なぜANAは批判を受けても「300万円」を譲らなかったのか SFC改定が突きつける“真の優良顧客”の条件(1/3 ページ)
4月の発表で波紋を呼んだANAの「SFC改定」。9月にラウンジの一律制限緩和を発表したものの、決済額「300万円の壁」は維持した。妥協に見えるこの見直しは、実は「飛ぶ客」から「日常で使う家族」へと優良顧客を再定義し、LTV(顧客生涯価値)の最大化を狙う高度なマーケティング戦略だ。早稲田大学ビジネススクールの長内厚教授が、批判を受けてもANAが死守したラグジュアリー戦略の真の狙いを読み解く。
「ラウンジから締め出される」――。
4月に発表された全日本空輸(ANA)のスーパーフライヤーズカード(SFC)制度改定は、長年飛び続けてきた顧客に大きな衝撃を与えた。それから約半年後の9月29日、同社はSFCの制度改定を見直すと発表した。年間利用額300万円未満の会員について「ANAラウンジを一律利用不可」としていた方針を修正し、混雑状況に応じた柔軟な運用に変更する。
この動きを、顧客からの反発を受けた単なる「改悪の撤回」や「妥協」と片付けてしまっては、経営の真の意図を読み違える。なぜなら、カード利用額で会員を区分する“300万円の壁”という骨格そのものは、どれだけ批判を受けても決して譲らなかったからだ。
ANAは何を変更し、何を死守したのか。追加で示されたラウンジの利用実態や「家族会員」の扱いの裏側を読み解くと、そこには単なるコスト削減を超えた、LTV(顧客生涯価値)を最大化するための高度なマーケティング戦略が隠されている。
「300万円の壁」は維持 ラウンジの一律制限を修正
SFCは、プラチナやダイヤモンドなど所定の資格を得た人が申し込めるクレジットカードだ。これまでは、その後の搭乗実績を問わず、カードの保有を続けた人に対して、ラウンジや優先搭乗などのサービスを提供していた。
新制度は2028年4月1日に始める。初回の判定期間は2026年12月16日から2027年12月15日。対象となるANAカード・ANA Payの年間決済額を基準に、原則300万円以上を「SFC PLUS」、300万円未満を「SFC LITE」とする。航空連合スターアライアンスの資格も、PLUSはゴールド、LITEはシルバーとなる。この基本設計は4月案と変わらない。なお、100万ANAライフタイムマイル到達者は、年間決済額にかかわらずPLUSとなる特例も維持した。
変更の中心はLITEのラウンジ利用だ。国内線の「ANA LOUNGE」では、混雑予測の仕組みを用い、入室後にスムーズに着席できる状況なら当日利用を認める。混雑時には入室を断るものの、余裕があるときまで一律に制限することはしない。将来的には事前予約制も導入する。ただし、導入時期や具体的な運用条件は今回の発表では示さなかった。
国際線では、羽田、成田、ホノルルでANAが運営する「ANA LOUNGE」を従来通り利用できるようにした。一方、他社との提携ラウンジは対象外としている。国内線の共用ラウンジと成田の「ANA ARRIVAL LOUNGE」も従来通り利用できるようにした。
つまり、4月の発表で失われていたLITE会員のラウンジ利用機会は戻るが、航空連合のスターアライアンス・ゴールドの資格が戻るわけではない。ANAグループ運航便での優先搭乗や手荷物の優先受け取りなどは、4月案でも維持していた。今回、失われる予定だった全サービスを復活させたということではなく、年額300万円の基準も原案通りだ。
ANAは、利用額の引き下げ、搭乗実績との併用、対象会員の範囲なども検証したが、混雑緩和と利用機会の確保を両立するため、300万円の基準が必要と判断したと説明している。基準そのものではなく、ラウンジの運用を柔軟にしたのである。
「プレミアムメンバー以外のSFC会員」がラウンジ利用の約6割
ANAによると、SFC会員数は2019年比で約1.5倍に増え、国内主要空港ではピーク時などの満席や入室待ちが常態化している。2025年度のANA国内線利用実績では、当該年度にダイヤモンド、プラチナ、ブロンズのプレミアムメンバーになっていないSFC会員の年間平均航空券購入額はプラチナ会員の12%、ブロンズ会員の19%だった。年間平均搭乗回数も、それぞれ15%、24%にとどまる。
一方、主要空港の国内線ラウンジ利用では、プレミアムメンバー以外のSFC会員が約60%を占めるという。年間の国内線利用は比較的少ない層が、ラウンジという限られた設備の利用では大きな割合を占めているのである。
もちろん、この数字から「飛行機に乗らない人がラウンジだけを使っている」と結論付けてはいけない。国内線の平均値だけでは、国際線やカード決済、過去の貢献は分からない。約6割という構成比も、1人当たりのラウンジ利用頻度が過大であることを示すものではない。会員は従来のルールに従って利用している。
それでも、現在の搭乗頻度が低くても優待が続く仕組みと、限られたラウンジ設備との間で、調整が必要になっていることは理解できる。ANA自身、日常のカード利用が限定的となり「使うカード」より「持つカード」としての性格が強まっていると説明する。過去に獲得した資格を維持するだけでなく、現在の利用にも結び付けたい。その発想が今回の再設計の出発点なのだろう。
なお、プレミアムメンバー以外のSFC会員と、将来のLITEは同義ではない。現在の搭乗実績が少なくても、決済条件を満たす会員はPLUSになる。この違いこそ、改定の重要なポイントである。つまり、ラウンジ利用などができる優遇制度を航空機利用の頻度によってプラチナ、ダイヤモンドになることで実現するルートと、買い物などカード利用によってSFC PLUSになって実現するルートの2ルートにするということが、今回の制度設計のポイントと言える。
ANAにとって優良顧客とは、飛行機にたくさん乗る顧客(プラチナ、ダイヤモンド会員)に加えて、ANAカードなどをたくさん利用する顧客(SFC PLUS会員)でもあるということだ。これは、ANAが航空以外のサービスへ注力するということでもあろう。
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