有力企業のトップに聞く 2017年、ITは何を生み出せるか

日本企業がAIで「攻める」年――IBM・与那嶺社長2017年 新春インタビュー特集

多くの企業がAIに注目した2016年。AIがきっかけとなり、企業のIT投資が積極的になるとIBMのポール与那嶺社長はにらむ。日本企業が活躍できると信じている与那嶺氏が考える、ブレークスルーに必要なポイントとは?

» 2017年01月04日 07時00分 公開
[池田憲弘ITmedia]

新春インタビュー特集:「2017年、ITは何を生み出せるか?」

 「デジタル・ディスラプション」や「デジタル・トランスフォーメーション」という言葉に代表されるように、近年、デジタル化によって、既存のビジネスや社会の在り方が大きく変わろうとしています。

 ともすれば、危機感を煽るような捉え方になりがちですが、変化の後には必ず“創造”がある。その結果は、私たちにとって“よりよい”ものであるべきでしょう。2017年、ITは一体何を生み出せるのか――。本特集では、有力ベンダー各社のキーマンを中心に、その思いと取り組みを聞いていきます。

photo 日本IBM 代表取締役社長 ポール与那嶺氏

――2016年、社会が大きく変わったなと感じた場面はありましたか?

与那嶺社長: 英国のEU離脱や米国の大統領選が強く印象に残っています。アンケート調査やThe New York Timesなどが出していた数値と異なる結果になりました。自分はアメリカ国籍ですが、自分自身、米国を理解していなかったなと反省しているほどです。

 IBMはこれまでも「デジタル化」の必要性をお話ししてきましたが、これらの選挙においても、ソーシャルメディアというデジタルの力が大きく影響したように思います。アンケート調査にしろ、支持率にしろ、もう従来の方法では物事が予測できない時代になってきています。デジタルの進化が必要だと痛感しました。

――ソーシャルメディアの影響もあると思いますが、ロジックよりも感情が先行したようにも見えました。

与那嶺社長: そうかもしれませんね。今の話は政治がテーマですが、ビジネスでも同じことがいえます。消費者の購買動機など、テキストや映像から、感情を分析したり、予測したりできる可能性は分かっているわけですから。基本的にはデータが増えるほど、精度は高まっていくはずで、100%とは言いませんが、大部分は解析できるようになるのではないかと思っています。

 Watsonにも「Tone Analyzer」や「Emotion Analysis」など、言葉から感情を識別するAPIがありますし、ソフトバンクの「Pepper」も相手の感情を認識して反応を変える機能がある。感情の読み取りというのは、これからITの大きな課題になるでしょうね。感情以外にも、大量のデータをAIを使ってうまく理解できるようにできた企業が、今後“勝ち組”になっていくんじゃないかなと。

――こうしたAIの活用は、私たちにとってどのようなメリットがあるのでしょう?

与那嶺社長: さまざまな効果があるとは思いますが、「生産性を高める」という点では共通していると思います。私たちIBMが開発しているAIは「Artificial Intelligence(人工知能)」ではなく「Augmented Intelligence(拡張知能)」だと考えています。AIが人間の仕事を奪うと考える人もいますが、人の雇用を守りながら、スキルを高めていくという方向性が自然だと思っています。

 先日も新聞で、外食業界や建設業界で雇用が不足しているというニュースを見ましたが、これはまさに日本が直面している課題です。そこでWatsonのような、コグニティブテクノロジーで生産性を高めて、少ない人数でもビジネスプロセスを維持できるような仕組みを作る――これは非常に有意義な社会貢献だと思うんですよ。

 AIで新しい「ビジネスモデル」が生まれるという話もありますが、はっきり言って簡単なことではありませんし、そのアイデアを出すのはやはり人間です。Fintechやブロックチェーン、IoTといったトレンドについても、人が新しい取り組みを考え、大量のデータを活用する必要がある。それを生産性高く運用するというときには、WatsonのようなAI(拡張知能)が役に立つはずです。

――2017年、ITは何を生み出すことができると考えていますか?

与那嶺社長: 多くの日本企業は、長年IT投資を抑える傾向にありましたが、2017年はIT投資が増えるだろうと考えています。

 その理由は2つ。まずは政権が安定していることです。「3本の矢(成長戦略)の効果はあったのか」という話をする人もいますが、大企業については、確実に変革が進んでいます。その影響が中小企業や消費者に届くのはまだ時間がかかるでしょうが、この状態が続けば、中小企業や消費者も含めて、積極的な投資ができるようになると考えています。

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 もう1つは、今は新聞でもAIやFintechといったキーワードが毎日のように取り上げられており、ITトレンドに対する経営層の意識が高まっていることです。まさにAIが1つのきっかけだったと思います。

 「AIで何か新しい取り組みができる」「AIで今まで理解できなかったITの効果を理解できるようになる」。そういった期待が非常に高まっています。同時に、自分たちがこれに取り組まないと、国内だけでなくグローバルの競争に遅れてしまうという意識も高まっているはず。欧米では経営層のITに対する理解が深く、ITと経営が完璧に融合していますが、日本もいずれそうなっていくでしょう。2016年はさまざまなお客さまを訪問しましたが、その予兆を感じました。

――日本の企業がさらにITを活用していくために、何が必要だと思いますか?

与那嶺社長: まずは規制の問題を解消することですね。特にヘルスケアの分野では、東大の医科研でやっているようなガン研究の取り組みを、もっと民間レベルで進めて、本当の意味で社会貢献をしていきたい。そうなるには、さまざまなプロセスを通過し、規制についても対応していかなくてはならない。そこはまだ不安に感じる部分があります。

 もう1つ、もっと大きな問題として、取り組みが“慎重”になりがちな点が挙げられます。今は100社くらいのお客さまにWatsonを活用いただいていますが、その大半はまだ実証実験レベル。非常に慎重です。もちろん慎重に行うメリットもありますが、そこはもうちょっと突っ走ってもいいんじゃないかなと。

 世の中がAIを活用する方向に向かうのは、もう間違いありません。しかし、その取り組みを現場の人に任せきりにしてしまうと、コンサバなものに落ち着いてしまいがちです。先ほどお話ししたように、ITは経営戦略とも密につながります。なので、トップの人も現場に入って、共に新しい取り組みを進めていくような仕組みが必要でしょう。

 その取り組みが成功するかは分かりませんが、Fintechで言えば、今はCitibankのような大企業でさえも、さまざまなベンチャー企業を作って投資しています。そのうちの多くは失敗するかもしれませんが、生き残った数社がやがて大きな脅威になる。なので、とにかく試しにやってみなきゃいけないわけですよ。「これ刺さるんじゃない?」と感じたら、思い切ってやる。でなければ、マーケットリーダーにはなれません。

 そのためには、失敗しても許される環境やアジャイルな開発環境も大事になるでしょう。大企業では難しい部分もあるかもしれませんが、今は投資のタイミング。「投資対効果はどうだ」と厳しく数字ベースで見るだけではなく、社員の育成も見据えて、そういう環境を作る意識がポイントになると考えます。仮に取り組みが失敗したとしても、いい社員が育ちますよ。

 2017年はAIをはじめとする、ITに対する期待が実行へと本格的に移ると思っています。日本企業の労働倫理や社会貢献に対する態度は世界でも随一です。トップも現場も一体になって、新しい取り組みを進めれば、間違いなくグローバルで活躍するでしょうし、日本の見通しは明るいと思っています。

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