日本の料理レシピサイトからグローバルな食べ物関連サービス企業へと変わりつつあるクックパッド。事業拡大に伴って複雑化するバックオフィス業務、サイロ化しがちなデータといった課題を同社はどう解決しているのか。同社 CTO兼CISOの星北斗氏が語った「たった3人の挑戦」とは
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事業が拡大すると、バックオフィス業務は煩雑化し、データは膨大になり分散しがちだ。海外に進出したクックパッドはこうした課題にどのように取り組んでいるのだろうか。同社 CTO(最高技術責任者)兼CISO(最高情報セキュリティ責任者)の星北斗氏が語った。
本稿はアイティメディア主催「DX Summit vol.15 業務自動化の現在とバックオフィスオペレーション改革」(2023年3月8日開催)での講演を編集部で再構成した。
その問いの答えとなるのがAPIによるデータの相互連携だ。バックオフィス業務などのコーポレート領域のDX(デジタルトランスフォーメーション)を担当しているのは同社コーポレートエンジニアリング部アプリケーショングループだ。3人で構成されている同グループは、いったいどのように業務効率化、自動化を進めているのだろうか。
1997年設立のクックパッドは世界71カ国、29言語で料理レシピサービスを提供している(は2023年3月8日時点)。現在はレシピにとどまらずクックパッドマート事業などの新サービス開発にも注力している。サービス開発は日本拠点とグローバルの大きく2つに分かれる。英国ブリストルに海外本社を置き、スペイン、インドネシアなどにオフィスを構えてグローバル事業を展開している。
プロダクトチームは日本国内と日本以外のグローバルチームに分かれ、総勢は約480人。うち国内は300人ほどの規模で活動している。その4割強がエンジニアやデザイナーなどプロダクト作成に携わる人材だ。
同社がこのように世界的に事業展開する過程では、それぞれの部署が必要な情報を独自に処理する情報処理環境を作り込むという、ローカルに閉じた情報管理が行われていた時期もあったという。しかし、グローバル化を目指すことを経営方針としたときから、同社のITシステムは変貌を遂げる。
クックパッド CTO(最高技術責任者)兼CISO(最高情報セキュリティ責任者)の星北斗氏は「グローバル化のためには各国の規制やルールや多言語に対応するのは当然です。それらに加えて業務の省力化、少人数でより大きな規模のビジネスに対応する状態をつくることが急務となりました。そのために従来バラバラに存在していた情報システムを統合して置き換えてきました。2016年から統合に取り組み、改善を繰り返しながら今に至っています」と振り返った。
この取り組みには組織の改革も必要だった。「サービス開発だけでなく全社が持つ課題をテクノロジーで解決するための組織づくりが必要となりました。そこで、プロダクトチームとは別にコーポレートエンジニアリング部を設立しました。コーポレートITを担当するチームは日本と英国にまたがるかたちで構成しました」(星氏)
同社のサービス開発や運用のチームとは別に、全社課題を解決するための専門組織がここに誕生した。ただし基幹システムを担当するチームメンバーはビジネスアナリスト2人とエンジニア1人の合計3人だけだ。この3人が現場部門へのヒアリングやプロセス改善提案、実装までを担当している。実装の一部はサードパーティーベンダーにも委託する。リソースが限られている中、さまざまな製品を組み合わせて構築した社内システムとはどのようなものだろうか。
コーポレートエンジニアリング部は、システム設計や製品選定に当たって3つの原則を意識した。
原則1:全てのシステムがAPIで接続されること
原則2:全てのシステムはグローバル環境に対応すること
原則3:マスターデータは1つにすること
原則1によって、APIで連携できないシステムは選定対象から外れる。CSVでデータを抽出して手動で連携するようなシステムはふるい落とされる。星氏は「ここが一番大事な部分と考えた。手作業で何かしらの操作をしなければならない部分はシステム的に減らすべきだ。必要なデータが適切なタイミングで適切な場所に自動的に同期されているだけで解決する課題は多い。データ同期が解決できれば、後は各システムの得意分野を生かして対応することが可能になる」と強調した。
原則2によって、日本の電子帳簿保存法などのローカルな法対応を主眼としたシステムは除く。それ以外のシステムは英語対応と各国の法規制やルールへの対応が可能な製品を選ぶことを重視した。
原則3は、設計上で同じコンテキストのマスターデータが複数のシステムに分散しないように1つにまとめることを指す。
このような原則で選定された製品を利用した社内システム全体の概要は次のようになった(図3)。
バックオフィスの人事領域では労務・給与・勤怠管理に「Workcloud」、組織開発・採用には「Workday」を採用した。財務領域にはWorkday、法務には「DocuSign」、全体のタスク管理には「ServiceNow」、ワークフローシステムとしてはServiceNowとWorkdayを採用した。
データ連携基盤としては「Zapier」「AWS Step Functions」「Informatica Cloud」、ID管理には「Azure AD」「Google Workspace」を導入した。
フロントオフィスでは営業に「Salesforce」、コミュニケーションに「Slack」「Zoom」、コラボレーションのためには「GitHub Enterprise」、Google Workspaceを採用した。
同社が利用するシステムの中で大きな比重を占めているのが次の3つのプラットフォームシステムとデータ連携基盤だ。
これらのプラットフォームシステムを中心とし、Azure ADを利用したシングルサインオンや電子契約のためのDocuSign、Slackなどのコミュニケーションツールなども含めてデータはAPIを使って連携し、同期している。そこで重要なのがデータ連携基盤だ。
このような社内システムを構築した結果、以下のような自動化が実現した。
