SAP・Sybase合併後の戦略会見で感じた意外なポイントWeekly Memo

SAPが先週、中国・北京で行ったSybase買収後の事業戦略を説明した会見から、印象に残った意外なポイントを取り上げてみた。

» 2010年09月06日 12時15分 公開
[松岡功ITmedia]

エンタープライズモビリティなど3分野に注力

 独SAPが9月1日、今年7月に米Sybaseとの合併手続きが完了したことを受け、中国・北京で今後の事業戦略について会見した。8月19日に米国マサチューセッツ州ボストンとドイツのフランクフルトで同時開催したのに続き、今回は中国をはじめ日本、韓国、オーストラリア、東南アジアなどアジアパシフィック地域を対象に行った格好だ。

 会見を行ったのは、SAPの共同CEOであるビル・マクダーモット氏とジム・ハガマン・スナーベ氏、SybaseのCEOであるジョン・チェン氏、SAPアジア・パシフィック・ジャパン プレジデントのスティーブ・ワッツ氏の4人。日本では都内のSAPジャパン本社でライブ中継による会見が行われた。

 合併手続きの完了に伴い、SAPはSybaseを独立した事業部門として運営し、顧客のSybase製品への投資を保護することを明言している。今回の会見では、米独での開催時と同様、エンタープライズモビリティ、ビジネスアナリティクス、エンタープライズインフォメーションマネジメント(EIM)の3つの分野における両社製品の戦略的な方向性を軸に説明が行われた。その詳細な内容についてはすでに報道されているので関連記事などを参照いただくとして、ここでは発表文に記載されていた4つの要点をかいつまんで紹介しておく。

 1つ目は、今後9カ月以内に、主要なモバイルOSおよびモバイル機器で動作するオープンスタンダードに基づいた企業向けモバイルプラットフォームを提供するための技術を結集。これを基にすべてのSAP製品でモバイル版を提供していく。

 2つ目は、SAP製品をSybaseのデータマネジメントサーバ上に移植、最適化することによって、業界で最も幅広いEIMポートフォリオを構築し、顧客が使用するSAP製品に対してさらに豊富なデータベースプラットフォームの選択肢を提供する。

 3つ目は、Sybaseのデータマネジメントサーバ上でのSAPビジネスインテリジェンス(BI)ソリューションの可能性をさらに発展させ、エンドツーエンドの機能を提供することにより、最適化されたハイパフォーマンスのビジネスアナリティクス・インフラストラクチャを提供する。

 4つ目は、SAPのインメモリコンピューティング技術をSybaseのデータマネジメント製品にも組み込み、あらゆる種類のデータにいつでもどこでもリアルタイムにアクセスできるようにする。

発表会見ににじみ出たクラウドに対する「間合い」

 「SAPは25の業界と13カ国において、ビジネスアプリケーションやビジネスアナリティクス市場でリーダーとなっている。今回のSybaseの買収によって、エンタープライズモビリティ市場でもリーダーになる」(SAPのマクダーモット氏)

 「両社はこれまでモバイルCRM分野などで協業関係にあったことから、一緒になるのは自然な流れだ。市場、製品、技術といった幅広い面で補完し合えると確信している」(Sybaseのチェン氏)

 北京での会見では、両社のトップからこんな威勢の良い発言が相次いだ。買収額58億ドルを投入したSAPとしては何としても成果を上げたいところ。その心意気が会見中に何度も首脳陣の口から出てきた「イノベーション」という言葉に表れていた。

 だが一方で、意外に感じた点もあった。というのは、発表文および首脳陣の説明に「クラウド」という言葉が全くなかったことだ。両社合併の狙いは、クラウドコンピューティングもしくはクラウドサービスに直接関わるものではないが、それでも今のIT市場の潮流からいえば、事業戦略には「クラウド時代を見据えて…」といった文言があるだろうと予想していた。

 会見の質疑応答で、今回の合併はSAPのクラウド戦略にどう影響するのか、と聞かれ、スナーベ氏がこう答えた。

 「今回の合併で焦点となっているモバイルやインメモリコンピューティングの技術は、クラウドコンピューティングでも大いに活用できる。オンデマンドの領域ではすでに(ERPの対応版である)SAP Business ByDesignを投入しており、次世代のオンデマンドプラットフォームの構築に注力しているところだ」

 おそらく質疑応答で、クラウドに関する質問が出てくると予測していたのだろう。この回答で、今回の合併がクラウド戦略にもつながっていることを示唆した形となった。こうしたメッセージの出し方は、SAPの「演出」の意図通りだったのではないか。

 IT業界における最近の大型買収劇は、クラウド事業の拡大を目的としたケースが多いが、一方でその中身が投資家などから厳しく吟味されるようになってきている。それもさることながら、オンプレミス(自社運用)のビジネスソフト市場をリードしてきたSAPは、クラウド事業に対して戦略的ながらも慎重に事を進めているように見受けられる。今回の会見は、そうしたSAPのクラウドに対する「間合い」がにじみ出た一コマだったように感じられた。

 今回の会見で印象に残った点をもう1つ。これまで30年余り取材活動を行ってきたが、中国での会見のライブ中継を取材するのは、今回が初めてだった。グローバル企業のSAPが、アジアパシフィック地域を対象に行った会見を行う場所に選んだのは北京だった。会見を行ったSAPの首脳陣も口々に中国市場の重要性を語った。

 内閣府が8月16日に発表した今年4〜6月期の国内総生産(GDP)速報値によると、米ドル換算した日本の名目GDPが中国を下回った。今年を通しても、日本は1968年以来の「世界第2位の経済大国」の座を中国に譲る見通しだ。そんな中国の勢いを、今回の会見でも見せつけられた格好だ。北京での会見はもはや意外ではなかったが、ライブ中継を取材する中で自分がそれとなく複雑な心境になったのが意外だった。

SAPとSybase 北京で会見を行ったSAPとSybaseの首脳陣

プロフィール 松岡功(まつおか・いさお)

松岡功

ITジャーナリストとしてビジネス誌やメディアサイトなどに執筆中。1957年生まれ、大阪府出身。電波新聞社、日刊工業新聞社、コンピュータ・ニュース社(現BCN)などを経てフリーに。2003年10月より3年間、『月刊アイティセレクト』(アイティメディア発行)編集長を務める。(有)松岡編集企画 代表。主な著書は『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。


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