「AIに仕事を奪われるかもしれない」というテーマは古くて新しい。“AIに置き換えられる可能性が高い10の仕事”にラインアップされている調査アナリストである筆者は、ChatGPTについて何を語るのか。
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目まぐるしく動くIT業界。その中でどのテクノロジーが今後伸びるのか、同業他社はどのようなIT戦略を採っているのか。「実際のところ」にたどり着くのは容易ではありません。この連載はアナリストとしてIT業界と周辺の動向をフラットに見つめる矢野経済研究所 小林明子氏(主席研究員)が、調査結果を深堀りするとともに、一次情報からインサイト(洞察)を導き出す“道のり”を明らかにします。
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既に、ChatGPTの記事に食傷している人もいるかもしれない。皆がこぞってChatGPTについて語っている今、10年ほど前からAI(人工知能)の調査に携わっている研究員として議論に参戦してみよう。
なお、筆者はAIの学術的な研究者ではない。市場は黎明(れいめい)期で、矢野経済研究所でもまだ情報収集の段階だ。
またこのテーマは非常に動きが速く、原稿をITmediaの編集部に送った直後に大きなニュースが発表され市場の前提が変わるかもしれない。
Googleがディープラーニング技術によって猫を認識できたのが2012年。その頃から第3次AIブームが起きた。2023年4月現在は生成AI(Generative AI)ブームが到来している。2022年の「Midjourney」や「Stable Diffusion」といった画像生成AIの公開に始まり、対話型AIのChatGPTが決定打となった。「第4次AIブーム」と呼ぶにふさわしい。
10年前のブームとの明らかな違いは、AIの徹底した民主化だと筆者は感じる。第3次ブームではディープラーニングが話題の的だったものの限られた専門家が使う技術で、何がどうすごいのかを実感することは難しかった。生成AIの多くは無料で利用でき、誰もがその技術に熱狂している。
共通しているのは、「画期的技術として活用すべき」という積極派と「課題やリスクを認識すべき」という慎重派が拮抗(きっこう)している点だ。10年前に積極派は「日本には技術力も競争力もある。AIに投資して世界に打って出よう」と言ったが、今では米国や中国に遠く追い越されてしまった。
新しい技術に否定的な企業は多く、ChatGPTについても利用を規制する大学や企業が出てきた。また後れを取ることにならないか、未来への懸念を含めて既視感がある。
アメリカの経済メディア「Business Insider」は、2023年4月10日に「ChatGPT may be coming for our jobs. Here are the 10 roles that AI is most likely to replace」(ChatGPTが私たちの仕事を奪いに来るかもしれない。AIに置き換えられる可能性が高い10の仕事)という記事を掲載した。AIに置き換えられる可能性が高い仕事として「調査アナリスト」がピックアップされていた。まさに筆者の仕事(調査会社の研究員)だ。
この連載を掲載しているITmediaにとっては「メディア」があるのも見逃せないだろう。その他、法律関係や会計士、教師など知的労働に相当する職業が挙げられているのも目を引くポイントだ。
「Business Insider」 はITエンジニアもAI普及の影響を受けると推測している。ChatGPTはコードを生成する能力も高い。DX(デジタルトランスフォーメーション)におけるデジタル化や内製化の推進のため、専用の自動化ツールやノーコード/ローコードツールを利用する動きが進んでいるが、生成AIを使えばプログラミングの生産性を圧倒的に上げられるのではないか。ITエンジニアの仕事は、ChatGPTで議論になる情報漏えいやうそをつくなどの問題にも抵触しにくい。現状、ITエンジニアは人手不足によって引く手あまただが、AIによって業務内容やニーズが変わる可能性もあるだろう。