多くの会社同様、クックパッドも従業員の入社・退社の管理の煩雑さに手を焼いていた。自動化したのは入社人材の情報をシステムに反映させるプロセスだ。従来はヘルプデスクや各部門のスタッフが新規ユーザー登録やアカウント作成などの作業を行っていた。現在は、人事担当者がWorkdayに新規入社者を登録すると、入社者自身が入社前にWorkdayにアクセスして情報を入力できるようにした。本人が希望するアカウント名などを併せて入力できるのも利点だ。
社内で採用に関する処理が完了すると、データ連携基盤を通してAzure ADにアカウントが自動作成される。Azure ADによって各システムにアカウントが自動作成され、入社時には全ての利用予定システムにアカウントが存在する状態になる。入社前の準備段階と、入社後のシステム利用までの時間と負担を短縮できた。
退職の処理は、有給消化をはじめとするさまざまな事情によって、アカウント停止時期が異なるために複雑になりがちだ。アカウント無効化はヘルプデスク担当者が手動で実施するアカウント無効化をトリガーに、各システムのアカウントを削除するところを自動化した。
全てを自動化すると、想定していないタイミングでアカウントが停止するといったトラブルが起きがちだ。そのため、一部に人間の手を入れることで解決した。
また、タスク管理ツールでヘルプデスク担当者が自動アサインされ、対応に当たる仕組みも作った。場合によってはGitHub Enterpriseを利用しているインフラエンジニアにタスクを自動アサインすることもある。
この仕組みによってアカウント無効化タスクの見落としや、アカウント削除漏れなどがなくなり、オペレーションの負担も軽減した。
各種の申請業務の自動化も実現した。例えばシステムアカウントや備品、名刺、新規契約などについてServiceNowを通じて申請できるようにした。申請が必要な項目をあらかじめポータルに集約しておき、申請から承認フローを経てクローズするまでの一連の作業をデジタル化した。申請、承認フローの通知がSlackに送られるため、Slackで進捗(しんちょく)を確認したり、申請に関連するコミュニケーションを実施したりできる。
法務部門などのタスク管理の一環として、ServiceNowに保持された契約申請をもとに、契約更新日が近づいている契約を法務部門などにアラートする仕組みをつくった。アラートを受けた法務部門はその契約の継続や見直しなどを検討できる。
クックパッドのコーポレートエンジニアリング部はこうして業務効率化、自動化を成功させてきた。ただ、3人では多くの種類の大量なバックオフィス領域の業務への対応には限界がある。効果が大きい項目を優先して対応したが、現場の非効率業務を放置しておくことはできない。
そこで、注力しているのが現場での自動化を図るためのノーコード/ローコード開発だ。Informatica Cloudとはフォーカスが異なる「小さな」自動化を実現するために採用したのが「Zapier」だ。「Zapierはクラウドサービス同士をつなぐハブとして機能します。コネクターの種類が豊富で、GUI(Graphical User Interface)による開発が可能で、しかも実行タスク数に応じた課金体系になっているため、『小さな』自動化に対応しやすい特徴がある。全従業員に開放して誰でも使えるようにしています」(星氏)。
Zapierは、スプレッドシートを監視して、更新された際にSlackで通知する、「Twitter」の投稿で監視対象キーワードを含むものをSlackに自動投稿する、SlackからServiceNowの問い合わせチケットを自動起票する、ToDoリストのスプレッドシートへの自動転記などを自動化している。複数のクラウドサービスとの連携を自ら開発しているチームもあるという。
「このように『小さな』自動化が現場の人の手によって短時間で実現するのは大きなメリットです。しかも現場の人が業務プロセスについて考えて、見直す機会になっているのもポイントです」と星氏は捉えている。
ただし、デメリットもあるという。「管理が難しくなるのがデメリットですね。全従業員にに開発ツールを開放していると、アカウントの管理やデバッグが難しくなります。ITシステムとして取り組むべき課題を見逃してしまうこともあるのではないか。こうしたことに定期的に目配りをしてサポートしていきたいと考えています」(星氏)
最後に、星氏は業務効率化、自動化の取り組みを通して強く意識するようになった3つの点を次のように語った。
「人間にシステムを合わせるのではなく、システムに人間が合わせる」とよく聞く。それはある意味で正しいが、システムが定義したプロセスの押し付けになってはいけない。隠れたパッチワークを現場に大量に生み出すことにつながりかねない。エンジニアがそれぞれのシステムを理解し、現場部門とよく話しながら一緒にシステムを作り上げることが重要だ。
プラットフォームサービスのような巨大なサービスや複雑な構成は学習コストが高く、多くの人手がかかる。開発し、カスタマイズした後にテストやメンテナンスを実施する開発者がいなくなった場合には注意が必要だ。ローコードツールの利用は容易だが、「魔窟化」といわれるように他人が解読できないケースもよくある。これを考慮しておく必要がある。
開発が容易なシステムが最近増えているが、実際に使ったときに、楽しく、モチベーションを保ちながら開発に取り組めるかどうかが重要な要素だ。高い学習コストをかけても、開発が楽しくなければモチベーションは下がる。人材確保の面でも、楽しく開発に取り組めるシステムを選定することが大事だ。
プロセスは会社組織の一部であり、改善は組織づくりに等しい。プロセス改善を外部に丸投げするのではうまくいかない。コーポレート部門の管理者として、あるいは従業員として、業務プロセスや業務体系、システム体系がどうあればよいのかを当事者として考えることが重要だ。
データフローとワークフローを意識したクックパッドのコーポレートITは、適切なサービスや製品の選定と、APIによる相互間のデータ自動連携、そして現場における業務自動化の取り組みの“3つの合わせ技”で進展中だ。
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