現場で効くデータ活用と業務カイゼン

医療の質向上にプログラマーとしての経験を生かす――新日鐵広畑病院 平松医師の取り組み(後編)導入事例

ナレッジベースを使いこなすには、データの蓄積が鍵となる。新日鐵広畑病院の平松医師は、「入力すれば便利に使える」という条件を設け、ユーザーが自発的にデータを入力するようにしたという。

» 2010年08月26日 17時50分 公開
[岡田靖&編集部,ITmedia]

データ蓄積のための工夫は“入力すれば便利になる”という意識の徹底

<前編はこちら>

新日鐵広畑病院 産婦人科部長 平松晋介医師

 新日鐵広畑病院で使われているFileMakerのシステムは、基幹系とは別の存在だ。医師の判断に役立つ情報を集約/整理して活用することを主な目的としており、言わば“情報系”に属するシステムとなっている。

 このようなシステムが役立つ条件は、登録されている情報の質や量が充実していること。どれだけ緻密に作り込まれていようと、中身が空っぽでは、誰も使わない。もちろん、ほかのシステムからデータを取り込むことも重要だが、平松医師は「入力すれば仕事が楽になる」という仕掛けを作り、ユーザーが自発的にデータを登録するように仕向けたという。

 平松医師は、ユーザーがまず帳票を作り、書式を選ぶだけで即座に出せるようにしておき、後は必要な情報を入力すれば使えるようにしておいた。例えば別の医療機関に紹介する際、紹介先の医療機関の名称や住所、担当医などの情報を入力すれば、半自動的に紹介状やその封筒を印刷できるようになっている。

 「このような仕組みにしておけば、『これを入力すれば便利に使える』という意識になり、皆が喜んで入力してくれます。例えば、カルテを作成するのは事務のスタッフですが、患者の氏名・性別・生年月日といった基本情報を手書きで記入するのでなく、システムに入力すれば自動的に記入された状態で印刷できるようにしておくと、率先してデータを入力し、使うようになるわけです。すると、患者の基本台帳が自然に完成します。紹介先の医療機関の情報も、今や2万件以上も蓄積されました」(平松医師)

 医療機関の業務では、多くの書類を出力しなければならない。しかもその書類には、患者のカルテなど多くの資料をベースとした情報が必要となる。手作業で作るとすれば、大量の資料の中から必要な情報を抜粋して整理していかなければならず、大変な苦労が伴う。

薬品のマスタ情報は、平松医師が工夫した“2段式のタブ”で容易に検索できる

 平松医師は、まず自分自身の業務を効率化すべくシステムを開発したが、書類作成の苦労は、当然ながらほかの医師たちにも、あるいは職員たちにも存在する。同じような苦労をしているからこそ、「入力すれば楽になる」というツボを突くアイデアが生まれたのかもしれない。そして、入力することで便利になるシステムを作ったことで、皆が自発的にデータを登録するようになったというわけだ。同じような仕掛けは各所に用意されており、医事システムなどからのデータ連携が難しい部分などで活用されている。

 結果として“ある部署で入力されたデータは、FileMakerを通じて他部署でも活用される”ようになる。強制せずともFileMakerの輪が広がり、より便利になっていくのだ。

 例えば、薬品マスタDBは、主に薬剤部の仕事を効率化にするために作られたものだ。一般的に薬剤は、同じ効果を持つものが複数の製薬会社から販売されているため、病院は“どの製薬会社の薬品を採用するか”を決めている。それをリスト化したものは、紙の書類であれば、全体で数百枚にもなる。

 薬品の切り替えや仕入れ先の変更、また商品名の変更や新薬の登場などは頻繁にある。しかも、このリストは薬剤部だけが持つのではなく、医師も頻繁に利用するものだから、医師たちに行き渡るよう配布した上で、最新の情報へのアップデートも欠かさず行わなければならない。こういった管理作業は、当然ながら相当な負担となっていた。だがFileMakerで管理することによって薬事部の負担は格段に軽減され、また医師たちにとっても利用しやすくなったのである。

