NTTは悪者か?── 情報通信政策における競争政策の有効性を再考する短期集中連載 ニッポンのブロードバンド基盤(2/2 ページ)

» 2009年03月30日 08時15分 公開
[境真良,ITmedia]
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 ちなみに、そもそもなぜ「民活」や「規制緩和」が叫ばれるようになったのかという点で、2つの理由を指摘しておこう。その1つは、競争によって生じる社会的コストを引き受けられるだけの経済的体力を日本経済が備えるようになった、ということである。

 歴史的には、ネットワーク経済的性格を持つ多くのインフラ事業には、当初全くの自由な民間事業として登場しながら、事業の安定的存続を図り、同時に重複投資を防ぐという理由で、明治後期から戦時中にかけて広く公的事業規制の統制下に置かれるようになったという経緯がある。なぜ重複投資を規制によって避けなければならなかったかといえば、国が貧しく、そうした社会的コストを日本経済が背負えなかったからである。

 もう1つの理由が、選択の不確実性という問題である。経済とは面白いもので、先進国を追いかける段階では模倣と効率化を繰り返せばよいが、先進国段階に達すると商品と経営手法の自主開発が不可欠になり、とたんに事業の不確実性が増してくる。何をすればよいか、というそもそも論で不確実性が高いので、大きな資本を投下して1つの方向に邁進するというやり方が時代遅れになってしまったのだ。

 1980年代の日本は、1億人あまりの国民が世界の10%のGDPを産出する先進経済であった。短期的には無駄も、市場メカニズムによって長期的な効率化と新しい技術や経営への対応が見込める「民活」と「規制緩和」という政策は十分合理性があっただろう。

NTTの変則的「民活」「規制緩和」はまだ妥当なのか?

 ただ、NTTの誕生は単純に理論通り進んだわけではない。問題は、電電公社の民営化そのものではなく、民営化のやり方にあった。

 民営化前の電電公社は、日本の電話事業を独占する巨大な事業者であった。その民営化にあたっては、新規参入する他の事業者と競争させるために、電電公社をある程度小さく解体することも論じられていた。常套策であったろう。事実、先行する米国では、AT&Tを解体するにあたり、幾つかの地域電話会社に分割する方法が採られた。

 しかし、日本ではそうはならなかった。NTTを幾つかの事業分野ごとに分割したものの、引き続きNTTの事業は巨大な事業グループに任されることになった。「民営化後の混乱を避けようとした」「引き続き業界を牽引する大事業者を残したかった」など、見方はいろいろあるだろう。だが、結論としてNTTが「温存」されたことは事実である。

 さすがに市場におけるこの非対称的な構造には世の関心が集まった。その結果、NTTには他の事業者との競争関係を調整するため、電気通信事業法や独占禁止法の適用について常時監視態勢に置かれた。前回で触れた「NGN」はインフラの開放という点からしばしば問題視されるし、「IPTV」事業はNTT東日本/西日本で行うことが認められていないため、NTTぷららやアイキャストがこれを行っている。

光ファイバー専業会社論

 しかし、このような変則的な「民活」と「規制緩和」は果たしてどれほど機能しているだろうか?

 確かにNTTの事業効率化は進んでいる。新しい技術であったブロードバンドIPネットワークへの対応が早かったのも、そして(Yahoo! BBというライバルに押されてではあるが)世界でも最安値水準のサービスを提供してブロードバンドの普及に貢献したのも、民営化したからこその効果である。さらにNGNによってインフラコストの削減にまで到達した。そういう意味では、「民活」と「規制緩和」の効果は確かにあったと言える。

 だが、その一方で、インフラ上のサービス領域では歪みも見えている。最近ではYahoo! BBがNTTの光インフラを使ったFTTHサービスを実施することが話題になったが、NTTはさまざまなISPにそのインフラを提供しており、その条件は常に問題になっている。NGNも、インフラの価格を下げるという点ではよかったが、そこに高付加価値レイヤーに属する機能を付加したため、このインフラ開放という点ではさまざまな混乱や憶測を生むことになった。

 つまり、NTTの事業の中で、十分に「民活」「規制緩和」の効果が認められる部分と、そうではない部分は、かなりはっきり見えてきているわけだ。

 今や光ファイバーインフラが基盤となることが確実で、経営効率化も十分見込まれる部分を従来の考え方から括り出す考え方が極めて魅力的に映ってくる。つまり、光ファイバーインフラの敷設と維持を専門的に行う会社を、NTTグループから括り出してはどうかということだ。

 元来、「政策」は生き物であり、市場実態に合わせて調整していくべきものである。電電公社からNTTを生み出した「民活」「規制緩和」も、社会の営みのあらゆるところで等しく効く黄金律ではなく、実態に合わせ領域を定めて適用すべき「政策」だとわたしは考える。

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著者プロフィール:境 真良(さかい まさよし)

1968年東京生まれ。93年、東京大学法学部を卒業して通商産業省入省。2001年より経済産業省メディアコンテンツ課課長補佐、東京国際映画祭事務局長、経済産業省情報政策ユニットプラットフォーム政策室補佐、早稲田大学大学院GITS客員准教授などを務める。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)客員研究員。専門はコンテンツ産業論、情報社会論。


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