買い物民の味方、スーパーマーケット。生活に必要なものが一通りそろうため便利な一方で、大量の商品から必要なものを探すのは意外と骨が折れる。いつしか、必要最低限のものだけ買って帰る――そんなケースがありがちだ。
これは、小売業にとって長年の課題だ。多様化する買い物ニーズに応えるため、品ぞろえを増やせば増やすほど選ぶ側の負担は増す。店頭ポップや折り込みチラシで情報を一律に届ける手法では、個々の関心に向き合えない。
「イオン」「イオンスタイル」の屋号で、食料品から衣料品、ヘルス&ビューティーケア商品までを扱うイオンリテールは、この課題の解決に「自社アプリ」と「AI」で挑んでいる。
6月末時点で「イオンお買物アプリ」の会員数は約1552万人。その会員一人一人に、170項目の趣味嗜好情報を付与して、販売促進施策に生かしている。クーポンを約700万通りに出し分ける、AIで“買い物リスト”を提案するといった取り組みが奏功し、目覚ましい成果を上げている。
イオンリテールが仕掛けるアプリ×会員データ×AIを活用した施策について、運用を手掛ける同社の田中香織氏(リテールメディア推進部長)が明かした。
本記事は、グーグル・クラウド・ジャパンが主催したイベント「Google Cloud Next Tokyo」(7月30日、31日開催)の講演セッションから「AIで『探す手間』を『選ぶ楽しさ』へ。実店舗とデジタルが創る1500万人の1to1体験」を取材したもの。
イオンリテールは、顧客との接点を強化するために、イオンお買物アプリを2017年にリリースした。要件定義から開発、日々の運用までを自社で一貫して手掛けている。
注目すべきは会員の質だ。電子マネー「WAON」やクレジットカード「イオンカード」といったイオングループの会員基盤と比べて、お買物アプリの利用者は月間の客単価が最も高いという。
もっとも、アプリは当初から今の姿だったわけではない。田中氏は「以前はクーポンやチラシなど、直接的なインセンティブが中心だった。売り場でレジに並ぶときに、クーポンは何かあったかなと開く。そういうアプリだった」と振り返る。
そこで同社は、値引き情報だけでなく、商品の価値や新たな気付き、参加型キャンペーンといった「楽しさ」を届ける方向へアプリを作り替えていった。アンケート調査では、買い物前にアプリを開く会員が約64%に達したという。来店前に買い物の内容を考える機会を、アプリ側から生み出せた形だ。
アプリ刷新の中核に据えたのが「AIの活用」だ。AIを使った取り組みは、大きく3つある。
これらを支えるのが、会員一人一人に付与した170項目の趣味嗜好情報だ。商品軸だけでなく、食や調理に関する意識、育児や家事への意識、パーソナリティーや価値観といった項目までスコア化する。イオンリテール独自の設計だという。
会員データを用いた販売促進施策のための計算は、膨大な規模になる。月間約300種類あるクーポンを、約1500万人の会員に出し分ける場合、掛け合わせたデータ量は約45億件に上る。この処理を数分で終える基盤として同社が選んだのが、米Googleが提供する「Google Cloud」内にあるデータ分析基盤「BigQuery」、サーバレスのコンテナ実行環境「Cloud Run」、生成AI「Gemini」だった。
田中氏はGoogle Cloudのサービスを「巨大なデータを扱う計算処理を非常に高速で完了できる。日々増加し続けるデータにも柔軟に対応できる点で助かっている」と評価する。
運用負荷の軽減も大きい。同社は年間52週でセールを組み立てており、ブラックフライデーや初売りといった大型セールのたびに「サーバが持ちこたえるか」「増強はどの程度必要か」などを事前に見積もっていた。Google Cloudを使うことで「そうした作業からも心理的な負担からも解放された」という。
会員ごとにお薦めのクーポンを出し分ける「1to1レコメンド」の仕組みはこうだ。会員の購買履歴やアプリの操作履歴、属性から趣味嗜好スコアを算出する。商品についても、名称やWeb検索の結果などから特性をスコア化する。両者の類似度を計算し、スコアが近い商品を上位から並べる。
クーポン配信時のポイントは、スコアが近い順に並べたうえで「その商品をまだ買っていない会員」を絞り込む点にある。会員と商品のスコアが類似しているのに、購入実績がない商品こそ、会員本人も気付いていなかったニーズだと捉えられるわけだ。
例えば「睡眠の質の向上にこだわり、肌触りの良いインナーを好み、防犯・防災を重視する女性会員」がいたとする。順当なレコメンドであれば「睡眠に資する栄養剤」「着心地を重視した服」「備蓄用食品」を推薦する。一方、イオンリテールのシステムが「実はこれが欲しかった」につながる枠として提示したのは、糖質を抑えた「フィナンシェ」「ひとくちドーナツ」「羽毛掛け布団」だった。
「過去に買ったものをお薦めする直接的なレコメンドだけではなく、お客さまの潜在的なニーズにアプローチできるのではないか。日々の義務的な買い物も、選ぶ楽しさや新たな発見に変えていきたい」と田中氏は語る。
趣味嗜好スコアを生かした施策の効果は、数値に表れている。かつて、バナー広告の掲載順序はどの会員も同じだったが、嗜好性に基づいて並べ替えたところ、約70%のバナー広告でインプレッション数が改善した。ECサイト関連のバナー広告で紹介した商品の売り上げは1.3倍に増えたという。
クーポン施策では、レコメンドしたクーポンの使用回数が2.1倍に増加した。さらに、そのクーポンを使った会員の2人に1人が、これまで買ったことのない商品を購入していた。
買い忘れを防ぐ「いるかもリスト」も成果を上げている。会員と商品の組み合わせごとに購買間隔をAIに学習させ、次回の購入予測日を算出する仕組みだ。同じ洗剤商品でも、会員によって消費のペースは異なるため、通知のタイミングが変わる。リストに表示された期間中に実際に購入された割合は約46%、米やペットフード、家事消耗品といった必需品に絞ると約57%に上った。
機能の名称にもこだわった。「『買い物メモ』にすると、必ずこれを買わなければという気持ちになってしまう。少し緩くして『これ買うかもね』『いるかもね』という名称にした」(田中氏)
同社が描く将来像は、デジタルと実店舗の融合だ。自宅でアプリを見ながら買い物の計画を立て、その日の都合に応じて来店するか、ネットスーパーを使うか、店舗で商品をピックアップするかを選べる状態を目指す。
「AIによる1to1のパーソナライズをさらに進化させていく。アプリを使えば使うほど、お客さまにとってより便利に、よりお得に、そして選ぶ楽しさも広がる体験を作り上げたい」
義務的な買い物は迷いを減らして手早く終わらせ、日常の中に新しい出会いを増やす。田中氏はそう述べて講演を締めくくった。
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