 「このリストを最初に作ったのは十数年前のことでした。今ではオーダリングシステム(処方や検査などの情報を伝達するためのシステム)が導入されており、薬品マスタの管理もそちらで行うようになりましたが、それでもまだFileMaker上の薬品マスタは使い続けられています。近年では患者に処方箋を出す際、それぞれの薬品に関する情報を一緒に渡すようになりましたが、このマスタはそこにも役立っています」(平松医師)

医師の前職である開発者としての経験が生きている

新日鐵広畑病院 情報システム企画室の伏野誠一郎室長

 新日鐵広畑病院 情報システム企画室の伏野誠一郎室長は、医事システムなどの基幹系と、平松医師が開発したFileMakerシステムとの関係を、こう説明している。

 「基幹系だけでも、基本的には業務を遂行できます。もともと医事システムとは、そういうふうに作られているものですから。その意味では、もしFileMakerがダウンしたとしても、病院としては“何とかなる”のです。しかしFileMakerは、医師、事務スタッフ問わず、現場で活用しており、医療の質を向上する情報系システムとして役立っています」(伏野氏)

 医療機関では、多くのプロフェッショナルが連携し合うことで、業務が成り立っている。それぞれの部署で必要な情報を登録すれば、ほかの部署でも役に立ち、相互にデータを活用し合う関係になっていくと、医療の質が向上するというサイクルが、新日鐵広畑病院におけるFileMaker活用例から見えてくる。「FileMakerに登録されているデータは、ほぼ病院の全業務に及びます」と平松医師は話す。

 「当院の医師のうち、7〜8割がFileMakerを使っています。患者の病歴管理、入退院情報、ベッドや病室の移動に関する情報など、入院から退院まで、ほぼ全ての情報がFileMaker上で管理されていますし、カルテ庫の管理やDPC(Diagnosis Procedure Combination:診断群分類。医療費の定額支払制度において必要となる評価方法)に用いるデータも管理しています」(平松医師)

 当初は自らのためにシステムを開発した平松医師だが、ほかの医師や職員が使うようになると、そのユーザーからさまざまな意見を取り入れつつ機能を改良していった。平松医師が、医師になる以前にプログラマーとして働いていた経験を持っていることも、こうした開発に大いに役立ったという。

 「FileMakerは“自作できる”ことが大きな特徴です。しかし、皆が使うシステムでは、エラー処理などの作り込みも欠かせません。そこには、プログラマーとしての経験も生きています」(平松医師)

 開発した人が、自ら使うだけのシステムなら、想定した範囲内の使い方しかしないため、厳密なエラー処理は必要ないだろう。だが、ほかの人も使うとなれば、話は違ってくる。平松医師の、商用プログラムを開発した経験が、貴重なノウハウになっているのだ。この開発経験は、平松医師の働き方にも影響を与えているのかもしれない。システム開発のための作業時間は、医師としての勤務とは別に、可視化しているのだという。

 「病院側から仕様変更を依頼されれば、作業を見積もった上で、超過勤務の稟議を上げています。またFileMakerのプログラムのうち、わたしが開発した部分は著作物としており、その上で病院側の利用を許諾する契約を結んでいます」(平松医師)

 平松医師はいなくなってしまうと、ブラックボックス化しかねないのでは?という危惧もあるが、それについて平松医師は「もしほかの病院に移ることになったら、FileMakerの開発会社を作り、(新日鐵広畑病院から)運用と開発を受託しようかな」と笑う。

 FileMakerが業務システムの自作に向いたプロダクトであることには、多くのユーザーが同意することだろう。だが平松医師のように、本業をこなしつつ開発をしたならば、その部分はきちんと評価されるべきだ。平松医師の姿勢は、FileMakerで勤務先の業務改善に取り組む多くのユーザーにとって、学ぶべき点があるだろう。

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