企業がIT投資を「コスト」とみなさなくなった理由とは? 調査データを読み解くアナリストの“眼”で世界をのぞく

コロナ禍の影響によるテレワーク移行に伴う需要が一段落した今、IT投資の在り方に変化が訪れている。国内企業はITをどのように位置付け、ITを活用して何に取り組もうとしているのか。矢野経済研究所のアナリストが調査データから明らかにする。

» 2022年12月23日 09時00分 公開
[小林明子矢野経済研究所]

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この連載について

目まぐるしく動くIT業界。その中でどのテクノロジーが今後伸びるのか、同業他社はどのようなIT戦略を採っているのか。「実際のところ」にたどり着くのは容易ではありません。この連載はアナリストとしてIT業界と周辺の動向をフラットに見つめる矢野経済研究所 小林明子氏(主席研究員)が、調査結果を深堀りするとともに、一次情報からインサイト(洞察)を導き出す“道のり”を明らかにします。

筆者紹介:小林明子(矢野経済研究所 主席研究員)

2007年矢野経済研究所入社。IT専門のアナリストとして調査、コンサルテーション、マーケティング支援、情報発信を行う。担当領域はDXやエンタープライズアプリケーション、政府・公共系ソリューション、海外IT動向。第三次AIブームの初期にAI調査レポートを企画・発刊するなど、新テクノロジー分野の研究も得意とする。



 矢野経済研究所は2022年12月7日に国内民間企業のIT投資に関する調査結果を発表した。2021年度のIT投資規模(ハード・ソフト・サービス含む)は前年度比4.5%増の13兆5500億円、2022年度は同4.0%増の14兆900億円になると予測する。コロナ禍のこの2年間だが、連続して4%台の伸びとなり、IT投資は堅調である。

 矢野経済研究所は、IT投資の拡大はコロナ禍を受け企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)への取り組み意欲が高まったためと考えている。もっとも、コロナ禍が始まった2020年度から現在(2022年度)まで状況は少しずつ異なっている。

図1 国内民間IT市場規模推移と予測 ※会計年度、かつIT投資額ベース ※2018〜2021年度は経済産業省および総務省の調査を基に矢野経済研究所が推計した ※2022年度以降は予測値(出典:矢野経済研究所「国内企業のIT投資実態と予測2022」2022年10月発刊) 図1 国内民間IT市場規模推移と予測 ※会計年度、かつIT投資額ベース ※2018〜2021年度は経済産業省および総務省の調査を基に矢野経済研究所が推計した ※2022年度以降は予測値(出典:矢野経済研究所「国内企業のIT投資実態と予測2022」2022年10月発刊)

変わりゆくIT投資の目的、テレワーク特需に続くものは?  

 2020年度は初めて直面するパンデミックの衝撃が大きく、社会全体の活動が停滞した。業績へのダメージや先行き不安感を理由として、システム導入プロジェクトの見送りなども起きた。IT投資はマイナスには至らないまでも横ばいとなった。

 それが2021年度には、コロナ禍による企業活動や生活様式の変化に対応するフェーズに移った。テレワークの導入、取り引きやコミュニケーションのオンライン化などにはITの活用が不可欠だ。特にこれまで日本企業でなかなか根付かなかったテレワークが、政府から緊急事態宣言が発出されたことなどにより、半ば強制的に実施せざるを得なくなり急速に普及した。これがノートPCの購入やネットワークの整備を含めたIT投資の拡大に直結した。また、EC(オンライン販売)の強化やオンライン接客、チャットbot対応など非対面、非接触での顧客対応への投資も増加した。

 2022年度になると、電子帳簿保存法やインボイス制度への対応のための投資が活性化した他、セキュリティ対策やBCP(事業継続計画)対応のための投資も追い風となっている。2021年度に見られたような感染症対策としてのIT活用は一段落し、DXの観点で企業競争力の向上や顧客エンゲージメントを高めるための投資が進んでいる。

 コロナ禍でマイナスの影響が大きかった飲食業や観光業などのサービス業でも、客足が戻るのに伴って人手不足への対応としてデジタル技術の活用や、デジタルマーケティングを活用した顧客獲得などの動きが見られる。

DXの革新的な取り組みへの意欲が拡大している

 「DX」はバズワード化しているため、「メディアで言い立てられているほど日本企業がDXに取り組んでいる実感がない」と思う読者もいるかもしれない。ここでは調査結果から、DXに対する意識の変化を示したい。

 矢野経済研究所では、DXに取り組む意欲を「革新的な取り組み」(ITで新たなビジネスにチャレンジするなど)と「IT刷新」(レガシーシステムのリプレイス、IT基盤のクラウド化など)の2つに分類して、2019年と2022年に合計2回アンケート調査を実施し、経年比較を行った。

