日本茶や海苔で知られ、創業300年以上を誇る老舗食品メーカーの山本山(東京都中央区)が新たなビジネスに挑戦している。
同社は1690年、江戸の日本橋で創業した。江戸で販売した青製煎茶(現代の煎茶の原型)がヒットし、山本山の屋号は一躍有名になった。さらに、高級茶として名高い「玉露」を開発したのも同社だという。
昭和に入ると、第二次世界大戦下でお茶が配給制になり、売り上げが大幅に落ち込んだ。厳しい経営状況を改善するため、新事業として目を付けたのが海苔だった。日本茶との相性が良く、どちらも乾燥物のため保管しやすい。茶と海苔の旬が重ならないため、1年を通して商品を安定的に販売できるメリットもあった。
歴史を守りながら、時代に合わせて事業を変えてきた山本山は、いま新たな課題に直面している。
「『お茶はタダで飲むもの』となり、競争が激しくなっています。また、皆さんもお中元やお歳暮を受け取らなくなりましたよね。この市場で生きてきたため、ギフト市場の低迷に危機を感じています」――同社の11代目を継いだ山本奈未社長は、こう話す。
老舗の伝統と看板を背負いながら、変化を続けてきた山本山。現代の課題を前に、ビジネスをどのように変革させようというのか。
本記事は人材サービスのビズリーチ主催イベント「BizReach Conference」(7月1〜2日開催)の講演「変わらないために、変わり続ける ―創業300年の老舗企業が実践する、100年先を見据えた人事戦略ー」をもとに構成したもの。
かつて、お茶を飲むには急須と湯飲み茶碗が必要だった。今でこそカジュアルに楽しめるようになっているが、お茶を飲むスタイルに変化をもたらしたのも山本山だった。
同社は1963年に「日本茶のティーバッグ」を国内で初めて販売した。山本社長は「なぜ急須に入れたらおいしいものを、わざわざティーバッグに入れるのかと思うかもしれません」と問いかける。人によっては“邪道”に映るかもしれない。
しかし、ティーバッグ販売はお茶の伝統を変えることではなく、より多くの人にお茶を楽しんでもらうための「変革」と呼べる取り組みだったと山本社長は話す。
創業時から掲げる「おいしいお茶を多くの人に届ける」という思いを実現するために、ベトナムやインドネシア、米国など海外にも進出。商品の在り方や販売方法を変えてきた。
現在、同社が向き合う市場環境は大きく変化している。「お茶はタダで飲むもの」「どこでも飲めるもの」となり、競走は激化。お中元やお歳暮といった文化の縮小もあり、ギフト需要も減少しつつあるという。
また、直近3年は燃料費や原材料価格の上昇が厳しいといい、これまでのビジネスモデルだけでは対応が難しくなっていた。
そこで取り組んでいるのが、贈答品から「カジュアルギフト」への転換だ。実家への手土産や、知人の家を訪れる際に持参する商品――同社が「おもたせギフト」と呼ぶ、日常の贈り物として選ばれる存在を目指している。
2026年4月に展開を始めた新ブランド「YMY」では、玉露とハーブを組み合わせた商品を開発した。玉露は「特別なお茶」というイメージがあり、日常的に飲む機会は多くない。そこで、気軽に楽しめる形を目指した。ティーバッグにすることで急須を使う必要がなく、90℃のお湯でもおいしく入れられるように工夫。ハーブを組み合わせることで、新しい味わいを提案する。
さらに「モノからコトへ」の考えをもとに、商品を販売するだけではなく、実際に飲んで「おいしい」と感じてもらう体験を提供するための店舗づくりにも力を入れている。
日本橋の店舗「ふじヱ茶房」や、駅ビル内の飲食店「お茶漬けおにぎり 山本山」、カフェ「PEAK S PEAK CAFE」など、さまざまな形でお茶や海苔に触れられる場を作っている。
「山本山といえば海苔」というイメージを持つ客も多いというが、新たな取り組みの中で「実はお茶が原点だった」という歴史やストーリーも価値として伝えていくと山本社長は説明する。
ビジネスの変革と並行して、山本社長は組織づくりも積極的に進めてきた。社長就任後に取り組んだことの一つが、会社のパーパス作りだ。
創業理念である「おいしいお茶をひとりでも多くの人に」という思いは、今も変わらず持ち続ける。ただ、それを現代の社員が共有する言葉として、改めて整理する必要があると考えた。
そこで社員とともに議論を重ね、新たなパーパスとして掲げたのが「心を動かすひとときを、ひらく」という言葉だ。
お茶を飲んでほっとする時間、初めての味との出会い、一服が特別な体験になる瞬間。そうした価値を届けていくという考えを、社員全員で共有した。
時代に合わせてビジネスを変え、パーパスを再定義――そんな山本社長が意思決定において大切にしているのが、社員に「変えてはならないこと」を細かく伝えないことだ。
「社員に『変えてはならないことはない』と伝えています。『変えちゃ駄目リスト』を並べると、それにとらわれてしまい、動けなくなり、イノベーションが生まれません」(山本社長)
一方で、変わらないものとして大切にしているのが、創業者の思いだ。「おいしいお茶を多くの人に届けたい」という原点だけは受け継ぎ、それ以外の方法は時代に合わせて変えていく。
老舗企業の変革というと、大きな事業転換をイメージしがちだ。しかし山本社長が重視するのは、日々の小さな挑戦だ。
「『変革』は大それたことのように感じますが、小さな成功を積み重ねていくことが大切だと思っています」(山本社長)
成功しそうな取り組みを見つけ、それを成功につなげていく。その積み重ねが、やがて大きな変化につながる。
創業336年の山本山が目指すのは、過去を守ることだけではなく、受け継いできた価値を、今の時代に合った形に変換して届け続けることだ。歴史を持つ企業だからこそ、変えることを恐れない――。その姿勢が、次の時代へブランドをつなぐ力になっている。
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