ところで、量子ドットそのものの製造には、かなりのコストが掛かりそうに思える。しかし秋山氏は、「低コスト」も量子ドットの利点に含まれるのだという。作り方は世界でさまざまに研究されているが、薄膜結晶を積み重ねて量子ドットを自己形成させる、いわゆるボトムアップ的アプローチの製造方法が比較的ポピュラーだ。不思議なのは、積み重ねるだけで3次元構造(0次元的に電子を閉じ込めた状態)が自動的に生成されること。
「量子ドットの場合、原子と原子の間隔(格子定数)が比較的大きく、自発的に格子定数を合わせる力が働くため、圧縮されるエネルギーが蓄積され、エネルギーが一定以上になるとその力が緩和されて自動的に3次元構造となる。つまり、2次元構造のものと変わらない工数で3次元の量子ドットが製造できる」(秋山氏)
また、従来の光通信に必要な波長は1.3ミクロンで、そのレーザ発振子の材料には格子定数の大きなインジウムリン(InP)基板が使われていた。一方、量子ドットレーザでは、可視レーザダイオード(DVDやCDプレーヤーなどに使われる赤色レーザ)の製造でポピュラーな、大径のGaAs(ガリウムヒ素)基板が利用できるため、量産効果の高い生産技術が流用できるのだ。この点でも、比較的低コストでの製造が可能であることが裏付けされる。
この量子ドットレーザ技術は、ウォールストリート・ジャーナル紙が主催する「Technology Innovation Awards 2006」の半導体分野で、「Runner-Up賞」(優秀賞)を受賞し、06年9月11日付けの同紙上で世界的に紹介された。このアワードには12分野で、24カ国以上から約600件以上の応募があったが、日本では富士通研究所、QDレーザ、東京大学のみの受賞となった。
ただし、QDレーザが開発を進める量子ドットレーザも、課題がないわけではない。「3次元的に電子を閉じ込めている構造上、現時点での生産技術ではレーザ発振する部分とそうでない材料が混在してしまう。そのため、現状は10ギガbps程度の通信速度にとどまっている。今後はさらに高密度化を実現することで、量子井戸構造の半導体レーザより高速変調が可能な開発を進めたい」と秋山氏は語る。
現在、量子ドットレーザは、ビル構内に敷設された既存のマルチモードファイバ(MMF)(*1)で、大容量ネットワークを実用化する検討がなされている。光ファイバの種類にはMMFとシングルモードファイバ(SMF)(*2)の2つがあるが、すでに広く普及している低速伝送用のMMFを使って、低コストに高速・大容量の光伝送を実現する。
すでに、構内LANを長距離伝送する規格として、IEEE 802.3aq(10GBASE-LRM)(*3)が標準化される中、富士通とQDレーザでは、10ギガビットイーサネットLRM(Long Reach Multi mode fiber)に向けた製品化を急ぐ考えだ。
ともあれ、量子ドットレーザの可能性は、構内LANなどにとどまるものではないことは確かなようだ。低コスト、小型・低消費電力、高速変調・長距離伝送の特性を生かして、企業/家庭を問わず、あらゆる光通信に使われていく可能性を秘めた技術といえる。
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