 本アンケート調査は2019年、2022年ともに国内の民間企業などを対象として実施した。2019年は7〜9月に543社を対象として実施し、523件の有効回答を得た。2022年は6〜8月に512社を対象として実施し、488件の有効回答を得た。

 本アンケートによると、革新的な取り組みへの意欲とIT刷新に対する意欲、それぞれについて8段階の数値(「8」が「積極的」、「5」が「普通」、「2」が「消極的」、「1」が「初めて聞いた」としている)で回答を得た。数値が大きいほどDXの取り組みに積極的であることを示している。

 2019年の調査結果(平均値)では革新的な取り組みが3.37、IT刷新が3.78だった。2022年の調査結果では、革新的な取り組みが4.39、IT刷新が4.57となった。

 どちらの年も「IT刷新」のポイントの方が高い。デジタル技術を使った新事業の創出とレガシーリプレイスはどちらも「DX」と称されるが、前者のほうが実現のハードルが高いため、このような傾向となっている。

 2022年と2019年の値を比較すると、IT刷新に対する意欲は0.79ポイント、革新的な取り組みに対する意欲は1.02ポイント向上した。企業のDXに対する意欲は拡大しており、その傾向は特に革新的な取り組みに表れていると言えそうだ。

 「そうは言っても、『普通』が5であり、高いとは言えないのではないか」という声もあるかもしれない。筆者自身もそれはその通りだと思っている。日本企業は「DXって何」という段階から徐々に変化を遂げ、2022年になってDXに「『普通』に取り組んでいる」に至ったと読み解くこともできる。この先、「積極的」に向かって進んでいくことに期待したい。

図2 DXへ取り組む意欲(出典:矢野経済研究所「国内企業のIT投資実態と予測2022」2022年10月発刊) 図2 DXへ取り組む意欲(出典:矢野経済研究所「国内企業のIT投資実態と予測2022」2022年10月発刊)

IT投資が「戦略投資」と位置付けられるようになった理由は?

 過去を振り返ると、IT投資は「コスト」という見方が強く、主要なテーマは「ITコストの削減」だった。リーマンショックで事業環境が悪化したときには、真っ先に削減の対象となった。今、IT投資は「戦略投資」と位置付けられている。

 コロナ禍による社会と経済の激変は、企業経営にとって大きなリスクとなったが、IT投資は活性化している。これは、IT活用の重要度が上っていることを示している。業種や規模にかかわらず、ITやデジタル技術なしでは生産性の向上や企業の成長は望めない。

 2023年以降は、データを活用した取り組みの必要性が一層高まるだろう。矢野経済研究所は、2023年度のIT投資は前年比2.2%増の14兆4000億円になると予想している。

 経済産業省が2020年12月に発表したレポート「デジタルトランスフォーメーションの河を渡る」(注1) では「デジタルトランスフォーメーションはデジタル変革の河を渡るプロセスであり、デジタルエンタープライズに至る道筋である」「デジタルエンタープライズにおける意思決定では、データが大きな役割を担う。市場の変化がスピードを増す中で前例のない新しい課題に取り組むにあたり、データをビジネス判断の根拠とするデータドリブン企業となることが求められる」と記載されている。

 ビジネス戦略の決定や顧客や市場の理解、生産性向上などさまざまな場面で判断するのに際してデータを用いることは、DX成功に向けた足掛かりとなる。データが散在、サイロ化しているのであれば企業内での統合を進めるか、データが紙などアナログ媒体で存在しているのであれば電子化する。そもそもデータがなかったり足りなかったりするのであれば、社内外のデータを収集したり獲得したりするところから着手することになるだろう。

最大の課題は圧倒的な人材不足

 データを活用した取り組みの課題として筆頭に挙げられるのが人材不足だ。情報処理推進機構(IPA)が2021年に実施した調査では「DXを推進する上で人材の質、量ともに不足している」と回答した企業が全体の約8割を占めた(注2)。

 DXを推進しようとするユーザー企業では、IT人材の育成、特にデータを扱える人材の育成を進める動きが目立つ。この先、企業はITと人材の両輪で投資を行っていくことが重要になる。昨今、リスキリングやリカレント教育が注目を集めているのは、この課題意識の現れといえる。

図3 事業戦略上、変革を担う人材の「量」の確保(出典:IPA「DX白書2021」) 図3 事業戦略上、変革を担う人材の「量」の確保(出典:IPA「DX白書2021」)
図4 事業戦略上、変革を担う人材の「質」の確保(出典:IPA「DX白書2021」) 図4 事業戦略上、変革を担う人材の「質」の確保(出典:IPA「DX白書2021」)

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