救急搬送をiPadで見える化した佐賀県、自称・ITオンチの新任職員はどう挑んだのか?地方自治体のIT活用探訪(1/3 ページ)

iPadで搬送可能な病院を探して命を救え――佐賀県で始まったこの取り組みは、4月から2府7県に広がろうとしている。きっかけとなったのは、ITにも医療にも詳しくなかったという若手職員・円城寺雄介さんの情熱だ。当時の状況やこれからの展望を聞く。

» 2014年04月02日 08時00分 公開
[國谷武史,ITmedia]

現場の“お叱り”を乗り越えて

 救急車に配備したiPadを活用して救急搬送が可能な病院を探し、1分でも早く命を救う――佐賀県は2011年に県内全ての救急車50台にiPadを導入。県の医療機関情報・救急医療情報システム「99さがネット」と連携し、救急隊員が搬送可能な病院を迅速に探すことのできる体制を構築した。同様の取り組みは、4月から2府7県に拡大しようとしている。

県医務課 医療企画担当主査の円城寺雄介さん

 全国に先駆けてこの体制が実現したのは、「今も自宅にPCがありません」と話す自称“ITオンチ”で、県の健康福祉本部医務課 医療企画担当主査を務める円城寺雄介さんの情熱だ。

 円城寺さんが医務課に配属されたのは2010年春のこと。それ以前は土木や金融などを担当しており、医療分野は全くの未経験。医務課で何をすべきか――円城寺さんはまず医療の現場を実際に見ることから始めたという。そこで気になったのが、救急搬送の現場が抱える問題だった。

 円城寺さんは2010年5月7日、救急車に一晩だけ同乗することを許された。着任から約1カ月、現場を見たいと関係各所に粘り強く交渉して実現したという。「最初は『乗せることができるわけがない』と隊員の方々からお叱りを受けました。そもそも救急は市町村の担当で、県の管轄ではありません。何度もお願いして、一晩だけ3回の出動に同行させてもらいました」(円城寺さん)

 救急搬送の現場を実際に見て、さまざまな課題を抱えていることが分かったという。特に気になったのが、「情報がない」ことだった。救急車で病院へ搬送する際、隊員は搬送される人の状況から受け入れ先の病院を電話で探すが、なかなか見つからず、何度も電話をかけ直すことが非常に多い。その間に容体が急変する場合もある。救急搬送では一刻一秒を争うだけに、情報を生かせないことが大きな課題だった。

 救急車に同乗した後、次に円城寺さんは一晩だけ救急搬送を受け入れる病院の現場を見た。救急車の時と同様に最初は何度も断られたが、粘り強く依頼を重ねて実現した。そこで分かったのは、搬送を受け入れる病院側も多くの課題を抱えていることだった。

救急車と病院の現場に同行した時の円城寺さん

 「救急車では6つの病院から断られるケースを見ました。一方、病院では20分間に3人の受け入れ要請があり、うち1件は断るしかないことがありました」

 佐賀県によれば、全国で救急搬送される人の数は1999年が約400万人だったのに対し、2011年には約498万人に増加した。佐賀県でも2万2000人から3万人に増えている。119番通報から病院に搬送するまでの平均時間も、全国では1998年の27.1分から2011年には37.4分に増加。佐賀県では27.8分から34.3分に増えた。

 こうした背景の1つには、市町村合併に伴う公立病院などの統廃合があるという。佐賀県の救急病院の数は10年間で16機関も減少した。その結果、特定の医療機関に受け入れ要請が集中してしまい、状況によっては受け入れを拒否せざるを得ないケースが増えてしまった。

 「心停止の場合、3分後の救命率は50%を切ります。搬送時間を短くできれば命の助かる確率が高まるだけでなく、搬送後の回復期間も短くなります。例えば、ドイツでは州によって搬送時間を10〜15分以内に法制化していました」

 救急車と病院を情報でつなぐことができれば、搬送時のミスマッチを減らすことができるかもしれない。1分でも早く命を救える――例えば、旅行を計画する時に交通手段や宿泊先をネットで検索し、簡単に予約できる。同様の仕組みがあればと、円城寺さんはITの活用を着目する。しかし、その道のりは険しかった。

佐賀県が運用するシステムのイメージ
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