「IT予算を削減しつつ、自治体DXを推進せよ」 デジタル田園都市国家構想は“ジレンマ解消”の切り札となるか?アナリストの“眼”で世界をのぞく

「DX推進のためにIT予算を拡大しよう」と考える多くの民間企業とは異なり、自治体DXには「DXを推進しつつIT予算は削減したい」という政府の思惑がある。このジレンマを解消するためにどうすれば良いか。岸田政権の看板政策「デジ田」が切り札になるかもしれない理由とは。

» 2023年02月24日 13時15分 公開
[小林明子矢野経済研究所]

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この連載について

目まぐるしく動くIT業界。その中でどのテクノロジーが今後伸びるのか、同業他社はどのようなIT戦略を採っているのか。「実際のところ」にたどり着くのは容易ではありません。この連載はアナリストとしてIT業界と周辺の動向をフラットに見つめる矢野経済研究所 小林明子氏(主席研究員)が、調査結果を深堀りするとともに、一次情報からインサイト(洞察)を導き出す“道のり”を明らかにします。

 矢野経済研究所は2023年2月6日に自治体向けソリューション市場に関する調査結果を発表した。市場規模は2022年度までの7000億円程度から、2023年度以降は上昇に転じ、2025年度にピークを迎える。その後、2026年度には前年度比3割以上減と大きくマイナスに転じると予想した(図1)。

図1 自治体向けソリューション市場規模推移・予測(出典:矢野経済研究所「2023 自治体向けソリューション市場の実態と展望 〜デジタル・ガバメント、自治体DXの最新動向〜」2023年1月発刊) 図1 自治体向けソリューション市場規模推移・予測(出典:矢野経済研究所「2023 自治体向けソリューション市場の実態と展望 〜デジタル・ガバメント、自治体DXの最新動向〜」2023年1月発刊)

「政府予算1800億円」への期待 デジタル田園都市国家構想

 市場変化の背景にあるのが「自治体DX」だ。企業のみではなく自治体でもDX(デジタルトランスフォーメーション)の取り組みが進み、政府も強力に後押ししている。

 ただし、自治体のDX投資の原資は税金であるため、国としては自治体のITコストを削減して財政負担を軽減することを狙っている。民間企業のDXではIT投資の拡大が期待できるが、自治体DXではIT予算の削減を求められるというジレンマがある。実際に、2026年度には自治体向けソリューション市場は縮小を避けられない見通しだ。

 市場が減少する理由は2022年8月の本連載記事「自治体DXの不都合な真実 自治体向けソリューションの市場規模「2026年に大幅縮小」のなぜ」「自治体DXの不都合な真実 自治体向けソリューションの市場規模『2026年に大幅縮小』のなぜ」を参照していただきたい。今回は、減少が避けられない自治体向け市場での新動向を取り上げる。

 では、自治体DXで企業はどうやって「稼ぐ」のか。市場関係者への取材で期待の声が多かったのは、「デジタル田園都市国家構想」(以下、デジ田)だ。

 デジ田は岸田政権の看板政策だ。デジタル庁のWebサイトによると、デジ田が目指すのは「地域の豊かさをそのままに、都市と同じ又は違った利便性と魅力を備えた、魅力溢れる新たな地域づくり」だ。つまり、人口減少や少子高齢化、過疎化、地域産業の空洞化といった地域の課題を解決し、活性化を図るための政策だ。自治体には、地域課題解決のためにデジタル技術を活用し、新たなサービスや共助のビジネスモデルを創出することが求められている。

 政府は「デジタル田園都市国家構想交付金」によって自治体のデジタル技術の活用を支援する。つまり、広い意味での自治体DXの推進に交付金が付与されると見ることができる。2022年12月に成立した令和4年度第2次補正予算には「デジタル田園都市国家構想交付金」として800億円が計上された。その後2023年度予算案で1000億円が計上され、交付金は補正予算と併せて1800億円となった。「これだけの金額が動くなら……」と色めき立つ市場関係者も少なくない。

