「AIを現場に実装します」――よく目にするフレーズだが、簡単ではない。生成AIツールで文章を生成するのとはわけが違う。作業はデジタル化されておらず、データは不ぞろいのまま。物理的な機器を扱う難しさもある。工場や設備といった「現場」でAIを動かすまでには至っていない企業が多い。
そんな中、社会インフラの保守シーンではAI導入が進んでいる現場がある。「鉄道の架線」の異常を発見するケースでは、従来は車両の屋根に付けたカメラの映像を人が見て、約10日かけて異常を見つけていた。それが今は、走行中の映像をAIがチェックして異常箇所をほぼリアルタイムに示す。
産業プラントの保守では「熟練者の判断」を“AIが読める形式”に整理。非熟練者でも「この問題が起きたらどのバルブを締めるか」など判断の必要な作業が可能になり、生産性を30%向上させられた。
現場をAIに任せ、成果を上げるためにはどうすればよいのか。社会インフラ領域でAIの現場実装を手掛けてきた日立製作所(以下、日立)の取り組みに、現場に資するAI導入のヒントがあった。
本記事は、日立製作所が主催したイベント「Hitachi Social Innovation Forum 2026 JAPAN」(2026年9月3〜4日開催)の講演セッションから「HMAXデータ基盤とFDEで切り拓く、フィジカルAIの社会実装」を取材したもの。
人の意思決定を支援するだけだったAIが、現実世界を理解し、社会インフラを動かす存在へ変わりつつある。それが「フィジカルAI」だ。深刻な人手不足や技能継承の課題を抱えながら、停止させられない社会インフラ――エネルギー、鉄道、基幹産業などで実証が進んでいる。
だが、既存のAIをそのまま現場に持ち込めるわけではない。日立の佐佐木秀貴氏(AI&ソフトウェアサービスビジネスユニット マネージド&プラットフォームサービス事業部 事業部長)は「社会インフラでは、AIの誤った判断が設備停止や事故につながり、人や社会に大きな影響を与えかねない」と述べる。
現場にAIを導入するには、性能だけでなく「正確な判断」と「想定外の事象への対応」の両方が欠かせない。そこで日立は、AIの精度向上に加え、誤判断を防ぐ「ガードレール」と、人がAIの挙動を監督・介入できる仕組みを前提にしている。AIの自律運用を基本としつつ、人が安全性を担保する。
AIが正確な判断を下すには、判断の材料となるデータやナレッジが「AI Ready」、つまりAIが理解できる形になっていなければならない。その対象は、設計書や運用ルールだけでなく、熟練者の経験や判断基準も含まれる。だが現実には、データは組織ごとに散在し、ノウハウは暗黙知のまま残る。
どう対応すればよいのか。日立は、専門スキルを持つ人材が顧客の現場に入り込み、課題を理解し、データを整備しながら現場のルールや暗黙知を引き出す手法を実践している。
抽出したルールや暗黙知について、業務との関係性を整理し、AIが使える形に体系化する。体系化した知識の形が「オントロジー」だ。佐佐木氏は、オントロジーを「人が持つ知識や業務の関係性を、AIが理解できる形で整理したもの」と説明する。
同氏はエアコンを例に挙げた。エアコンの効きが悪くなったとき、人間なら「フィルターが汚れているのかもしれない」と推測する。しかしAIは、風量の低下とフィルターの汚れに関係があることを最初から知っているわけではない。両者に関係があることを整理しておけば、AIは原因を推定して次のアクションを導ける。
現場の知識をオントロジーとして整理することで、成果が出た例がある。産業プラントの保守現場では、熟練者が持つ「保守の知見」「設計の知識」をオントロジーとして体系化。「どの問題が生じたらどのバルブを閉じるか」といった対処方法を、設備やバルブの位置とともに非熟練者に示すシステムを導入。その結果、生産性が30%向上し、OJT(職場内訓練)の時間は90%低減した(いずれも日立調べ)。
日立が重視するのは、これを一度で終わらせないことだ。整えた知識資産をデータ基盤に蓄積し、AIが判断に使い、得た知見が再び資産として積み上がる。この「知識循環」と並行して、導入後のデータ品質やAIの性能も継続的に監視する。
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