許容すべき“失敗”と許容すべきではない“失敗” 「苦しいDX」から脱却するためにすべきこと 秘訣を伝授【後編】「不真面目」DXのすすめ

多くの日本企業には「失敗」を恐れる文化があることはよく指摘されています。筆者は「DXプロジェクトではできるだけ多くの失敗をすべき」と考えていますが、中にはやはりすべきではない失敗もあると言います。

» 2023年05月12日 09時00分 公開
[甲元宏明株式会社アイ・ティ・アール]

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この連載について

 この連載では、ITRの甲元宏明氏(プリンシパル・アナリスト)が企業経営者やITリーダー、IT部門の皆さんに向けて「不真面目」DXをお勧めします。

 「不真面目なんてけしからん」と、「戻る」ボタンを押さないでください。

 これまでの思考を疑い、必要であればひっくり返したり、これまでの実績や定説よりも時には直感を信じて新しいテクノロジーを導入したり――。独自性のある新しいサービスやイノベーションを生み出してきたのは、日本社会では推奨されてこなかったこうした「不真面目さ」ではないでしょうか。

 変革(トランスフォーメーション)に日々真面目に取り組む皆さんも、このコラムを読む時間は「不真面目」にDXをとらえなおしてみませんか。今よりさらに柔軟な思考にトランスフォーメーションするための一つの助けになるかもしれません。

「『不真面目』DXのすすめ」のバックナンバーはこちら

 前回に続き、今回もDX(デジタルトランスフォーメーション)で成果を挙げるための秘訣(ひけつ)をご紹介します。

 前回は、

  1. ポジティブ・シンキングを貫くための「禁止ワード」を設定すること
  2. 「心理的安全性」に配慮すること

 の2点を解説しました。今回はその続きをご紹介します。

中間的なゴールを頻繁に設定する

 苦しいDXプロジェクトでは、自分たちがどこに向かっているのか分からない状況に陥ったために、メンバーのモチベーションが低下していることがよくあります。

 DXは新しいことにチャレンジすることが基本なので、最終的なゴールと全体スケジュールが未確定な状態でプロジェクトが始まることが一般的です。そのためにこのような状況に陥りやすいのです。

 筆者はさまざまなプロジェクトに携わってきましたが、メンバーのモチベーションが上がると成功に大きく近づくことを何度も体験しています。そしてメンバーのモチベーション向上には、次の2つのポイントが極めて重要だと考えています。いずれもゴールが決まっていなければ何も始まりません。

  1. プロジェクトチーム全員が一緒にゴールに進んでいること
  2. 個々のメンバーがゴールへの道に対してどのように貢献するのかが明らかになっていること

 繰り返しになりますが、DXプロジェクトでは最終ゴールを設定することは容易ではありません。どのようなプロダクトやビジネスを創り上げるのか最初から明確になっているDXプロジェクトはまれだからです。

 ただし、短期的かつ中間的なゴールは設定可能です。「ユニークな○○という機能を持つ画期的な商品を××年後に市場に提供する」といった最終ゴールをDXプロジェクトの初期に策定することは極めて困難ですが、「3カ月後に新しいビジネスアイデアを100件作成する」といった中間的なゴールは設定可能です。このような中間的なゴールを頻繁に設定し、最終ゴールを少しずつ明らかにしていくことが重要です。

「一緒にゴールに進む」ためのテクニックを駆使する

 中間的なゴールが決まれば、プロジェクトチーム全員が一緒にゴールに進むための努力をしましょう。「一緒に進む」ためには、チーム内に精神的な分断を作らないことが重要です。例えば、DXチームにIT部門と業務部門から複数メンバーが参画しているとします。ITメンバーが業務メンバーを「あっち側の人」ではなく、「同じチームのメンバー」と考えることが重要です。

 チーム全員が一緒にゴールに進むためのテクニックは数多く存在します。中でも「ファシリテーション」(facilitation)は非常に役立ちます。日本ファシリテーション協会によると「ファシリテーションとは、人々の活動が容易にできるよう支援し、うまくことが運ぶようかじ取りすること。集団による問題解決、アイデア創造、教育、学習等、あらゆる知識創造活動を支援し促進していく働きを意味します。」とあります。

 ファシリテーションには「一緒に進む」ためのテクニックが満載です。筆者は会議室でミーティングを行う場合、各メンバーの座る席を事前に指定し、その配置を毎回変えるようにしていました。このような工夫をしないと、IT部門と業務部門が机を挟んで相対する配置になることが多く、ITメンバーから見ると業務メンバーが「あっち側の人」と無意識に考えてしまいます。このような単純な工夫でメンバーの精神的分断を避けることが可能になります。このようなテクニックはちまたに多く溢(あふ)れていますので、興味のある方はぜひ研究してみてください。

失敗を恐れず学びの種にする

 DXは「新しいことへのチャレンジ」です。しかし、失敗を恐れる国内企業は後を絶ちません。人生で失敗を一度も経験したことのない人はいないにもかかわらず、ビジネスにおける失敗を許容できる国内企業は多くありません。

 もっとも、マニュアルが整備された定型業務における失敗は許容すべきではありません。しかし、新しいことにチャレンジする際に失敗をとがめられるのであれば、やがて誰もチャレンジしなくなるのは明白です。子どもの頃からいろいろな失敗を経験した人が幸せな人生を送っているケースは多々あります。むしろ失敗経験の多い人ほど人間として“厚み”が出るのではないでしょうか。

 もちろん同じ失敗を何度も繰り返すべきではありません。また、チャレンジしなかったことに由来する失敗はとがめられても仕方がありません。失敗自体は悪いことではありませんが、「失敗から学ばないことは良くない」と断言できます。

 Amazonの元CEO(最高経営責任者)であるジェフ・ベゾス氏は2016年、自社の株主に送った手紙の中で次のように語っています。「私はAmazonは世界で一番失敗しやすい場所だと考えています。失敗と発明は切っても切り離せない、双子の関係にあります。発明をするためには実験が必要であり、事前にうまくいくと分かっていれば、それは実験とはいえません」

 世界を席巻しているAmazonが失敗を恐れない企業であることは、われわれに重要な示唆を与えてくれます。DXプロジェクトではできるだけ多くの失敗をしましょう。そして、失敗を引き起こした人の責任を追求するのではなく、その失敗からポジティブに学ぶ場を意図的に作りましょう。ゴールに向かって一緒に進んでいるチームメンバーが失敗からポジティブに学んでいけば、チーム全体のモチベーションは確実に向上するはずです。

筆者紹介:甲元 宏明(アイ・ティ・アール プリンシパル・アナリスト)

三菱マテリアルでモデリング/アジャイル開発によるサプライチェーン改革やCRM・eコマースなどのシステム開発、ネットワーク再構築、グループ全体のIT戦略立案を主導。欧州企業との合弁事業ではグローバルIT責任者として欧州や北米、アジアのITを統括し、IT戦略立案・ERP展開を実施。2007年より現職。クラウド・コンピューティング、ネットワーク、ITアーキテクチャ、アジャイル開発/DevOps、開発言語/フレームワーク、OSSなどを担当し、ソリューション選定、再構築、導入などのプロジェクトを手掛ける。ユーザー企業のITアーキテクチャ設計や、ITベンダーの事業戦略などのコンサルティングの実績も豊富。

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