小売業の競争は「需要を予測する力」から「需要を早くつかむ力」へ変わりつつある。本連載では、トヨタ自動車で生産技術や工場経営に携わり、流通・食品の現場改革に取り組むBeyond Norms代表の福山弦氏が、従来の店舗運営の常識を問い直す「3つのやめる」を解説する。
「売れると思って多めに作ったが、売れなくて廃棄になってしまった」「想定を上回る来店があり、商品が早々に売り切れてしまった」――食品を扱う小売業で、多くの経営者がこの悩みに直面した経験があるのではないだろうか。
従来、店舗では需要と供給のズレに対し「在庫を抱える」「値引き販売をする」といった対応をしてきた。それでも解消できなかったものは廃棄となる。
農林水産省が2026年6月に公表した推計によれば、2024年度の事業系食品ロスは237万トンで、前年度から6万トン増えている。うち食品小売業が48万トンを占める。食品ロス削減の取り組みが続く中でも、予測と実際の需要のズレは依然としてこの規模で残っている。
筆者はこの課題に対して、トヨタ自動車が確立した生産管理法「トヨタ式ジャストインタイム」(JIT)が有効だと考える。そして実際に、JITに通じる取り組みを進めるスーパーマーケットや外食産業が、世界で存在感を高めている。
製造業で磨かれたJITの考え方は、現在の食品小売業でどのように生かせるのか。事例をもとに探っていく。
Beyond Norms代表取締役
トヨタ自動車で生産技術、工場経営、新規事業、CVC(Woven Capital)に従事。製造業で培ったプル型補充とTPS/TOCの原理を、流通・食品の現場改革へ応用する。名古屋・STATION Aiを拠点に、これまで“当たり前”とされてきた常識を覆す各種事業を進める。
JITは、生産全体を最適化するための生産管理法だ。本稿では、その中でも「必要なものを、必要な時に、必要なだけつくる」という考え方に着目する。
注文が入るたびに必要な部品を一から作っていては、完成し顧客の手元に届けるまでに何カ月もの時間を要する。そこでJITでは、組み立てラインには必要最小限の部品だけを用意しておき、使われた分だけ部品工場が補充。こうすることで、注文が入ればすぐに製造を始められる一方、余分な在庫も抱えにくくなる。
この仕組みを全ての工程で繰り返すことで、必要なものを必要な時に必要なだけ作り、運ぶ流れが実現し、その結果、売れるものだけを無駄なく生産できるのだ。
実はJITは、もともと米国のスーパーマーケットから着想を得ている。棚の商品が売れると、その分だけすばやく補充される――トヨタ自動車工業の元副社長・大野耐一氏はその光景を見て、1950年代にJITを実現する仕組みとして「かんばん」を考案した。
かんばんとは「いつ、どこで、何が、どれだけ使われたか」を記したカードのようなものだ。トヨタでは部品箱一つ一つにかんばんを付け、部品を使うとかんばんを外す。組み立て工場では定期的に外したかんばんを回収して部品工場へ届け、部品工場ではかんばんに書かれた数の部品を作る。かんばんを用いてJITを実現しているのだ。
大野氏がかんばんを作ってから約70年を経て、今度はスーパーマーケットや外食産業がJITから学ぶ立場になっている。
「必要なものを、必要な時に、必要なだけつくる」という考えを仕組み化している事例の一つが、セブン‐イレブン・ジャパンだ。
筆者が商学を教える大学教員から聞いた話で、マーケティングの授業に寄せられた学生たちの感想の中に、セブン‐イレブンでアルバイトをしている学生の話があった。
朝、店内でパンを焼くと、香ばしい匂いが売り場まで広がる。すると、焼き立てのパンが面白いように売れていく。それに気付いた学生は、通勤客で最も混み合う時間帯に焼き上がりを合わせてみた。売り上げは、いつも以上に伸びたという。
なぜ、その時間にパンが売れたのか――答えは単純だ。新鮮な商品が、客の求めるタイミングでちょうど並んでいたからだ。もちろん、その学生は注文を受けてからパンを焼いたわけではない。人の流れを見て、需要が生まれる時間を予測し、焼き上がりを合わせたのである。
セブン‐イレブン・ジャパンは4月1日に「7NOW モバイルオーダー」を全国で開始した。客は専用アプリで受け取り店舗と商品を選び、アプリ内で決済する。店舗での準備が整うとアプリに通知が届き、客は店頭で商品を受け取る。
対象は、コロッケやからあげなどの揚げ物と、店内で焼く「セブンカフェ ベーカリー」だ。セブンカフェ ベーカリーは2026年度中に約1万8000店へ展開する計画で、その規模がそのまま事前注文の受け皿になっていく。
セブン&アイ・ホールディングスは2025年8月の中期戦略説明会で、国内の「7NOW」の売り上げを2030年度までに現状の約10倍、約1200億円へ引き上げる計画を示している。特徴は、出来上がった商品を取り置くのではなく、店内で調理する“できたて”を、必要な数だけ注文できることにある。
この仕組みの背景には、客と店舗の双方が抱えていた問題がある。客は夕食のために家族の人数分の揚げ物を買いたくても、店頭に必要な数が並んでいるとは限らない。一方、店舗から見れば、何時にどれだけ売れるか分からない商品を、あらかじめ大量に作ることは難しい。
多く作れば、売れ残って廃棄になる。少なく作れば、欠品して販売機会を逃す。店はこれまで、その間を“予測”で埋めてきた。言い換えれば、この予測のズレが“食品ロス”につながる。
しかし、事前注文が入れば、注文された分は必要な数量と受け取り時刻があらかじめ分かる。店は「売れるかもしれないから作る」のではなく「必要とされているから作る」ことができるのだ。
事前注文は「必要なものを、必要な時に、必要なだけつくる」というJITの考え方を、小売りの店舗運営で実現しやすくする仕組みともいえる。
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