世界一厳しい日本の消費者を相手に、仕事の本質を知る楽しみ日本のインターネット企業 変革の旗手たち

インターネットで注文した本やCDが近くのコンビニで受け取れる――消費者にとって身近なサービスとインターネットを組み合わせ、新たな流通スタイルを創造した企業がセブンアンドワイだ。国内トップクラスのネットショッピングサービスを提供する同社の強みを鈴木康弘社長に聞いた。

» 2008年01月08日 00時00分 公開
[國谷武史,ITmedia]

 インターネットで注文した商品をセブン-イレブンで受け取れ、その場で代金の支払いができる。このようなビジネスモデルを国内で初めて導入したのが、セブンアンドワイである。現在は書籍だけで約70万タイトルを取り扱う国内トップクラスのネットショッピングサービス企業となった同社。その原動力とは何かを、代表取締役社長の鈴木康弘氏に聞いた。

セブンアンドワイ鈴木社長 「顧客志向であること」。この言葉を実践できるのがセブンアンドワイの原動力となっている

ITmedia サービス開始時(1999年)は大変な注目を集めましたが、どのようなきっかけでこのビジネスを始められたのでしょうか。

鈴木 私は富士通でシステムエンジニアとして10年間働いていたのですが、あるとき知人からソフトバンクの孫正義社長を紹介されたのが転職のきっかけでした。その半年後に営業としてソフトバンクに移り、2年ほどした1999年の新年の全社大会で、孫社長が「これからはインターネットの時代。何かアイディアがあったら持ってきて欲しい」という話をされました。それならシステムエンジニア、営業をやってきたので「次は小売をやりたい」と決め、じゃあ、何を売ろうかとなったときに、読書が好きだったので「じゃあ本を売ろう! 」という具合です。

 しかし、書籍の膨大な在庫をどう確保するか、インターネットをどう活用するか、当時は不安の声の強かったオンライン決済を使わずに手軽に支払える方法はないかと、次から次に課題が出てきました。そこでヤフーの井上雅博社長など、グループ各社に相談をして、在庫は「人とのつながりを重視する」と書籍業界でいわれたトーハンに、集客はヤフーに協力してもらうことになりました。そして決済と商品の受け取り方法は、コンビニの公共料金の支払い制度を思い出して、「それならコンビニを利用しよう」と。そして、ぜひ手を組むなら売上高で日本第1位のコンビニがいいと考え、セブン-イレブンと提携しました。これで、今のビジネスモデルの骨格ができ上がったわけです。

 いざ会社を作る段階になってから、孫社長から「出資以外の支援はしないよ」といわれ、人材募集から何から自分の手でしなくてはいけなくなりましたね。システムも自分で設計して、最初の発表(1999年5月)から半年で何とかサービスを始められましたが、喜びも束の間、24時間365日、停止することが許されないインターネットサービスの厳しさや、集客とアイテム数の拡大など、さらにいろいろな課題に直面しました。資本金が底を尽きかけたこともあります。

 危機的な状況になって全社員と「どうしたらよいだろう」と話し合い、それなら原点に戻って「正しいことをしよう」という、会社の本質にしっかり取り組もうということになりました。トイレの明かりを無駄につけない――どんな小さなコスト削減でもきちんと取り組み、2006年度は売上高136億円、会員数も450万人規模にまで拡大できました。

ITmedia 現在はセブン&アイホールディングスグループの一員として活動されていますが、事業展開についてお聞かせください。

鈴木 これまで、親会社がソフトバンク、ヤフー、セブン-イレブンと変わってきました。常に自分たちの市場でのスタンスを考え、各社に親会社を変わって欲しいと、こちらからお願いしました。ヤフーからは集客を含めたインターネットのノウハウを学びたい、セブン-イレブンからは強力な商品購買力を活用したいというのが理由です。かつての親会社からは、「最も言うことを聞かない子会社だった」と冗談をいわれることもありますね(笑)。

 今では、これまで続けてきた事業をさらに広げることに加え、グループ各社のビジネスをインターネットの世界へと広げるプロジェクトの中核的な立場になりました。例えば、イトーヨーカ堂のオンラインショッピングサイトも当社の仕組みを利用しています。また、詳しくはお話できませんが、「メディアと消費の融合」というテーマで、新しい事業展開もすでに始めています。

