Webビジネス企業の台頭による人材不足にどう対処するか2015年問題の本質を探る

これまで2015年問題の原因としてユーザー企業側の原因を取り上げてきたが、今回は“Webビジネス企業の出現”が及ぼす影響について考えてみる。

» 2014年10月02日 08時00分 公開
[井上実,M&Iコンサルティング]

 2回に渡り、2015年問題の原因としてユーザー企業側の原因を取り上げてきた。今回は、Webビジネス企業という新たな産業の出現を原因として取り上げ、ユーザー企業の打ち手を考えることにする。

ITとビジネスが一体化した新たな産業

 ITとビジネスの関係は年々密な関係になってきている。

 情報化投資目的は生産性向上から、業務改革、経営イノベーションへと変化し、ITとビジネス・経営との距離が非常に近づいている。日本情報システムユーザー協会(以下、JUAS)の調査では、主たるビジネスモデル自体がITなしでは成り立たない企業が41.8%と半数近くを占める状態になっている(図表1参照)。

図表1 (図表1)主たるビジネスモデルとITの関係、(出典)日本情報システムユーザー協会著、「第20回企業IT動向調査2014」

 その中で、特にITとビジネスが一体化しているのが、Webビジネス企業である。

 Webビジネス企業は、インターネットを活用することを前提に起業した企業であり、IPAは「IT人材白書2013」で「顧客に対するサービスやサービスを提供する手段としてインターネット(WEB)およびインターネット(WEB)関連技術を用いているビジネス」と定義している。市場規模は年々拡大し、2015年で8.1兆円、既存企業のWebビジネスへの進出も加えると全体で20.7兆円の規模になるという(図表2参照)。

図表2 (図表2)WEBビジネス市場における規模の推移、(出典)経済産業省、「平成23年度次世代高信頼・省エネ型IT基盤技術開発・実証事業(ウェブビジネスの動向を踏まえたIT産業における競争力強化戦略に関する調査研究)」

 新たな産業であるWebビジネスの台頭により、IT人材需要が拡大し、既存のIT企業やユーザー企業のIT人材不足を引き起こすひとつの原因になっている。

学生の目に見えるIT企業

 Webビジネス企業は学生にも人気上昇中である。

 特に、消費者向けサービスを提供しているBtoC企業は学生にとって、目に見えるIT企業として身近な存在であるため人気がある。2015年度卒のIT業界就職人気ランキングにおいて、昨年4位の楽天が2位へ、10位のヤフーが4位へ、12位のグーグルが8位へとランクを上げている(図表3参照)。

図表3 (図表3)2015年卒IT業界就職人気ランキング、(出典)日経コンピュータ×楽天みんなの就職活動日記 共同調査

 このような状態だと既存のIT企業やユーザー企業のIT部門は、Webビジネス企業に優秀な人材を奪われかねず、質、量ともにIT人材不足が加速することになってしまう。従来のIT企業やユーザー企業に打つべき手はないのだろうか? まずは、ユーザー企業の打ち手を考えてみる。

Webビジネスの台頭に対応するためには

 Webビジネスの特徴はビジネスとITの一体化とスピードにある。

(1)ビジネスとITの一体化

 Webビジネス企業の中核にはインターネットを中心としたITがあり、「ITを活用してどのようなサービスを提供するのか」が事業テーマである。

 ウォールストリートの金融機関で働いていたジェフ・ベゾス(Jeffrey Bezos)氏が「エブリシング・ストア:インターネットであらゆる商品を販売する」という経営理念の下にAmazon.comを創業したように、インターネットがビジネスの基盤である。従って、インターネットなどITに詳しい技術者はビジネスの中心で活躍する立場にある。そのため、Webビジネス企業のIT技術者のモチベーションは高い。

 これに対して、ユーザー企業のIT部員からよく聞かれるのは、「ITがやりたくてこの会社に入ったのではない」という言葉だ。

 「自社のビジネスの中心で働きたくて、この会社に入社したのに、IT部門に配属されビジネス部門の言われるがままにシステムを開発するのがIT部門の仕事だ。ビジネスに直接関与したり主体性を発揮したりすることができない。できれば早くビジネス部門に異動してほしい」という想いから出てきている言葉である。結果として、ユーザー企業のIT技術者のモチベーションは低くなりやすい。これらの原因は、ビジネスとITの距離が遠いことにある。

 ビジネスを担当する事業部門とIT部門との距離があるとシステム開発の成否にも影響を及ぼす。特に、現行業務仕様の把握に事業部門が積極的に参画しなかったり、要件定義に関する主体性がなかったりすると、失敗する可能性が高い(図表4参照)。しかし、テストへの参加を行う事業部門は多いが、要件定義に対する主体性は低く、必要なスキル自体を持っていないというのが実態である(図表5参照)。