 政府発表の「デジタル田園都市国家構想交付金」の予算推移(図2)を見ると、デジタル田園都市国家構想交付金は、従来の地方創生関連交付金の延長という部分も多い。一方で、デジタルを活用した地域の課題解決や魅力向上に向けた事業の立ち上げに必要なハード、ソフト経費を支援する「デジタル実装タイプ」の枠を設けているのが特徴だ。

図2 「デジタル田園都市国家構想交付金」の予算推移(注1)(出典:内閣府「デジタル田園都市国家構想交付金デジタル実装タイプ TYPE1/2/3等制度概要」2022年12月) 図2 「デジタル田園都市国家構想交付金」の予算推移(注1)(出典:内閣府「デジタル田園都市国家構想交付金デジタル実装タイプ TYPE1/2/3等制度概要」2022年12月)

 デジタル実装タイプは取り組みの内容やレベルによってTYPE1〜3に分けられている。番号が大きくなるほど先駆的な取り組みが求められる。

 TYPE1は他地域の事例を活用したデジタル技術の実装、TYPE2以上ではデータ連携基盤(都市OSなど)の活用、TYPE3はマイナンバーカードの新規用途開拓などを含む。平成4年度補正予算では、「マイナンバーカード利用横展開事例創出型」も追加された。他地域にも展開可能なマイナンバーカードの新規用途開拓や、他地域への展開の協力に対して補助金が交付される。いずれも手を挙げた自治体が政府の審査を受け、採択されると交付される形だ。

 2022年度は、デジタル田園都市国家構想交付金創設の初年度だったため、特別に新しい取り組みではなくても自治体が導入したいシステムに関する交付金を申請するなどさまざまなケースが見られた。

 TYPE1では行政手続きのオンライン化やAI-OCR(人工知能技術を用いたOCR)とRPA(Robotic Process Automation)を使った手続きの効率化といった自治体向けではなじみ深いソリューションも対象となった。TYPE2以上では都市OSの導入、ヘルスケア、モビリティといったスマートシティーと重複する先端的サービスへの取り組みも見られた。

 2023年度以降は、デジ田の枠組みで自治体DXの支援のためにベンダーが戦略的なソリューションを提案する動きが進むと予想する。

デジ田TYPE3に採択された朝日町は「住民主体」がポイント

 デジ田でどのような実績が生まれているのか。先般、デジ田TYPE3に採択された富山県朝日町を取材したので紹介したい。東京から北陸新幹線の糸魚川駅に向かい、えちごトキめき鉄道に乗り換え、日本海沿いに30分ほど行くと朝日町に着く。春には花見の名所だが、晩秋に訪れたため静かな海沿いの町といった印象を筆者は受けた。

 朝日町役場のDX推進部門「みんなで未来!課」に話を聞くと、「朝日町は人口1万人規模で高齢化率(65歳以上が人口に占める比率)は44.9%だ。高齢化と人口減少が進む日本の中でも課題が顕在化している。日本社会の課題解決を朝日町から行っていきたい」と担当者は語った。

 同町の特徴的な取り組みの一つが、住民の自家用車を使った公共交通サービス「ノッカルあさひまち」だ。分かりやすく言えば自治体版の「相乗り」サービスとなる。

 地方に共通する課題として、利用者が減少してバスなど公共交通の維持が難しい一方で、高齢者が運転免許を返納して移動手段がなくなってしまうという悪循環がある。朝日町にはバス3台、タクシー10台しかない。自家用車が8000台あるという状況を生かして、2020年に博報堂が参画して自家用車を使ったライドシェアサービスの実証実験を実施した。2020年の道路運送法改正によって、地域公共交通に関する新たな「事業者協力型自家用有償旅客運送」制度が施行された。バス事業やタクシー事業が成り立たない地域において、自治体などが自家用車を利用して運送サービスを提供できるようにする制度だ。朝日町は全国で最初にこの制度を採用する自治体となった。

