無駄な量産をストップ! 製造業を支援する“仮想生産工場”田中克己の「ニッポンのIT企業」

実際の生産前にリードタイムや製造コストが厳密にシミュレーションできる――。そうしたソフトウェアを開発するのが、鳥取に本社を構えるレクサー・リサーチだ。

» 2014年05月27日 08時00分 公開
[田中克己(IT産業ウオッチャー),ITmedia]

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 仮想の生産ラインを構築し、そこから生産性やリードタイム、製造コストなどをシミュレーションする。自動車や電機、精密機械などの製造業に、こんなソフトウェアを提供するのが鳥取県に本社を置くレクサー・リサーチだ。日本の強みである品質の高さや納期の厳格さなどを生かしたモノ作りを支援するため、ITの先端技術を駆使して量産への移行を早期に実現する生産革新に挑戦する。

量産前に課題を解決する

 創業21年目に入ったレクサー・リサーチの中村昌弘代表取締役は、モノ作りの生産性向上に欠かせないユーザーインタフェース(UI)やバーチャルリアリティ(VR、仮想現実)などの開発に取り組み続けている。これまでに、製品の組み立てやコラボレーションなどを商品化し、3次元の中で物体に触ったり、対話したりすることを可能にした。

 ブレークしたのは、1997年に開発した「GP4」と呼ぶ、生産工場をコンピュータ上で仮想化し、モノの流れや人の動きを予測する仮想量産試作システム。3次元の仮想空間に生産ラインを作り、例えば、ある商品を製造するリードタイムは5人なら3日、10人なら1日とはじき出す。そこに、ある機能を備えたロボットを取り入れたら、5人でも1日になるが、別の機能を持つロボットを導入したら、逆に10人に増員することになってしまう、といった具合にシミュレーションする。

 そんな生産計画の段階から量産までのプロセスを検証し、最も効果の高い人員配置を含めた生産システムを作り上げていくのがGP4である。「そもそも問題が残った状態で、量産を開始したら、最大の生産性を得られるはずはない」(中村氏)。稼働後に発見した問題を、現場改善だけで対応していたら、グローバル競争に勝つのは厳しくなるとの問題意識があるのだろう。

 そのためにレクサー・リサーチは実際の生産現場がなくても、仮想の生産現場を使って問題を見つけ出し、解決を図る生産シミュレーションを編み出した。別の言い方をすれば、生産ラインが稼働する前に課題を見える化し、量産前にあらかじめ課題を解決してしまう。このGP4は、大手製造業を中心に約200社に導入されているという(2011年に富士通と業務提携し、同社が販売を担当する)。

中堅製造業向けにクラウドサービスを用意

 レクサー・リサーチは次のフェーズに進もうとしている。中堅製造業向けのクラウドサービスだ。中堅製造業では、多品種少量生産への対応が大きな課題の1つになっている。使う部品の種類や部品点数の異なる製品を作るには、生産ラインを一時的に止めたり、レイアウトを変更したりする。そうした無駄な時間を可能な限り減らすには、どの生産ラインにどのように部品などを流すのが効果的なのか計画する必要がある。「生産現場の改善だけでは対応できない」(中村氏)。

 例えば、組み立て、部品展開、要員配置などから、100人でする仕事を50人で行うには、どうすれば可能になるのか。50人が難しければ70人なら可能なのか、といったことをシミュレーションするのは容易なことではない。時間もコストもかかる。MPR(資材所要計画)を利用する方法もあるが、「ERPのプランニング機能はあまり使われていない。現場の働き方をモデル化するのが難しいからだ」(中村氏)。

 そこで、2014年4月に1人当たり月額1万5000円で利用できるクラウド型生産シミュレーション「GD.findi」の提供を開始した。中堅製造業向けに、GP4の機能を簡略化し、使い勝手を向上させたもので、シミュレータの専門家でなくても、マウスのドラッグ&ドロップなどの操作で短時間に生産工場の最適化を図れるという。クラウド化したことで、新しい機能を追加しやすくなり、バージョンアップを頻繁に行える。

 GD.findiは目下のところAmazon Web Services(AWS)で稼働し、全世界に展開する生産工場での量産に対し、生産性の高い“垂直立ち上げ”を可能にさせるという。中村氏は「ITという飛び道具で勝負する」と意気込む。


一期一会

 「新しい価値を生み出すことこそ、ITの真の姿ではないのか」。労働集約型になっているIT業界に疑問を抱くIT企業の経営者は少なくない。そんな1人がレクサー・リサーチの中村氏だ。「データを蓄積、変換するだけでは、ITの本質的な活用とはいえない。ベンチャーがチャンレジし、風穴をあける」と思い立って、製造業を強くする生産シミュレーションの開発に力を注いだ。

 大阪大学を卒業した中村氏は1983年に小松製作所(コマツ)に入社し、生産技術研究所でAI(人工知能)などの開発に取り組む。関連するOSや専用チップを開発したこともあるが、「いろいろな事情があって退社」し、1993年にレクサー・リサーチを立ち上げた。現在、社員はIT系エンジニアや、生産管理、工作機械など製造系に強いエンジニアなど十数人から成る。

 中村氏は「テクノロジーの進化を活用し、企業のイノベーションを支援する」ことを考えている。戦う武器が刀から鉄砲に変わったら、戦い方が変わる。手段の革新は、人の行動を変え、ビジネスモデルを変えることになる。「技術の究極の目的は何か」。例えば、自動化が進むと、人は不必要になるのか。「そんなことはない。人の力をどのように生かすのかが問われる」。つまり、人の発想力、創造力を育むことが求められる。

 そのために、仮想空間などの技術を活用して、生産現場の課題をいち早く解決することに挑む一方、人の創造的な活動を支援する。中村氏はその実現に向けた開発に挑んでいる。

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