「機械やコンピューター、AIが人の仕事を奪う」という議論は昔からある。有名なものの一つはオックスフォード大学のカール・B・フレイ氏(オックスフォード・マーティン・シティ・フェロー)とマイケル・A・オズボーン教授が共同で発表した論文「The Future of Employment:HOW SUSCEPTIBLEAREJOBSTO COMPUTERISATION?」(雇用の未来:仕事はどの程度コンピュータ化されやすいか)だ。IT化によって失われる職業が多く挙がっていることから、AIブーム初期にも話題になった。
しかし当時は「単純作業は置き換えられるが、創造的な仕事はなくならない」と言われていた。つまり、データ入力者は置き換えられるとしても、デザイナーやライターは創造的な要素が必要なので「AIには無理だ」という前提だった。ところが、今ではMidjourneyが描いた絵がコンテストで賞を取り、ChatGPTが読書感想文をうまく書いてくれる。
果たしてChatGPTは筆者の仕事を代替するだろうか。Business Insiderの記事で言及されている「調査アナリスト」は主にマーケティングアナリストの仕事がイメージされているようだが、データ分析やトレンドへの理解が必要とされるところなど、調査会社の研究員の仕事と共通点がある。
例えば、「Web3に関する日本政府の動向を教えて」とChatGPTに尋ねれば、文献調査に相当する内容を回答してくれる。「クラウド市場における技術的なトレンドを教えて」といった質問についてもChatGPTは回答する。MicrosoftはChatGPTをベースにドキュメンテーションの自動化などを行える「Microsoft 365 Copilot」を発表しており、図解や「Microsoft Excel」の集計や分析を盛り込んだレポートの下書き作成までやってくれそうだ。
AIが書いた文章の誤りを確認して修正する、研究員個人として独自の見解を披露する、といった「私にしかできない仕事」の余地はある。ただし、クライアントが自らChatGPTで同じ回答を得られることを前提とすれば、「ある程度代替し得る」と認めなくてはならない。言い方を変えれば、「業界の識者に直接インタビューして意見交換する」といった「AIにできない仕事」を強化する必要があると思った次第だ。
識者に聞いた話を紹介しよう。以前のAIブームの時、はこだて未来大学特命教授の松原仁氏にAIについて取材をする機会があった。「キリスト教に基づく文化のバックグラウンドを持つ欧米人は『人間は世界の頂点に立つ存在だ』と考えるため、機械が人間を超越することに恐怖心を抱くのではないか。日本人は『鉄腕アトム』や『ドラえもん』に親しんでおり、『優れたAIは人間のパートナーになる』という発想がある」と松原氏は指摘した。
ハリウッド映画が創作したのはHAL(『2001年宇宙の旅』)でありターミネーター(『ターミネーター』)だと思えばふに落ちて以来心にとどめている。
「仕事を奪われる」脅威論はいったん脇において、どのように利用できるか具体的に考えてみよう。
例えば、企業がChatGPTを利用するに当たって最大の懸念点は、プロンプトが学習データとして使われるという情報漏えいだろう。だから利用禁止にするのではなく、「Azure OpenAI Service」を使って利用するという方法がある。パナソニックコネクトやベネッセ、三井住友銀行などChatGPTの法人利用を発表している企業はこの方法を採用している。
数年前に実施した対話型AIに関する調査結果から得られたのは、「機械だけで人とのQ&Aを完結させるのは難しい」という認識だった。しかし、ChatGPTを見ると、機械との対話という機能だけでも用途は大きく広がると予想できる。ChatGPTとAPI連携したチャットbotやバーチャルアシスタントなどは今後たくさん登場するだろう。
さらに、今見えている機能にとどまらない技術の進展も想定される。ChatGPTの開発元であるOpenAIのCEO(最高経営責任者)サム・アルトマン氏は「AGI(Artificial General Intelligence:汎用《はんよう》AI)を実現する」と言っている。汎用AIこそ、実現不可能といわれてきたAI技術の筆頭であろう。
筆者の仕事に関して言えば、「市場動向を踏まえ、何を論点として調査、分析すればクライアントのニーズに応えられるか、示唆を与えてくれる」パートナーが欲しい。そのくらいはAIの力でできるのではないかと考えている。
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