「何となく多数決」で未来を決めるの? IT部門の意思決定プロセスにメスを入れよう甲元宏明の「目から鱗のエンタープライズIT」

先進テクノロジーを採用すべきかどうかを、あなたの企業ではどう決めていますか。筆者は多くの日本企業は「何となく多数決」で決めているのではと考えています。IT部門の意思決定はどうあるべきでしょうか。

» 2024年05月10日 08時00分 公開
[甲元宏明株式会社アイ・ティ・アール]

この記事は会員限定です。会員登録すると全てご覧いただけます。

この連載について

 IT業界で働くうちに、いつの間にか「常識」にとらわれるようになっていませんか?

 もちろん常識は重要です。日々仕事をする中で吸収した常識は、ビジネスだけでなく日常生活を送る上でも大きな助けになるものです。

 ただし、常識にとらわれて新しく登場したテクノロジーやサービスの実際の価値を見誤り、的外れなアプローチをしているとしたら、それはむしろあなたの足を引っ張っているといえるかもしれません。

 この連載では、アイ・ティ・アールの甲元宏明氏(プリンシパル・アナリスト)がエンタープライズITにまつわる常識をゼロベースで見直し、ビジネスで成果を出すための秘訣(ひけつ)をお伝えします。

「甲元宏明の『目から鱗のエンタープライズIT』」のバックナンバーはこちら

 多くの国内企業は4月から新年度が始まるので、この記事は新年度が1カ月強経過した頃に公開されることになります。新入社員が既に配属されていたり、これから配属されたりする企業もあるでしょう。新入社員を迎える立場にあるIT部門の読者に向けて、筆者から質問があります。

 「貴社のIT部門の新入社員はワクワクしながら仕事していますか? 新入社員がワクワクできる職場だと思いますか?」

先進テクノロジーの採用、どう決めるべき?

 今や、生成AIやクラウド、XR(VR《Virtual Reality》やAR《Augmented Reality》、MR《Medical Representatives》)などビジネスに活用できる素晴らしい先進テクノロジーが登場しています。このようなテクノロジーをどのようにして自社ビジネスに生かそうかと考えるだけでワクワクするでしょう。既存システムの運用や保守に携わっている人は、これらのテクノロジーを活用して自動化や品質向上などを検討することも楽しいはずです。

 このように考えると、企業のIT部門は5月病とは無縁の活気に溢れているはずです。しかし、悲しいことにそのようなIT部門は少数派です。先進テクノロジーの大いなる可能性に気付いていても、自らテクノロジーを駆使してイノベーションや業務変革を主導するIT部門は多くありません。

多数決では「ワクワクできる未来」は創れない

 自ら先進テクノロジーを駆使し、イノベーションや業務変革を主導するIT部門が日本に少ないのはなぜでしょうか。筆者は、元凶は「多数決」にあると考えています。「いやいや、ウチの部門では多数決なんてしていないぞ」という読者も多いでしょう。

 では、自社の意思決定プロセスを振り返ってみてください。挙手や投票といった直接的な方法ではなくても、「何となく多数決」で意思決定している企業は多いのではないでしょうか。

 多くのIT部門は定例会議を開催し、戦略や施策を決定しています。会議ではさまざまな企画や稟議(りんぎ)が俎上に上がり、部門長や組織の重鎮が意思決定に大きな影響を与える意見を述べます。多少の異論が挙がった場合も、時間内で結論を出すために、多数派の意見を採用する企業は多いと思います。筆者は、こうしたプロセスは「多数決を採用しているのと同じ」だと考えています。

 学校で「多数決は民主主義の基本だ」と教わった人もいるでしょう。ただし、多数決が唯一正しい意思決定の手段なのかどうか、よく考える必要があります。国会で、常に多数決によって結論を出すのであれば、所属議員数が多い政党の政策が必ず通ることとなり、議論そのものが無駄になります。国会の意義は、議論を重ねることで、当初案よりもより良い法律を成立させることにあるはずです。議論の必要性を否定するのであれば、国会自体も不要になってしまいます。IT部門の意思決定も自由闊達な議論の末に導くべきです。「何となく多数決」で決めるべきものでは決してありません。

多数決を取る前にすべきことがある

 筆者は前回、次のように書きました。

テクノロジーは人間が選択するものであるのと同時に、人間の育成や成長に極めて大きな影響をもたらすものでもあります。自社IT環境の継続性やITコストの観点だけでテクノロジーを選定してはいけないと筆者は考えています。企業価値は、次世代に夢をつなぐことができるかどうかにかかっているといっても過言ではありません。

 自部門が「将来有望と思われる先進テクノロジーの採用を見送る」といった、テクノロジーに前向きな若手エンジニアが理解しがたい結論を「何となく多数決」で決定する――。これに異議を唱える人が少ないのが、典型的な日本企業ではないでしょうか。筆者はこれを個人の問題として片付けるのではなく、組織の問題として捉えるべきだと考えています。

 先進テクノロジーを採用する可否は、現行の自社システムの継続性や上司への忖度(そんたく)といったしがらみを一旦捨て去って、自由闊達に議論すべきです。それを実現している組織であれば、クリエイティブな仕事が数多く生まれ、従業員のモチベーションも上がるはずです。

 「何となく多数決」する前に、次世代がワクワクして仕事に取り組むことができるIT部門の実現に向けてやるべきことは数多くあります。いま一度、自社の意思決定プロセスにメスを入れてみてください。

筆者紹介:甲元 宏明(アイ・ティ・アール プリンシパル・アナリスト)

三菱マテリアルでモデリング/アジャイル開発によるサプライチェーン改革やCRM・eコマースなどのシステム開発、ネットワーク再構築、グループ全体のIT戦略立案を主導。欧州企業との合弁事業ではグローバルIT責任者として欧州や北米、アジアのITを統括し、IT戦略立案・ERP展開を実施。2007年より現職。クラウドコンピューティング、ネットワーク、ITアーキテクチャ、アジャイル開発/DevOps、開発言語/フレームワーク、OSSなどを担当し、ソリューション選定、再構築、導入などのプロジェクトを手掛ける。ユーザー企業のITアーキテクチャ設計や、ITベンダーの事業戦略などのコンサルティングの実績も豊富。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