海外に比べてなかなか進まない日本の行政DX。筆者はいまだに紙のやりとりが残る業務の存在をDXが進まない理由として指摘します。高齢者や障害のある人にも使いやすい住民サービスを提供するために、行政機関が取り組むべきこととは。
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第1回では日本の行政におけるDXがなぜ他の先進国に比べて遅れているかを、海外の事例や文化的な差異に関する筆者の分析を交えて説明しました。第2回となる本稿では、行政機関で紙のやりとりが残る「3つの業務」を明らかにし、デジタルソリューションの活用によってそれらをどのように効率化すべきかを見ていきます。
コロナ禍によってテレワークが普及したことで、紙とハンコによる契約書のやりとりに以前よりも時間がかかるようになりました。この問題を解消するために、日本でも電子サインソリューションへの関心が高まってきたと筆者は感じています。
しかし、行政機関を含めて電子サインソリューションは日本社会に浸透していません。その理由の一つとして、電子サインソリューションを取り入れただけでは、業務への組み込みがうまく進まない点が挙げられます。
図1が示すように、電子サインソリューションによってデジタル化が可能な部分は限定的です。デジタル化の対象となるのは、契約プロセスのうち「契約内容の相手との確認、説明」「契約書の署名」だけだからです。契約ドキュメントの作成や承認、保管などの契約プロセスや、行政機関が実施する入札や許認可のプロセスは、いまだに紙ベースで進むことがほとんどです。
このような状況の中、契約前後のプロセスを入札システムなどで管理して、そのシステムに電子サインソリューションを連携させられれば、業者決定から契約書の取り交わしや保管までをシームレスに進められます。大幅な業務効率化を目指すのであれば、業務全体のプロセスを見直して電子化し、システムを連携することが必要だと筆者は考えます。
一例として、アドビが提供する電子サインソリューション「Adobe Acrobat Sign」は、さまざまなシステムと連携する機能を有しています。連携プラグインがある「Salesforce」を利用すれば、コーディングなしで連携可能です。Microsoftが提供するオンライン会議システム「Microsoft Teams」との連携を評価するユーザーもいます。契約書の内容を確認後、Teamsの画面から署名できるため、「契約者本人が内容を確認して署名した」という記録を残せるからです。
このような活用方法を目的として多くの企業が電子サインソリューションを導入しています。行政機関からITベンダーへの相談も増えており、「電子サインソリューション導入がDXを推進する重要な要素として捉えられるようになった」と筆者は感じています。
電子サインソリューションにはSMBCクラウドサインの「CloudSign」、GMOグローバルサイン・ホールディングスの「電子印鑑GMOサイン」、 Foxit社が提供する「Foxit PDF Editor」などもあります。
アドビとIDC Japan(以下、IDC)が共同で実施した調査「電子サインの導入効果とさらなる活用に向けた今後の課題とは?」によると、電子サインソリューションを導入した企業の94.8%が「将来的に利用を継続もしくは拡大する方針」を示しています(図2)。コロナ禍における一過性のトレンドではないと考えられます。取引きや意思決定の迅速化、ペーパーレス化やコスト削減、テレワーク環境における業務の遂行、そしてドキュメント管理の効率化など、さまざまな導入効果から電子サインの利用拡大が期待されています。
行政機関のデジタル化を進める上での“壁”は何でしょうか。いまだに紙でのやりとりが残る業務は、大きく分けて次の3つです。
行政機関は工事やシステム導入などの実施に当たって、一般競争入札や指名競争入札などを通して業者を選定することがあります。入札に関しては電子入札を採用する組織もありますが、契約業務では紙でのやりとりが残っています。
一部の自治体で契約業務を電子化する実証実験が実施されたものの、電子入札システムと連携していないために業務フローとしてはより煩雑になってしまったようです。そのため契約業務システムを本格運用している自治体はほとんど存在しません。
母子健康手帳の交付を申請するための「妊娠届出書」を紙で提出することとしている、ある自治体は、2020年前半に実施された都道府県による新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大を防ぐための外出自粛の要請期間中、通常1カ月当たり約100件ある申請件数が20分の1近くに落ち込んだといいます。妊娠、出産している女性の中に申請できないために母子健康手帳を受け取れない人がいたのです。
自治体向け電子申請ソリューションは富士通JapanやNEC、日立ソリューションズなどが提供しています。アドビは、コロナ禍を受けた緊急対応としてAdobe Acrobat Signを無償で提供しました。IT部門以外の自治体職員が、利用者に申請方法を説明するためのPDFファイルも公開しました。
