筑駒パ研、いよいよ世界に――センスが光るソフトウェアデザインを披露Imagine Cup 2010 Report

7月にポーランドで開催されるImagine Cup 2010。Microsoftが主催する学生向けのグローバルITコンペティションとして知られる同大会のソフトウェアデザイン部門日本代表が決定した。若き才能が集うことで知られる「筑駒パ研」のチームは、予想を超えるハイレベルなソリューションを手に世界に挑む。

» 2010年03月11日 03時30分 公開
[西尾泰三,ITmedia]

 Microsoftが主催する学生向けのグローバルITコンペティション「Imagine Cup」。2003年から世界各地で毎年1回開催されており、2010年は7月にポーランドで開催される。

 Imagine Cupは大会の中身も、また、その意義もここ数年ほどで大きく変化した。内部的には、幾つかの部門が統廃合を繰り返した後に5部門となり、対外的には、単なるITコンペティションではなく、MicrosoftのCSR活動的な役割を与えられるようになった。後者については、2009年度の大会から「ITを活用して国連ミレニアム開発目標を達成する」という共通テーマがすべての部門に設定されたことがそれを象徴している。

 国連ミレニアム開発目標とは、2000年9月に開催された国連ミレニアムサミットで採択された21世紀における国際社会の目標を指し、「極度の貧困と飢餓の撲滅」「普遍的な初等教育の達成」「ジェンダーの平等の推進と女性の地位向上」など8つの目標が存在する。国連はこれらの目標を2015年までに達成することを目指しているが、MicrosoftはImagine Cupのテーマにこの目標を取り入れることで、社会問題にコミットする姿勢を示すとともに、参加学生には現実の社会問題をいかに掘り下げ、技術で解決するかを求めるようになったといえる。

世界に打って出る筑駒「パ研」

 Imagine Cupで用意されている5部門の中で、第1回大会から続いているのがソフトウェアデザイン部門。ほかの部門と比べ優勝賞金も高く設定されており、別格の存在感を放っている。同部門に進む日本代表を決める選考会が3月9日、東京大学で開催され、4チームが最終選考に臨んだ。ここでは、最初にダイジェスト映像をお届けしよう。

 最終選考の結果、日本代表の座を勝ち取ったのは、筑波大学附属駒場中高等学校のパーソナルコンピュータ研究部(通称:パ研)のメンバーで構成された「PAKEN」。「Rubyを最大63%高速化した中学生は超多忙」で取り上げた中学3年生の金井仁弘氏(Twitter ID:CanI_61st)もメンバーの1人だ。ちなみに、Imagine Cup 2008のアルゴリズム部門で世界第3位というすばらしい成績を残した高橋直大氏(現慶應大学)もパ研の出身である。

 同チームが選択したテーマは「極度の貧困と飢餓の撲滅」。金井氏によるプレゼンテーションでは、NPOなどによる貧困地域への物資援助において、輸送コストが支援活動の大きな負担であると指摘。それに対して、民間旅客機の搭乗者が無料で預ける荷物の重量には一人当たり10キロ程度のマージンがあり、個人旅行者の総数からすると膨大な輸送能力が存在しているとし、物流を最適化して余剰物資を適切に分配するためのプラットフォーム「Bazzaruino」を開発した。

 個人旅行者のスーツケースの空きスペースを活用して支援物資を運べないかというBazzaruinoのアイデアは、見方によっては個人旅行者のソーシャル性を生かした分散型の輸送システムである。これを実現するための輸送計画について、PAKENは幾つかのパラメータを設定しながら、以下のような問題に帰着させた。

空港Anを時刻T1nに出発し、空港Bnに時刻T2nに到着する、最大Mnまで荷物を運べる航空便がn便ある。このとき、各空港に貯蔵してあるk種類の物資をSikとし、空港CmにDmkを時刻Lmkまでに輸送する要請がmk個あるとすると、要請を満たしつつ、総輸送量×総輸送距離の総和を最小にする輸送計画を求めよ

 上述の高橋氏による「最強最速アルゴリズマー養成講座」などでアルゴリズムに慣れ親しんでいる方であれば、この基本骨格がいわゆる最小費用フロー問題として扱えることに気付くだろう。PAKENはさらに、これを多品種フローに対応させ、時間の概念を拡張。そして、この問題をグラフに変換し、線形計画法を用いた独自の輸送最適化アルゴリズムとしてWindows Azure上に実装した。また、ユーザーインタフェースにはSilverlightを、認証基盤にはWindows Live IDを利用している。

 実際の利用ケースとしては、個人旅行者がBazzaruinoにサインインし、到着空港や荷物重量などを登録すると、システム側で支援団体の要望を満たす輸送計画が導き出される。個人旅行者は、所定の場所で物資を受け取って、それを到着空港で引き渡すというものだ。

 プレゼンテーションでは輸送最適化アルゴリズムが理路整然と説明されたため、その鮮やかさに目が行きがちだが、Bazzaruinoが狙うのは援助物資の輸送に関わる各機関/団体を支援するプラットフォームであることを考えれば、そこは本質ではなく、むしろ解決すべき課題は多い。物資の送り手と受け手の間に介在する個人旅行者そのものへの信頼、あるいは物資のトレーサビリティをどう担保するかはその最たるものだ。ソフトウェアデザインだけでは語れない部分まで含めた世界を構築するという視点が必要となる。