 同制度の仕組みは、従来のバスの運行ルートを基に集落ごとにルートを設計し、通勤や私用でそのルートを走る予定があるドライバーと、その車に同乗したい住民をマッチングする。住民の利用料は、従来のバスチケットを活用して1回当たり1人600円、2人以上利用者がいる場合は1回当たり1人400円となる。ドライバーの報酬は1運航当たり200円で、運航5回ごとに1000円の商品券と引き換えられる。

 朝日町は現在、同サービスの実運用を実施している。「住民同士の助け合い」が主眼となっている点や、「自治体がサービスを提供して交通事業者が管理する」点などが、「Uber」などのライドシェアサービスと異なる。

 サービス開始当初は自治体職員がドライバーを務めていたが、その後、同サービスの認知が拡大して2022年12月時点で町民31人がドライバーとして登録している。「自分の都合で移動するついでに他住民の手助けをしようというモチベーションで協力している人が多い」と、町役場の職員は話す。

「住民不在の自治体DX」という課題

 この取り組みをきっかけに、現在も朝日町のDXは博報堂が支援している。朝日町専属の博報堂の担当者はみんなで未来!課の名刺を持ち、町職員と一緒に働いている他、ノッカルあさひまちのアプリケーション開発なども手掛けている。

 博報堂の朝日町専属の担当者は「技術先行ではなく、地元に根づいた取り組みを実施したい。高度なデジタル技術を導入しても高齢住民に使ってもらえないかもしれないし、コストが高額になると継続的な運用が困難になる」と話す。ノッカルあさひまちの支払いも、最初から電子決済にするのではなく、あえてバスチケットや商品券などアナログな方法を活用するところから始めたという。

 こうして朝日町の場合は博報堂という大手広告代理店がDXのパートナーになっている。他自治体のTYPE2、3の取り組みやスマートシティーでは、コンサルティング会社や大手ITベンダーがパートナーになっていることが多い。

 「そのせいでデジタル技術ありきになる」とまでは言わないが、他の自治体では、住民の参画が不足する住民不在の自治体DXとなっているという課題も既に顕在化している。朝日町を視察で訪れた政府職員に、町役場職員が「他自治体に良い事例があるだろうか」と相談すると、「ここ(朝日町)以上に住民主体のDXを実施している自治体はめったにない」という回答が返ってきたという。

 朝日町は、課題として「補助金に頼らず、PoC(Proof of Concept:概念実証)で終わらず、地域に定着したDXを継続すること」を挙げた。交付金や補助金に期待するのは自治体もITベンダーなどの企業も同じだが、補助金頼みでは根本的な課題解決にはならない。当面、デジ田の交付金は自治体DXの重要な財源だが、永続的に得られるわけではない。自走できる仕組みが不可欠となる。デジ田による自治体DXは、あくまで社会課題解決のためのビジネスとなるだろう。

 それはさておき、冬が終わり春が来れば、朝日町はベストシーズンを迎える。雪を頂いた北アルプスの山々を背景に、桜やチューリップ、菜の花が咲き誇る美しい風景を楽しめる。「朝日町 四重奏」で画像を検索してもらえれば、これ以上説明不要だろう。以前、プライベートで訪れた際に見た光景はまさに絶景だった。

 ぜひまた行きたいと思う一方で、お花見に訪れた観光客にうまくお金を落とさせる仕組みがもっとあってもいいのではないかとも考えている。

(注1) 内閣府「デジタル田園都市国家構想交付金デジタル実装タイプ TYPE1/2/3等制度概要」

筆者紹介:小林明子(矢野経済研究所 主席研究員)

2007年矢野経済研究所入社。IT専門のアナリストとして調査、コンサルテーション、マーケティング支援、情報発信を行う。担当領域はDXやエンタープライズアプリケーション、政府・公共系ソリューション、海外IT動向。第三次AIブームの初期にAI調査レポートを企画・発刊するなど、新テクノロジー分野の研究も得意とする。


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