スクラムマスターになってから丸5年がたつ彼は、スクラムマスターは天職だと言っていました。
「俺はブラザーたちのためなら、会社とだって戦うぜ」「ブラザーたちを家に招いては飯を一緒に食っているぜ」「俺たちはファミリーだからな」「もちろんヤルべきことはきっちりやってるよ」と、まるでストリートギャングみたいな言葉が彼の口から次から次へと出てきました。
SAFeのトレーニングは、ロールプレーイングゲームや議論があったりと、どれも能動的です。特にこのSPCトレーニングはそうでした。そんなトレーニングの場にあって、彼はとてもユニークに振る舞っていました。
トレーニングの参加者が議論に白熱しているとき、彼はイヤフォンで音楽(ヒップホップ?)を聴いていて、ほとんど議論には参加しません。でも議論が行き詰ってくると、いつの間にか会話に潜り込んでいて、違う視点から議論を再び盛り上げたり、さらには結論をまとめ上げたりするのでした。大きな紙を使ってプレゼンテーションする時などは、面倒くさいところはたいてい彼が引き受けてくれました。
そんなことが何度か続くうち、僕だけでなく、他のトレーニング参加者の彼を見る目も少しずつ変わってきたのです。SAFeでは、「リーダーは召使い(サーバントリーダー)であるべき」と教えますが、もしかしたら彼は“頭の切れる”サーバントリーダーだったのかもしれません。
彼は、うちの会社の、あの気取っていて、いつもアジャイルの方法論ばかり語っているスクラムマスターとは大違いです。全然違います。あのお高くとまったうちのスクラムマスターと一緒に仕事をしたいとは思ったことは一度もありませんが、このヒップホップのスクラムマスターとなら、一緒に仕事をしてみても良いな、と思ったほどです。
彼によれば、彼のチーム(ファミリー?)はウォルマートの中でも最高の成績を収めているそうです。そのため、彼の上司もSPC候補として彼をこのトレーニングに送り出してくれたとか。彼も立派ですが、元アルバイト警備員にその才能、つまりスクラムマスターの本質を見いだした彼の上司の“人を見る目”は、素晴らしいものがあります。
一方、彼の風貌だけを見て、隣のテーブルに移りたいなどと思った自分が恥ずかしくなりました。
「アメリカンドリームは死んだ」といわれて久しいですが、彼の話を聞いていて、まだまだアメリカは捨てたものではないなと思いました。
想像するに、彼の学歴も、それまでの経歴も、決して人に自慢できるものではなかったでしょう。また警備員の頃は、それなりに貧しかったのではないでしょうか。でも今では、チームの仲間(ブラザー?)を自宅に招いて食事を振る舞うようになったのです。チャンスが与えられ、チャンスを生かせる土壌がある――「アメリカンドリーム」が、まだここには残っていたようです。
最後に、彼のおかげで4日間のSPCトレーニングはとても楽しいものになったということを付け加えておきます。
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