スマホを取り出し、アプリを起動し、二次元コードを読み込ませる。キャッシュレス決済が浸透した現代においても解消しきれなかった「レジ前の大行列」に、ついに終止符が打たれようとしている。
世界トップの顔認証技術を誇るNECと、ソフトバンクグループで決済事業を担うSBペイメントサービス(SBPS、東京都港区)、SB C&S(東京都港区)の3社が、ソフトバンク本社内の社員食堂「カフェシバ」で「手ぶら顔認証決済」の実証実験を開始した。
従来の二次元コード決済などで、平均23秒かかっていた会計時の所要時間をわずか「約3秒」へと圧縮し、1人当たり約20秒という時短効果を生み出す。人手不足に悩む店舗のレジ回転率を飛躍的に高めるだけでなく、利用者に「スマホすら持たない完全手ぶら決済」を提供する。
NECの顔認証技術と連携するのがSB C&Sのマルチ決済サービス「PayCAS」だ。将来的には10万店を超えるPayCASの加盟店網への展開を見据えている。3社は、いかにして「レジに並ばない世界」を社会実装しようとしているのか。各社の収益モデルと普及への壁、そして決済の未来像とは――。
ソフトバンクとNECは、2014年に生体認証領域を中心とした戦略的提携に合意している。今回は決済領域に事業を広げたいというNEC側の思惑から、声をかけたことが始まりだ。
現在の決済手段は現金、クレジットカード、二次元コード、バーコードなど多彩で、客にとって便利な世の中になった。しかし、スムーズな買い物につながっているとは言い切れない。例えば、ランチ時間帯のコンビニやカフェ、夕方のスーパーマーケットで行列をなしているのは、日常の光景かもしれない。これは電子マネー決済が現金決済に比べて劇的な時間短縮につながっていないことを意味する。それに加え、人手不足を背景に、レジ業務の効率化は喫緊の課題だ。複数の決済サービスに対応する手間は無視できない。
手ぶら顔認証決済は、客が「顔認証で決済したい」と店員に伝えれば、店員は端末に必要な操作を行い、客は端末に向けて顔をかざすだけだ。
NECの顔認証の精度は、世界的権威のある米国国立標準技術研究所が実施した直近の顔認証技術のベンチマークテスト(Face Recognition Technology Evaluation (FRTE) 1:N Identification)で、世界第1位を獲得している。世界約300の空港をはじめとする交通機関、オフィスビル、工場、ホテル、テーマパーク、病院など50以上の国と地域で事業を展開してきた実績を持つ。プレス向けのデモでも、近距離でなくても端末が顔をしっかりと認識していた。
では、顔認証決済は具体的にどのくらいの時短効果があるのか。NECの金融ソリューション事業部門 デジタルファイナンス統括部の大工原俊貴主任は「顔認証決済の所要時間は約3秒です」と説明する。
「一方、二次元コードの決済を例に出しますと、ポケットやバッグからスマホを取り出し、アプリを起動し、決済を進めます。さらにポイントの加算などもありますので、大体平均で23秒といわれています」と話し、20秒もの時短効果があるとした。単純計算で、12人が顔認証を使って会計をすれば、合計240秒分(=4分)もの差がつく計算になる。
利用者は、事前に専用の登録サイトにアクセスし、自分の顔とクレジットカードの情報を登録する必要がある。利用開始後は、もし登録者が財布やスマホを自席のデスクに忘れたとしても「あっ、スマホ忘れた」と自席に戻る必要はなくなるのだ。より快適な購買体験ができるようになる。
現在対応している決済手段はクレジットカードのみだが、将来的には「PayPay」など他の決済サービスにも対応させたい考えだ。大工原主任は「顔認証決済にひも付けられる手段は、いろいろあると思っています。クレジットカードしかり、PayPayしかりです」と話す。
3社の収益モデルはどうなっているのだろうか。NECは、店舗から顔認証のサービス利用料を受け取る。決済代行事業を手掛けるSBPSは、クレジットカード決済における手数料収入で稼ぐ。SB C&Sは、端末の販売収入が収益源だ。3社でうまく住み分けをしている。
今回のテストは9月1日から11月30日までカフェシバで実施され、1000回以上の顔認証決済が行われると想定しているという。すでに100人以上が登録を済ませた。
3社は実証実験を通じて、顔情報の登録から決済が終了するまでの一連の利用体験の検証のほか、運用性などを分析する。そこから得られた知見をベースに、サービス品質の高度化や信頼性向上を図っていくという。また、顔認証決済を起点としてオフィスの入退館、システムへのログインといったサービス連携の検討もしていて「今後も検証を加速させたい」としている。
PayCASは小売店や飲食店、ホテル、自治体など10万以上の加盟店で導入されている。
実証実験が終了し、店舗に本格的に導入する場合は、関心のある店舗が申し込む形となる。PayCAS未導入の新規店は、端末の購入、ソフトウェアの導入、アプリの利用料、顔認証のサービス料などの費用が発生する。逆にPayCAS導入済みの店舗は、既存の端末を利用できるため、顔認証サービス用ソフトウェアなど、必要な分だけのコストが発生する形だ。
これからの課題は、手数料の設定にある。SB C&Sのサービス開発事業本部の田中聡氏(FinTech本部 営業企画統括部 営業企画部 ソリューション営業課)は「今、飲食店も含め、全体的に手数料がシビアだという話があります。手数料をどれだけの価格に設定するのかが普及への課題です」と話す。手数料が高すぎると顔認証を導入しようとする店舗は増えないと認識していて、今回の実験を通して、適正な手数料を探りたいと考えている。
3社の目標は、決済の場面において「できるだけ並ばない世界の実現」だ。手ぶら決済には、現金やクレジットカード、スマホを持ち歩く必要がなくなるため、紛失や盗難、スキミングといった物理的なセキュリティリスクを防げる利点もある。
気になるのは、ユーザーが「自身の生体情報をどこまで提供するのか」だ。個人の差があるが、デジタルネイティブである若者を含め、年齢が下がるほど抵抗感が薄くなる傾向にある。MM総研(東京都港区)が、15歳以上の日本在住者2万83人を対象に実施した「顔認証の社会受容性調査」では、顔認証サービスの利用者は、利便性よりも「安全性」や「認証精度」を重視しているというデータが出ている。
将来的に、顔認証は社会的に受け入れられていきそうだ。だがその普及のスピードは、生体データの管理に関する安心感の醸成次第で変わってくるだろう。
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