Amazonは7月10〜13日の4日間、毎年恒例のプライム会員限定のセール「プライムデー」を実施する。アマゾンジャパン(東京・目黒区)はこれに先立ち、全国の20〜69歳の男女1000人を対象に「今夏のお買い物に関する意識・実態調査」を実施した。
その結果からは、物価高騰が引き続き消費者の家計に深刻な影響を与えている現実が浮き彫りになった。生活必需品への根強い節約志向の一方で、自分のこだわりのある商品やエリアには支出をいとわない「メリハリ消費」の傾向や、ボーナスの使い道は家計防衛を優先するという財布のひもの固さが明らかになっている。
消費者は予算に柔軟性を持たせながら、極めてスマートに全体的な予算を管理している。この複雑な消費者心理の網の目を、Amazonはどう捉え、プラットフォームを進化させようとしているのか。
「データの取り方と分析方法、そのつなぎ方は、私がかつて手掛けていた野生動物の研究と全く同じなのです」
そう語るのは、アマゾンジャパンでプライム・マーケティング事業を統括する鈴木浩司バイスプレジデント(VP)だ。鈴木VPはもともと、大学で「渡り鳥の行動学」を研究していた科学者としての経歴を持つ。
徹底して「人間の行動シグナル」を分析し、AIとサイエンスを組み合わせることでCX(顧客体験)を極限まで高めようとする、Amazonのプライムデーの戦略を聞いた。
鈴木VPがAmazonに出会ったのは、20数年前に米国で研究生活を送っていた頃にさかのぼる。
野生動物の行動学を研究する科学者だった鈴木VPは、あるとき行動学の専門書を購入したいと友人に相談した。その際「Amazonというオンラインの本屋さんがあるから、そこなら買えるのではないか」と教えられたという。
実際にサイトで検索すると、探していた本がすぐに見つかり、滞りなく自宅まで配達された。オンラインで瞬時に欲しいものが手に入る――この原体験が、のちに英国系の企業や楽天を経て、世界でも有数のEC企業であるAmazonのマーケティングのトップへ転身するキャリアの原点となった。Amazon入社から、今年で11年目を迎える。
「当時は本当に『鳥が渡るという行動』を研究していました。何がきっかけになって、鳥たちは渡り(移動)を始めるのだろうかと。今の私の仕事も、本質はそれと全く同じです。何がきっかけになって、消費者はオンラインで『買おう』という行動を起こすのだろうか。研究対象が渡り鳥から人間に変わっただけで、シグナルの拾い方やデータの分析アプローチ、そのつなぎ方のロジックは地続きなのです」(鈴木VP)
鈴木VPは、Amazonが日本のみならず世界中でこれほどまでに利用される最大の要因として、社風であり行動指針である「リーダーシップ・プリンシプル」(OLP)を挙げる。
「こういう社訓のようなものは、世の中の多くの会社に存在します。しかし、それが単なる壁に掛けられたお題目ではなく、社員一人一人の血となり肉となり、日々の会議や会話の中でごく自然に飛び交っているのがAmazonの強みです。『お客さまのために今、何をすべきか』『自分に何ができるのか』を全員が自律的に考えて実行する。上から言われたから動くのではない組織の原動力が、ここにあります」
同社のWebサイトである「Amazon.co.jp」には、定期的(約2カ月に1回)に開催する「スマイルSALE」と、年1回のビッグイベントである「プライムデー」が存在する。ユーザーの視点からはどちらもお得な値引きイベントに思える一方、裏側のマーケティング戦略と、狙うべき顧客の行動心理における位置付けは明確に違う。
「スマイルSALEは、基本的には既存のお客さまの定期的な購入サイクルの中で、ある程度そのタイミングに合わせてお得に買い物をしていただくための日常的な位置付けです。一方プライムデーは、年に一度だけの特別なイベントです。マスも含めて大々的にプロモーションを打ち、これまでAmazonを使ったことのない方や、名前は聞いたことがあるけれど買ったことがないという未経験の方を含めて集客し、より大きなお客さまのターゲットを開拓していくという『非日常の祭り』としての明確な目的があります」(鈴木VP)
さらに、プライムデーはAmazon単体のイベントではなく、出店するベンダーやセリングパートナー(販売事業者)にとっての巨大なビジネス機会でもある。特に、人間の行動心理として大企業の商品に目が向きがちな中、Amazonは「中小企業の支援」にも取り組んでいる。
「中小企業のベンダーやパートナーさまの商品を集約して見せる専用のキャンペーンページを構築しているほか、個別の商品ページ内に『日本の中小企業』であることを明示するバッジ(スタンプ)を配置しています。これにより、お客さまが『この会社を応援したい』と直感的に判断し、支援しやすい形を作るUI(ユーザーインターフェース)の工夫をしています」
最近の物価高騰によって、財布のひもが固くなっているのは紛れもない事実だ。一方で鈴木VPは「5年前であっても10年前であっても、その時代ごとに財布のひもが固いお客さまはいました。ですが、われわれがやるべきことは変わりません」と冷静に分析する。
顧客の多様なコンテキスト(文脈)に合わせ、製品の幅を広げ、販売事業者と協力し最適なディスカウントをもたらすとともに、利便性の高いサービスを届けることが、変わらない目的だ。
プライムデーでは、iPhoneなど米Apple製品をはじめとするガジェット類に加え、これから迎える酷暑に向けたペットボトルの水やお茶、日用品などの「まとめ買い」に大きな注力ポイントを置いている。
「ここ2〜3年、単体での値引きよりも『まとめ買い』のニーズが確実に増えています。しかし、ただ大量に安くすればいいわけではありません。日本の限られた住宅環境の中で、どのくらいのボリュームが保管場所としてベストなのか。そして、どのくらいのディスカウント幅が最も購買行動を起こしやすいのか。これらは全て動的に変わるものであり、蓄積されたデータから常に最適解を模索しています」
そこには、日本の地理的・社会的なペインが色濃く反映されている。
「プライムデーが始まる頃には、日本の夏は暑くなっているでしょう。(公共交通機関が発達している大都市圏において)近くのスーパーへ12本入りの重いペットボトルの段ボールを、歩きや自転車で買いに行きたいかと問われれば、多くの方は二の足を踏むはずです。特に日本はシニア層が急増していますし、地方都市に行けば、最寄りのドラッグストアやスーパーに行くまでに車で30分から1時間かかるような地域もあります。そうしたお客さまにとって、家までしっかり届くAmazonの配送は圧倒的な価値になります」
このCXを維持するための最大の肝が、配送のクオリティと「裏側のサイエンス」だ。物流コストの高騰や人手不足が叫ばれる中、Amazonは配送ネットワークの緻密化を進め、顧客が住む地域に先回りして、物流や配送拠点を配置する「ドミノ戦略」を展開している。
「配送の物理的な距離を縮めることで、トラックドライバーの負荷を大きく減らし、同時にわれわれの物流コストも下げ、お客さまへの配送スピードも短縮するという相乗効果が生まれます。しかし、これを実現するためには、どの地域で、どの日用品が、どのくらい売れるのかという『需要予測能力』のクオリティを極限まで高めなければなりません。これこそが、われわれが裏側で膨大なサイエンスの力を注ぎ込んで努力している部分です」
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