ITmedia Amazonに代表される外資系のオンラインサービス企業の成長も著しいですね。

鈴木 小売業界では、昭和30年代に「個人商店からチェーンストアへ」という業界の変化がありました。そのときは外資が相次いで日本市場に参入しましたが、今の日本市場でリーダー的な立場となった外資系企業はありません。それは、日本人が世界で最も厳しい消費者だという特殊性にあると思います。

 日本人は、価格だけでなく品質、サービスにも注目します。お辞儀の角度までもみるのは日本人ぐらいでしょう。だから、われわれは外資系企業をライバルとしては意識していません。それよりも、顧客の立場で思考することを心がけています。

 また、日本人は発明よりも改善を得意とする人種です。例えばセブン-イレブンは、起源は米国ですが、今では日本が世界の経営を行っています。ヤフーも、米国のサービスをローカライズしている地域が多い中で、日本は独自サービスを数多く導入しています。ですから、オンラインサービスが米国発であっても、われわれは顧客が喜んでくれることに集中すれば、必ず1位になれると確信しています。そのためには、顧客志向の意識を社員が強く持つことが欠かせません。

ITmedia 顧客がショッピングサイト運営を体験できる「みんなの書店」など、顧客思考のサービスを数多く開発されていますが、「アイデア勝負」という企業風土なのでしょうか。

鈴木 よくインターネット企業だと思われることが多いのですが、われわれは小売業なので、商品を通じて顧客がより良い生活を手にし、喜びを感じてもられることが一番の使命です。面接では技術やスキルよりも、本人が「顧客の笑顔を見たい」という気持ちを持っているのかどうかを重視しますね。技術やスキルというのは、志を実現するための道具であって、技術やスキルだけをアピールする人材には興味がありません。

 目前の仕事をきちんとやり切れるかどうかも重視します。新しいビジネスが動き始めると、途端にさまざまな問題が起きます。アイデアだけを口にする人がいますが、そのような人ほど問題が起きると逃げ出します。目前の仕事をきちんとやって、周囲の人間からの信頼を築き上げていけることが何よりも大切でしょう。信頼があれば、問題にぶつかっても周囲が助けてくれます。

セブンアンドワイ鈴木社長 経営目標を達成した時に、社員全員から「おめでとうございます」と書かれた寄せ書きが贈られたという。鈴木氏を中心に社員の結束は固い

 私はシステムエンジニア、営業の仕事を積み重ねてきた結果として、今があると思います。孫社長や井上社長は、私がこのビジネスを始めるときに、私のアイデアに投資したのではなく、私自身に投資したくれたのだろうと思っています。創業前、ソフトバンクの経営陣に対して「5年で年商100億円を達成する」と宣言し、6年目で126億円を達成したときに、北尾さん(SBIホールディングスの北尾吉孝CEO)から、「俺はお前を信用するぞ」といわれました。この一言がうれしかった。「私がやります」といったことをきちんとやる。これが信頼につながります。

 顧客の笑顔を見たいという気持ちと、自分がすべきことをきちんとできる人ならば、学歴や能力は関係ないですね。会社は人を育てる場所だと考えていますので、本人に足りないところがあれば、われわれが育てます。相手本位で物事を考えられ、顧客や取引先と「win-win」の関係を作れる人が活躍できるでしょう。

ITmedia 今後はどのような経営を目指されるのでしょうか。

鈴木 「株式公開をしないのですか? 」と、よく尋ねられますが、その考えはありません。われわれは、利益は基本理念を維持、進歩させるための手段だと考えていますので、株主のために利益を追求する株式公開会社を目指していないのです。また、ビジネスには「目的」と「目標」が不可欠です。目的とは「○○をしたい」というイメージ、目標とは「数字」のこと。目的だけではただの慈善事業ですが、目標だけでは拝金主義に傾く恐れがある。この2つが両輪となって、正しく回り続けるバランスの良い会社にしていきたいですね。

 社内は、例えるなら「学園祭の準備」という雰囲気を持っていますが、この雰囲気も大事にしたい。学園祭の出し物を準備するときは、みんなが「面白いものを作ろう」という1つの目的に向かうでしょう。そして、だれがいつまでに何をする――という目標を各自が自然に持つようになり、行動する。そうなると勢いが生まれ、新しいことが動き出す。この風土が、当社の原動力になっています。

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