 しかしそれでも、PAKENが日本代表に選ばれたのは、そのポテンシャルである。海外への物資輸送を大量の個人旅行者を介しながら分散して行うという試みは、航空会社などへのインセンティブがなければ一見荒唐無稽(むけい)に映るが、Twitterのようなサービスの盛り上がりを考えるに、個人の力が社会を変えていくというのはあながち的外れではない。むしろ、問題が大きければ大きいほど、チャンスも大きいわけで、Bazzaruinoは時代の変化をしっかりととらえたサービスとして、法体制などをはじめとする既成の構造を変えていくパワーを秘めている。

日本代表となった「PAKEN」のチームメンバー。左から永野泰爾氏(高2)、石村脩氏(高2)、関川柊氏(高1)、金井仁弘氏(中3)

異なるテーマを選択したチームも健闘

 一方、残念ながら日本代表とはならなかったものの、残りの3チームも秀逸なプレゼンテーションを披露した。

 テーマに「普遍的な初等教育の達成」を選択したのは2チーム。過去2年連続でImagine Cupソフトウェアデザイン部門の日本代表となった同志社大学チームの後輩に当たる「NISLab#」と、福島工業高等専門学校の「Growing」だ。

 テーマは同じだが、2チームのアプローチは異なる。NISLab#が発表したソリューション「EduCycle」は、昨年のImagine Cupで日本代表として世界大会に参加したNISLab++からソースコードを譲り受け、それを拡張したもの。NISLab++のソリューションは世界中の教科書を集めて言語グリッドで翻訳し、共有するものだったが、EduCycleではさらに、授業を動画としてアーカイブし、字幕を言語グリッドで多言語化するとともに、ソーシャルなタギングを利用することで、世界中の教科書や授業を共有するソリューションとなっていた。

 一方、Growingが発表した「TERAKOYA Net」は、識字率問題の解決のために、日本の江戸時代の識字率の高さを実現した「寺子屋」に注目、それをネットワーク上に展開しようとするものだった。端的に言えば、Wikiやブログといったコンポーネントモジュールを内包した情報のアーカイブシステムであり、そこにSNSのようなソーシャル性を取り入れることで、個人あるいは民間レベルでの情報流通を支援しようとするものだ。NISLab#と同様、言語グリッドを用いてコンテンツの多言語化を図っている。

 この2チームは、「普遍的な初等教育の達成」というテーマを選択し、それぞれの観点からソリューションを紹介したが、例えばNISLab#は、初等教育の根源的な問題がコンテンツ不足にあるととらえているようで、問題を狭く捉えすぎたように思えた。Growingも識字率の改善というそもそもの問題定義がシステムをデザインしていく過程で「教育を受ける必要性を感じてもらう」ことに置き換わってしまったように感じられたのが残念なところだ。

自律的なデバイスで水問題の解決を狙ったAI3

 同志社大学の学生で構成されたチーム「AI3」は、「環境の持続可能性確保」をテーマに選択、とりわけアフリカにおける水問題解決のためのソリューションとして「NEREID(NEtwork RElational Intelligent Device)」を発表した。

 AI3は、アフリカでは多くの地域で人口密度の問題から水道網の整備が進んでおらず、水くみのために膨大な時間が消費されていることを紹介、この解消を目的に、ボール型のハードウェアを設計した。このハードウェアはGPSなどの各種センサーのほか、カメラなどを搭載するもので、詳しくは上述の動画で確認してほしいが、水源まで自律的に移動し、その内部に水をためて運搬するというのが基本コンセプトだ。1台が1日当たり8リットル程度の運搬が可能であり、そのコストも量産化されれば100ドル程度に落ち着くと試算した。

 自律的なデバイスに水くみ作業を任せるという発想は非常に面白いが、バレーボール程度のサイズのデバイスが、水源を探してさまよう姿を想像すると、いささか心もとない。物量作戦でボールの数を増やしたとしても、高低差のある地形をスムーズに物理移動できるかどうかという問題がある。あるいは、ボール自体が盗難されるリスクも看過できない。突き詰めて考えれば、水不足あるいは水運搬で苦しむ人々に対する問題への解としては最適ではないと判断されたと推察される。

 今回の日本代表の選考会では、審査員に京都大学大学院経済学研究科の若林靖永教授(Twitter ID:ywakabayashi)が名を連ねていた。これまで主に技術的な視点からの審査が主であった選考に、マーケティング的な視点を加えたことで、各ソリューションの経済的実現可能性や商業可能性などまで包含する審査となった。

 若林氏は大会後、各チームをねぎらった上で、問題定義を行うに当たっての掘り下げ方に課題を残していたのではないかと話した。若林氏が特に言及したのは、「実際に(問題を)解決できるのかというリアリティ」であり、フィールドワークを前提とした問題の構造把握に努めることで、発表自体も自然と構造化され整理されていくと話している。

 とはいえ、若林氏もPAKENのソリューションには筋の良さを感じるとしており、世界大会までのブラッシュアップに期待を寄せる。Imagine Cupのソフトウェアデザイン部門は、2006年に中山浩太郎氏(現東京大学知の構造化センター特任助教)らのチームが6位入賞を果たして以降、日本勢の活躍が見られない。世界の壁は予想以上に高いが、PAKENがこの壁を打ち破ることを強く期待したい。

Imagine Cup 2010日本大会に参加したチームと審査員。 なお、最終的な結果は優勝が「PAKEN」、2位がAI3、次いでNISLab#、Growingとなった

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