なお、住民による申請業務にソリューションを利用する場合は、トランザクション数が多いためコストがかかりがちです。アドビは「Adobe Acrobat Pro」の電子サイン機能を拡張し、申請業務を行うためのWebフォームにトランザクションを無制限に利用できる機能を提供しました。そのため、申請フォームの細かな修正も含めてリーズナブルに活用できます。
行政によって認可されている幼稚園や保育園の入園許可証や、行政の許認可が必要な事業の営業許可証は、紙に国務大臣や自治体の印鑑を押して申請者に郵送されます。電子化のネックとなったのが、「自治体が送っていること」「改ざんがないこと」を証明する方法でした。
前述のように電子サインソリューションにはさまざまな選択肢があります。ただし、DXという観点からみると、業務プロセスにシステムを組み込んだ実績のあるサービスはありません。行政機関におけるドキュメント業務のDXはまだ検討段階にあるといえます。
こうした中で、ある自治体は、Adobe Acrobat Signを使って証明書をデジタル署名として許可証に付加し、実印レベルの本人性と内容の改ざんがないことを証明することになりました。他にも、国が規制する事業の許可証や新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金の申請などでアドビのソリューションが活用されています。
政府や自治体には、政府認証基盤(GPKI)や組織認証基盤(LGPKI)という認証基盤があります。行政機関が紙の業務をデジタル化する際は、GPKIやLGPKIの証明書を付けるケースが多いので手間がかかります。EU(欧州連合)ではeIDAS規則(注1)に基づく「eシール」が組織の証明書のような形で使われています。
日本でも総務省や経済産業省などが共同でeシールの規格化を検討し始めましたが、今のところ具体的な進捗(しんちょく)はみえません。eシールが日本でも普及すれば、自治体に限らず、企業も含めて電子版の角印のような形で運用できます。利便性が大きく向上すると筆者は期待しています。
行政手続きのオンライン化は自治体によって進捗に差があります。首長が打ち出す方針によって積極的に取り組む自治体もあるものの、セキュリティ要件が厳しいため対応するITベンダーの苦労は大きいようです。
行政専用のネットワーク(閉域網)として総合行政ネットワークLGWAN(Local Government Wide Area Network)があり、地方公共団体が接続できます。しかし、LGWANには厳格なセキュリティ要件が存在するため、利用できないクラウドサービスがあります。LGWANの利用に当たっては回線費用が発生するため、クラウドサービス料金と合わせてコストの大きさを懸念する自治体もあるようです。
自治体がネットワークを独自に運用管理すれば、ITベンダーが提供するソリューションを導入できます。ただし、自治体が自前でネットワークを構築するためには、サイバーセキュリティの専門知識を持つ職員を確保するという高いハードルが存在します。
LGWANを介してサービスを提供するASP(Application Service Provider)基盤サービスは富士通Japanの「LGWAN連携基盤サービス」やNTT東日本の「クラウドゲートウェイ サーバーホスティング」があります。GMOグローバルサインも独自のLGWAN ASPサービスを提供しています。両備システムズはCloudSignに連携するサービスを提供しています。
なお、Adobe Acrobat Signは京都電子計算が提供する自治体向けクラウドサービス事業「Cloud PARK」を通じて、LGWAN環境で利用可能です。
今後、自治体では電子サインをはじめとした業務のデジタル化ソリューション本格導入が進むでしょう。銀行の場合はオンラインバンキングが当たり前になりつつあり、対応していない銀行は利用者離れが起こると筆者は予想しています。自治体の場合、デジタル化していないからといって住民離れが起こることはまずないでしょう。民間企業ほどの危機感が生まれないことも、自治体DXが停滞している一因だと筆者は考えています。
ただし、住民のニーズに応える形で住民サービスのデジタル化が進んでいくとも考えています。最近はTeamsと電子サインソリューションの連携によって、住民が役所や出張所に足を運ばずに各種手続きができるような仕組みを検討する自治体もあります。高齢者や障害のある方が自宅から容易に手続きできる仕組みは、アクセシビリティーの観点からも重要だと思います。
(注1)電子署名などの電子トラストサービスに関する統一基準を定めるEUの規則。電子取引における信頼性とセキュリティを確保し、トラストサービスを普及させることを目的として2016年7月から施行されている。
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