国産勢優遇の補助金という“壁”を背負いながら、初の軽EV「RACCO」(ラッコ)を実質199万円という価格で投入し、日本の軽自動車マーケットに参戦した中国比亜迪(BYD)。
満充電で320キロ走る航続距離や、高級車並みの装備という完成度の高さが話題になっている。BYDを含めた中国の自動車メーカーには常々「日本の大手から優秀な技術者を引き抜いているのではないか」といううわさがあった。
「日本の道路や気候を研究し尽くした『RACCO』(ラッコ)だが、開発チームに日本人は一人もいない」――。
そう明かすのはBYD JAPANの劉学亮(りゅう・がくりょう)社長だ。日本人技術者の引き抜きについても「全くの誤解だ」と否定する。
5年もの歳月を費やし、急勾配用の専用モーターや「傘の雨水受け」、さらには哺乳瓶を53度に保つ「保温ホルダー」など、細やかな気配りを形にしてきた。これらを担ったのは、日本で暮らしたこともない、BYDの若い中国人エンジニアたちだ。
都市圏だけでなく日本の地方都市を回り、生活者の「日常の悩み」を製品に生かした若きエンジニアたちの観察眼と執念とは──。
前編【「日本の聖域」軽自動車に赤船来襲 BYDが199万円「新型EV軽」で仕掛ける一発逆転】で触れたガソリン軽からの切り崩し戦略に続き、後編ではBYDのモノづくりの要点を劉社長に聞いた。
劉学亮(りゅう・がくりょう)日本の金型メーカーのオギワラに勤務した後、2004年にBYDに入社、2005年7月にBYD JAPAN設立と同時に社長に就任。2026年4月からBYD本社副総裁。54歳(アイティメディア撮影)RACCOの車両としての完成度の高さに対し、筆者は「日本の大手自動車メーカーからチーフエンジニア級の技術者を引き抜いたのではないか」との疑念を持った。しかし、その疑念を劉社長にぶつけると、そのうわさをバッサリと否定する。
「それは全くの誤解です(笑)。日産出身の技術者は確かに1人(元日産自動車で軽EV『サクラ』などの商品企画や立ち上げに携わった田川博英氏)在籍していますが、彼は車がほぼ組み上がった後に加入したメンバーです。RACCOの最も素晴らしい点は、日本で生活したことすらもない、BYDの若い中国人エンジニアたちが中心となってゼロから開発に取り組んだことです」
日本の道路規格も生活習慣も知らない若い技術者たちが、何度も日本へ足を運んだという。東京や大阪のような大都市だけでなく、地方都市まで回り、生活者の日常を観察。その執念深いリサーチから、既存の日本車にもない画期的なアイデアが生まれたという。
その代表例が、車内に設けられた傘の雨水受けだ。日本の梅雨の時期に地方を観察していた際、母親たちが濡れた傘をそのまま車内に持ち込み、フロアマットが濡れて車内に湿気やカビが発生していることに気付いた。そこで、濡れた傘から落ちる雨水をフロアに垂らさずに処理できる、専用の受け皿を設計に組み込んだという。
また、共働き家庭が増えている日本の日常を見て開発したのが、車内の保温ホルダーだ。ここに赤ちゃん用の哺乳瓶を入れると、常に53度の適温を保つことができる。
「車に乗った瞬間『自分のライフスタイルがそこにある』と感じられることが大切です。安価な軽自動車だからといって機能を削るのではなく、良いものは標準装備(スタンダード)にする。携帯電話が単なる通話ツールからライフスタイルを変える存在になったのと同じで、EVも単に電気で走るだけでなく、車内の体験そのものを新しく変えていくべきなのです」
他にも急勾配の坂道が多い日本の地形に合わせて、専用の駆動モーターを新規開発。立体駐車場に入るよう車高を細かく微調整するなど、日本市場への本気度が感じられる。
日本のユーザーが懸念する「冬場のバッテリー低下」や「安全性」についても、BYDは自社の技術力をアピールする。
「EVのバッテリーは一般的に低温に弱く、冬場に充電スピードや航続距離が落ちやすい特性があります。そのため、私たちは冬場に気温が『零下30度』まで下がる中国のハルピンに車を持ち込み、過酷な環境下で繰り返しテストを実施しました。その結果、極寒の環境でも通常と同じスピードで急速充電ができ、十分な性能を発揮できる耐久性を確認しています。日本の北海道や東北といった寒冷地でも、全く問題なく安心して乗れます」
さらに、スマートフォンアプリからのリモート操作にも対応。冬の寒い朝や夏の暑い日でも、家の中からあらかじめエアコンをつけて車内を快適な温度に設定してから乗り込めるようにした。衝突時の安全性についても「衝突後2時間は発火しない」という中国の厳しい基準をクリアしたという。6年で15万キロの一般保証と、8年で15万キロのバッテリー保証というサポート体制を整えた。
そもそも、BYDはニッカド電池などのバッテリー事業で世界シェアを握る「電池の会社」として出発した企業だ。既存の電池事業で確固たる収益(キャッシュ)を稼ぎ出し、その潤沢な資金を原資として、莫大な開発費がかかるEVやエネルギー事業へ投資してきた経緯がある。
経営学の観点からも、同社は「既存事業で確実に収益を上げ、その稼ぎを次のイノベーションへ回す」というエコシステムを、自前で構築してきた歴史を持つ。事業を急拡大させ、新規事業を成功へと導く要点について尋ねると、劉社長が語ったのは、そうした合理的な財務戦略ではなかった。
「新しい事業を起こす際に、目先の商品や『これで儲(もう)かるか?』ということばかりを考えて追っていると、ビジネスは絶対に失敗します。大切なのは、企業としての原点(理念)です。BYDの原点とは『Build Your Dreams』、すなわちソーラーパネル、蓄電池、そしてEVを組み合わせることで、化石燃料(ガソリン)を使わない世界を作ることなのです」
劉社長は熱を込めて言葉を重ねる。
「世界で起きている紛争の多くは、石油という有限なエネルギーの奪い合いが原因です。私たちの夢は、単に車を売って利益を上げることではなく、イノベーションによってエネルギーの構造を変えることです。技術を融合させて『地球の温度を1度下げる』ことに貢献したい。それが巡り巡って静かな社会作りにつながると信じています。BYDに12万人もの優秀なエンジニアが集まってくるのは、会社にこの壮大な『夢』が存在するからです」
劉社長は30年以上前に来日し、1997年に日本の東京国際大学を卒業。群馬県太田市の金型メーカー、オギワラで営業を経験した。「軽自動車は単なる移動手段ではなく、日本の文化そのものだ」と感銘を受けたという。
「日本では『安かろう悪かろう』という言葉があります。BYDが目指すのは『安かろう良かろう』です。一部の富裕層だけでなく、全ての人が最新のイノベーションと安全を享受できる社会を作る。今回のRACCOも、日本に来たことすらない若い技術者たちが情熱を注ぎ込んで作り上げてくれました。この情熱と技術の結晶を、実際に触れて体感していただきたいと思っています」
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