会議を中心としたWeb会議ツールとは違い、その偶発的なコミュニケーションの創出がメタバースの最大のメリットです。清水建設は2025年の11月から3カ月間の試用を経て、既に手ごたえを感じているということです。
メタバース市場は一時のブームを経て、いま「選別と本格実装」のフェーズに入っています。重要なのは話題性ではなく、経営合理性です。
筆者は、メタバースを「第3の働き方」ではなく「第2のオフィス」として常設するという発想が重要だと考えています。大規模地震や大規模水害、次なるパンデミックの発生時、多くの物理オフィスは機能停止のリスクを免れません。従来型のオンライン会議だけでは組織の機動力や一体感を維持するには限界があります。直感的に集まり、即座に動ける常設のメタバース空間こそ、事業継続を支える新たな経営基盤になります。
さらに脱炭素経営の観点では「Scope3排出」、とりわけ出張や通勤に伴うCO2削減は、多くの企業にとって喫緊の課題です。大規模投資を必要とせず、スモールスタートで検証できる選択肢が現実に存在しています。
前述の通り、すでにオープンイノベーションの基盤としての活用事例も生まれています。今後はAIとの融合により、空間そのものが知的生産を加速させる時代へと進化していくでしょう。企業にとって今後の論点は「使うかどうか」から「どう基盤化するか」へと移りつつあります。
今回ご紹介したのはほんの一例です。メタバースにはまだ多くの可能性が眠っています。想定を超えた使い方が生まれ、人々の暮らしや仕事を豊かにする――それこそがDXの本質ではないでしょうか。
その第一歩として、まずは従業員の生産性向上の仕掛け人でもある総務人事部が、この新しいテクノロジーを正面から正しく理解し、戦略的に経営へ提言し、動くことを推奨します。筆者は従業員一人一人の働きやすさの向上が、イノベーションを生み出す組織文化の醸成、企業の生産性向上、そして最終的には日本全体の生産性向上の実現につながると信じています。今こそ「戦略総務」の実現が、必要な時です。
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