図表4 (図表4)開発成否に影響を及ぼす事業部門の参画に関する事項(1位〜3位)、(出典)日本情報システムユーザー協会著、「第20回企業IT動向調査2014」
図表5 (図表5)システム開発への事業部門の参画度(5段階評価)、(出典)日本情報システムユーザー協会著、「第20回企業IT動向調査2014」

 “主たるビジネスモデルがITなしでは成り立たない企業”が半数近くを占める中で、ビジネス部門とIT部門との距離が遠いことにより、システム開発に失敗したり、これを支えるIT技術者のモチベーションを下げたりしていることは大きな問題である。

 ここを改善するためには、ビジネス部門とIT部門の組織形態に関して見直す必要がある。

 JUASでは、IT部門の組織形態としてビジネス部門との関わりの中で次の3つを定義している。

・集権型:全社で統一されたルールに基づき一元的に統括・管理

・連邦型:全社プロジェクトは一箇所で統括、各事業部固有のシステムは事業部が担当

・分散型:企画機能をはじめとする全機能を各事業部に分散

 ビジネスとITの一体化を図るとともに、企業全体での最適化を図るためには、連邦型が最も望ましい組織形態である。現在は、まだまだ集権型が多い状態だが、次第に連邦型が増加する傾向も見られる(図表6参照)。

図表6 (図表6)IT部門の組織形態(年度別)、(出典)日本情報システムユーザー協会著、「第16回企業IT動向調査2010」

 ユーザー企業においても、Webビジネス企業と同様なビジネスとITの一体化を図るためには、連邦型組織を採用すべきだ。

(2)スピード

 Webビジネス企業の特徴はスピードにある。

 ユーザーニーズが激しく変化するため、最終のビジネスゴールを明確に描くことが難しい。そのため、いま考えられる目標を取りあえずのゴールとして、ビジネスを企画・開発し、できるだけ早くユーザーに提供することが必要になる。

 そして、その結果を見て新たな目標を立て、ビジネスを企画・開発・実施することを繰り返していく。完璧なビジネスを企画・開発するために時間をかけるよりも、早く市場に出すことが重要なビジネス形態であり、リーンスタートアップと呼ばれている。

 このビジネスを実現するITも、同様のスピードで開発される必要がある。

 そのため、企画・開発・運用を繰り返すアジャイル開発が必要となり、Webビジネス企業のIT開発の中心となっている。IPAの「今後のIT人材スキルセット検討委員会最終報告書」に記載されているように、企画・開発・運用を一体で行い、各担当者が自分の担当以外のスキルを保有して責任を持つことで、チーム内での意思決定が迅速になり、求められるスピードが早い案件に対しても柔軟に対応することが可能になる(図表7参照)。Webビジネス企業では、フェーズ横断型少人数チームによりビジネスと同様のスピード感を持ったIT開発を実現している。

図表7 (図表7)フェーズ横断の少人数チーム、(出典)IPA IT人材育成本部 ITスキル標準センター編、「今後のIT人材スキルセット検討委員会最終報告書」

 既存のユーザー企業においても、置かれている経営環境は同様である。

 変化が激しい経営環境に迅速に対するためには、ビジネスを迅速に変化させていく必要がある。多くの企業の経営者が目指しているのは環境の変化に迅速に対応するスピード経営/アジャイル経営だ。これを支えるITにもWebビジネス企業同様のスピードが求められる。従来のウォータフォール型開発だけでは、ビジネスの変化に迅速に対応していくことはできない。アジャイル開発に繰り組む必要がある。まだまだ、ウォータフォール型開発が中心を占めている企業が多い(図表8参照)が、ぜひ、アジャイル開発にも取り組んでいただきたい。

図表8 (図表8)開発手法の活用状況、(出典)日本情報システムユーザー協会著、『第20回企業IT動向調査2014』

 Webビジネス企業と同様のビジネスとITの一体化とスピードを実現すれば、ユーザー企業のIT部門に優秀なIT人材を確保することができ、IT人材不足に悩まされることはない。

【参考文献】

  • 日本情報システムユーザー協会著、「第20回企業IT動向調査2014」、2014年4月9日
  • 経済産業省、「平成23年度次世代高信頼・省エネ型IT基盤技術開発・実証事業(ウェブビジネスの動向を踏まえたIT産業における競争力強化戦略に関する調査研究)」
  • 日経コンピュータ×楽天みんなの就職活動日記 共同調査
  • 日本情報システムユーザー協会著、「第16回企業IT動向調査2010」、2010年4月21日
  • IPA IT人材育成本部 ITスキル標準センター編、「今後のIT人材スキルセット検討委員会最終報告書」、2012年7月20日

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