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年会費16万5000円を「据え置いた」AMEX プラチナが売る"体験"の裏に「年500万円」の顧客選別

» 2026年07月03日 07時00分 公開
[斎藤健二ITmedia]

 値上げが当たり前になった局面で、あえて価格を動かさない――。アメリカン・エキスプレス・インターナショナルは7月1日、個人向けカード「プラチナ・カード」を刷新した。

 年会費は16万5000円のまま据え置き、トラベル、ダイニング、エンターテインメントの3分野で特典を積み増す。あらゆる商品やサービスが値上げへ動く中、価格を固定したまま中身だけを厚くする方向に舵を切った。掲げたコピーは「この体験が人生になる」だ。

 プレミアムカード市場は過熱し、3万円台で「プラチナ」を名乗るカードも増えた。その中で、1993年に日本初のプラチナ・カードを発行した本家が、価格ではなく体験の強さで勝負しようとしている。なぜ同社は価格を据え置きできたのか。そして、16万5000円のカードを、いま誰に売ろうとしているのか。

photo アメリカン・エキスプレスの日本代表である須藤靖洋社長(アイティメディア撮影)

価格は「据え置き」で体験強化 狙いは?

 今回の刷新は、特典の全面入れ替えではない。利用実績の高いトラベル、ダイニング、エンターテインメントの3分野に絞り、既存の特典へ上積みする形をとった。

 トラベルでは、国内50カ所超のプレミアムホテルで、1泊2人まで無料宿泊を提供する「プレミアム フリー・ステイ・ギフト」を、利用金額に応じて最大2泊まで拡大した。1泊5万円相当のホテルを対象としている。

 加えて、30万円以上の海外航空券の購入で使用できる10万円分の「エアライン・クレジット」を新設した。会員専用サイト「アメリカン・エキスプレス・トラベル オンライン」を通じた海外航空券の購入でのみ使用でき、継続には一定のカード利用を条件とした。

 同カードでは、ホテルの上位会員資格を付与するサービスも提供しており、その範囲も広げていく。これまで対象だった「ヒルトン・オナーズ・ゴールドステータス」や「マリオットボンヴォイ ゴールドエリート会員資格」などに加え、8月からオークラ ニッコー ホテルズの「One Harmony」、秋からは欧州最大のホテルグループである仏アコーによる「ALL Accor」のゴールドステータスを付与。通常なら数十泊の実績が要る資格を、カードを保有するだけで得られるようにした。

 ダイニングでは、国内外2000店以上で使える「グローバル・ダイニング・キャッシュバック」の還元率を20%から50%へ引き上げ、上限を4万円とした。エンターテインメントでは、会員向けの「エクスペリエンス・アプリ」上でイベント情報を届けるという。

 今回新しく上乗せした特典は、アメックスが長年培ってきた「強力な基本サービス」という土台があって初めて真価を発揮する。世界1800カ所超のラグジュアリーホテルで午後4時までのレイトチェックアウトや2人分の朝食などを用意する「ファイン・ホテル・アンド・リゾート」、予約困難店の席を押さえるダイニングプログラム「KIWAMI Dining」、24時間365日対応の自社コンシェルジュといったおなじみの定番サービスだ。こうした既存の特典と新設の特典を組み合わせて使わせるという部分に、今回の設計思想がある。

photo 利用実績の高いトラベル、ダイニング、エンターテインメントの3分野に絞り、既存の特典へ上積みする形をとった(筆者撮影)

新規会員の65%が若年層 ステータスより「体験」を選ぶ理由

 誰に売るのか。この問いに、アメリカン・エキスプレスの日本代表である須藤靖洋社長は、ターゲットは世代ではなく、価値観をベースに設定していると話す。

 「ステータスを求めるためにアメックスカードを持っていただいているとは考えていない」。須藤氏はそう述べ、狙うのは「人生を豊かにしたい、いろいろなものを体験したいという意欲を持った客」だと繰り返した。実利や見栄えとしてのステータスではなく、強化するのは価値ある体験だ。今回3分野に絞ったのも、そこにニーズが集まっていると判断したためである。

 裏付けとして示したのが世代のデータである。同社の2025年次報告によれば、世界の新規個人会員のうち約65%をミレニアル世代とZ世代が占める。日本のプラチナ・カードでも同様の傾向が出ているという。

 その象徴として挙げたのが、2025年7月に羽田空港第3ターミナルで開いた「センチュリオン・ラウンジ」だ。日本初、世界で30番目となる同ラウンジは、プラチナ・カード以上の上位会員が使える空間であり、アメックス自らが世界各地で運営する。若い高所得層が高年会費カードに引かれる理由を、須藤氏は「アメックスでしか得られない体験価値」だと分析した。

