「テクノロジー乱立問題」に立ち向かう 自社標準を決める“とってもシンプルな方法”とは?

企業が直面する「テクノロジーの乱立問題」。これを解決する一つの手段であるテクノロジー標準は、果たしてどのような基準で決めるべきでしょうか。筆者が薦める「シンプルな決め方」とは。

» 2024年04月12日 12時30分 公開
[甲元宏明株式会社アイ・ティ・アール]

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この連載について

 IT業界で働くうちに、いつの間にか「常識」にとらわれるようになっていませんか?

 もちろん常識は重要です。日々仕事をする中で吸収した常識は、ビジネスだけでなく日常生活を送る上でも大きな助けになるものです。

 ただし、常識にとらわれて新しく登場したテクノロジーやサービスの実際の価値を見誤り、的外れなアプローチをしているとしたら、それはむしろあなたの足を引っ張っているといえるかもしれません。

 この連載では、アイ・ティ・アールの甲元宏明氏(プリンシパル・アナリスト)がエンタープライズITにまつわる常識をゼロベースで見直し、ビジネスで成果を出すための秘訣(ひけつ)をお伝えします。

「甲元宏明の『目から鱗のエンタープライズIT』」のバックナンバーはこちら

 ほとんどの国内企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組む時代となり、デジタルテクノロジーの活用がビジネスの盛衰の鍵を握っているといっても過言ではありません。しかし、数多くのDXプロジェクトを立ち上げ、スピード重視でチームごとにテクノロジーを選定した結果、多種多様なテクノロジーが乱立し、維持や管理が満足にできない事態に陥る国内企業も多く存在しています。

「Python」と「COBOL」のどちらを自社標準にすべき? 

 数多くのテクノロジーを使いこなせる経験豊富なエンジニアを多く抱え、マイクロサービスアーキテクチャを採用した企業であれば、小さい単位でアプリケーションの修正や再開発が可能になるので、その時々に最適なテクノロジーをチームやエンジニアの判断で選定しても問題ありません。しかし、このような環境にある日本企業は非常に少ないのが実情です。

 ほとんどの日本企業は中長期的な視点で「テクノロジー標準」を規定しなければ、自社システムの維持管理ができないと考えた方が良いでしょう。

 テクノロジーに関する自社標準の選定は容易ではありません。プログラミング言語について考えてみましょう。AI(人工知能)ブームを背景に、国内でも「Python」を採用する企業が増えています。一方でメインフレームやオフコンといったレガシーシステムが今も稼働している企業も多く存在します。このような企業が「COBOL」を捨てるのは難しいでしょう。しかし、PythonとCOBOLという全く性格が異なるプログラミング言語を両方とも自社標準とするのは避けた方がよいでしょう。では、このような企業ではどちらを標準とすべきでしょうか。

 ITインフラも同様です。工場で稼働しているオンプレミスの装置制御システムのクラウド移行は容易ではありません。もちろん、クラウドの利点が大きいことはIT部門も理解していますが、24時間365日稼働する、極めて短時間でのレスポンスが要求される現行システムのクラウド移行には大きなリスクが伴います。このような企業がオンプレミスを自社標準から削除することは難しいでしょう。こうした事情を抱えた企業でも、他のシステムではクラウドの採用が当たり前になってきているため、「自社標準はオンプレミスおよびクラウド」と規定するかもしれません。

 しかし、この規定はすなわち「何でもOK」なので、標準を設定する意味がなくなります。では、こうした企業はオンプレミスとクラウドのどちらを標準とすればいいのでしょうか。

何年先を見据えるべきか?

 自社のテクノロジー標準を規定する場合、その規定を何年維持することを念頭に置けばいいでしょうか。テクノロジーの進化は年々早くなっています。5年前に生成AIが世界を席巻することを予測できた人は極めて少数でしょう。自社のテクノロジー標準を選定する企業はテクノロジーが進化するスピードが飛躍的に加速していることを前提に、自社標準の有効期間を規定すべきです。

 また、テクノロジー標準を規定することはIT環境の進化を止めるリスクを高めます。10年間にわたって自社標準以外のテクノロジーを排除すれば、ビジネスに先進テクノロジーを活用することは困難になります。冒頭に書いた通り、現在、先進テクノロジーの活用がビジネスにとって極めて重要なポイントになっています。テクノロジーの自社標準は、その有効期間を可能な限り短期間とし、毎年または隔年で自社標準を見直す仕組みを確立することが重要です。

テクノロジー選定のシンプルな方法

 では自社標準テクノロジーを選定する際には、どのような視点を持てばいいのでしょうか。筆者はこれまで多くの日本企業から同様の質問を受け、毎回決まった回答をしています。それは「ご自身のお子さん、または親しい若者にそのテクノロジーを使ってほしいかどうかで判断しましょう」というものです。

 自分の子どもが学校を卒業してITエンジニアとして社会に出る際に、COBOLを使ってほしいでしょうか。そんな親は皆無でしょう。COBOLという優れたプログラミング言語を否定する気持ちはありませんが、COBOLに大きな進化がないことは明らかです。同様に、ITインフラエンジニアを志望する親友の子どもに「オンプレミス環境しか運用していない企業に就職すべきではない。クラウドを積極的に活用している企業を目指すべきだ」とアドバイスするのは極めて自然だと思います。

 テクノロジーは人間が選択するものであるのと同時に、人間の育成や成長に極めて大きな影響をもたらすものでもあります。自社IT環境の継続性やITコストの観点だけでテクノロジーを選定してはいけないと筆者は考えています。企業価値は、次世代に夢をつなぐことができるかどうかにかかっているといっても過言ではありません。

 このような視点で自社標準のテクノロジーを選定し、次世代が夢を持てるIT環境やIT部門を作るべきなのです。

筆者紹介:甲元 宏明(アイ・ティ・アール プリンシパル・アナリスト)

三菱マテリアルでモデリング/アジャイル開発によるサプライチェーン改革やCRM・eコマースなどのシステム開発、ネットワーク再構築、グループ全体のIT戦略立案を主導。欧州企業との合弁事業ではグローバルIT責任者として欧州や北米、アジアのITを統括し、IT戦略立案・ERP展開を実施。2007年より現職。クラウドコンピューティング、ネットワーク、ITアーキテクチャ、アジャイル開発/DevOps、開発言語/フレームワーク、OSSなどを担当し、ソリューション選定、再構築、導入などのプロジェクトを手掛ける。ユーザー企業のITアーキテクチャ設計や、ITベンダーの事業戦略などのコンサルティングの実績も豊富。

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