タミヤのラジコンはこうしてブームになった:一大ブームの仕掛け人たち(3/6 ページ)
「レーサーミニ四駆」の先駆けとして、1980年代半ばにブームを巻き起こしたタミヤのラジコン(RCカー)。そのブームはどのように作られていったのか。そして、そこにはある他社商品の存在があったこと抜きには語れない。
コロコロコミックとの出会い
既にいくつかの少年誌やコミック誌の編集部は訪ねていたが、コロコロコミック編集部への訪問は初めてだった。このとき持参していたRCカーが、既に発売されていた「ワイルドウイリス」だ。商品の説明などを一通りすると、後日いきなりRCカーの連載マンガについて相談が入った。その約4カ月後の1983年6月には「ラジコンボーイ」の連載がスタートした。
連載が始まって少し経ったころ、コロコロコミック編集部から驚くようなリクエストが入った。ワイルドウイリスを飛ばしたり、90度の壁を登ったりさせたいけどできるか?という内容だった。すぐに設計室や工作室に事情を説明したが、良い顔をされなかった。
2日ほど悩んでいたところに再び連絡があり、あるモデラーが作ったので見てくれというので半信半疑で訪れると、サンプルで渡した組み立てキットをベースにした完成品には手作りのウインチが稼働するようになっていて、壁の上にフックを掛けると、それを巻き上げながら車体が壁を登った。そして、本当に飛ぶわけではないが、ルーフにマウントした水牛の角みたいなウイングがボタン1つで広がって、その中央にワイヤーを通すとそれを伝って滑空できる仕組みが施されていた。
ラジコンボーイの主人公が操るワイルドウイリスが、「バッファロー号」というスペシャルマシンで登場するストーリーに合わせて、巻頭グラフで同様のリアルな完成品を載せたいということだった。そして、「これ(こんな使い方をして)、問題ないですかね?」と尋ねられた。
この、模型専門誌もRCカー専門誌もやったことがない前代未聞の改造作品のことを報告すると、タミヤの関係者一同も唸った。我々よりRCカーへの熱い取り組みが形になっていて、何よりも読者へのメッセージの一途さで負けた感覚を味わった。どういう理由があったにせよ、筆者が何も手を出せずに終わってしまったことを猛省した。おかげで、設計スタッフや工作室スタッフがその後の出版社とのコラボレーション企画に発奮するクスリにもなった。筆者がRCカーやミニ四駆の改造例に自ら手を着けるようになっていったのもこのことがきっかけだった。
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