「安いプラチナ」の乱立はチャンス 価格競争を拒む理屈

 プレミアムカード市場では、年会費数万円でサービスを提供する「プラチナ」も珍しくなくなった。三井住友カードの「プラチナプリファード」や「JCBプラチナ」など、かつて別格の響きを持っていた呼称は、より広い価格帯へと広がっている。3万円以下のプラチナも珍しくない。本家はこれをどう見るのか。

 須藤氏は競合との比較を避けた。その上で持ち出したのが、由来と規模である。「プラチナ・カード」という名称自体がアメックスの登録商標であり、1993年に日本で初めて発行した歴史を強調した。差別化の軸に挙げたのは、グローバル企業として「どこの国へ行っても同じサービスを受けられる」点だ。世界規模でなければ用意できない体験を並べる。

 安いプラチナの拡大についても、脅威ではなく市場拡大の材料と位置付けた。「価格の違うプレミアムカードが出ているのは、逆にわれわれにとってはチャンス」。プレミアムという市場そのものが盛り上がるほど、パイオニアの立ち位置を固めやすい、という理屈だ。競争から降りるのではなく、土俵を「価格」から「体験の総量」へ移す構えといえる。

「据え置き」の裏の帳尻合わせ 保険自動付帯の廃止と年500万円の壁

 年会費を上げずに特典を厚くできたのはなぜか。

 須藤氏は「既存の商品内容を棚卸しし、3分野と掛け合わせることで、効率よくパワーアップできた」と説明した。ただ、据え置きは無償ではない。特典を拡充する中で、利用条件は厳しく設定した。

 上乗せされた体験を満額まで引き出すには、年500万円以上のカード利用が前提になる。フリー・ステイ・ギフトの2泊目も、エアライン・クレジットの継続も、この水準の利用に応じて提供する仕組みだ。年会費を据え置いた代わりに、いくらカードを使うかが問われるようになった。

 もう一つが、旅行傷害保険の見直しだ。2026年10月1日から、カードを持つだけで補償される「自動付帯」をやめ、旅行代金をカードで払った場合に補償する「利用付帯」へ切り替える。須藤氏は「体験価値を提供する上で、より一層カードを使ってほしい」と述べ、海外旅行を中心に決済を促す狙いを示した。

 補償の条件は、会員にとって実質的な負担増になり得る。派手な特典拡大の裏で、上位の体験も既存の補償も、利用実績と引き換えになる。サービスの充実は、カードを使わせることを前提にした設計ともいえるのだ。高年会費カードが特典の額面を競うほど、どこで帳尻を合わせるかという問いがついて回る。

photo 派手な特典拡大の裏で、上位の体験も既存の補償も、利用実績と引き換えになる(写真提供:ゲッティイメージズ)

頂点を押さえる本家 裾野を取る「安いプラチナ」

 今回の改訂は、体験の幅を広げる一方で、(その体験を満額受け取れる)会員を絞り込む方向にも働く。年500万円という利用の目安は「人生を豊かにしたい層」という間口の広い訴求とは、必ずしも重ならない。

 須藤氏はこのステータス戦略を否定し、体験の説明を強調した。だが特典の設計は、よく使う会員ほど報われる構造に寄っている。体験を掲げるほど、それを支えるのは高額の決済だという現実が残る。

 “3万円台のプラチナ”が増える中、本家は価格帯ではなく特典の厚みで勝負を仕掛け、その特典を高利用者ほど受けやすい設計にした。

 市場が広がるほど、アメックスの訴求は上澄みの高利用層に届きやすくなる。裾野は安いプラチナが取り、頂点をアメックスが押さえる――そんな住み分けが進むのか。年会費16万5000円の据え置きが試すのは、拡大する市場で本家がどの層を取りにいくのかという線引きでもある。

photo 年会費16万5000円の据え置きが試すのは、拡大する市場で本家がどの層を取りにいくのかという線引きでもある(アイティメディア撮影)

筆者プロフィール:斎藤健二

金融・Fintechジャーナリスト。2000年よりWebメディア運営に従事し、アイティメディア社にて複数媒体の創刊編集長を務めたほか、ビジネスメディアやねとらぼなどの創刊に携わる。2023年に独立し、ネット証券やネット銀行、仮想通貨業界などのネット金融のほか、Fintech業界の取材を続けている。


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