〜第1回 eビジネスが生み出すものとは何か〜特別連載:ITアナリストに聞け!梅山貴彦の「eビジネス展望」

» 2001年03月22日 12時00分 公開
[梅山貴彦,@IT/イーシーリサーチ株式会社 ]

<今回の内容>

■ニュー・エコノミーは人間の想像による産物である

■eビジネスが生み出すものは「効率化」と「融合化」

■eビジネスの価値を測定してみる

■eビジネス市場規模指数

■eマーケットプレイスを牽引していく人材

■9対1の法則



ニュー・エコノミーは人間の想像による産物である

 eビジネスは、インターネットやパソコンというニュー・テクノロジによって生まれる。eビジネスとは、単に電子商取引だけを指すわけではない。eビジネスにはもちろん電子商取引も含まれるが、情報の発信や共有、マスコミュニケーションと個人コミュニケーションと、次々に増殖し、定義付けを非常に難しいものにしている。

 『ロングブーム』(ピーター・シュワルツ/ピーター・ライデン/ジョエル・ハイアット著 小川京子訳 ニュートンプレス刊)の著者ピーター・シュワルツは、その著書の中で、「2007年にはeコマースは単純にコマースと呼ばれるようになる」との予測を書き記している。

 また、「2009年にはショッピング・モールは一種の娯楽施設、物質主義のテーマパークとなり、人々はそこへ行って商品を品定めしたり、手に取って遊んだりはしても、買うことはあまりしなくなる」と予想している。現実社会においてeビジネスがすべての企業に広がっていくのも時間の問題である。

 そしてこのeビジネスはニュー・エコノミーを生み出すといわれているが、eビジネスが直接ニュー・エコノミーそのものを生み出すわけではない。ニュー・エコノミーはあくまでも人間の想像による産物なのだ。

eビジネスが生み出すものは「効率化」と「融合化」

 それではeビジネスは何を生み出すのか。それは、効率化と融合化である。効率化とは、インターネットやパソコンが企業に導入され、情報の共有化や発信が容易に行われることによって、促進されるものである。

 効率化によってつくられた余剰の人材を、リストラして切り捨てるのではなく、生きた余剰人材として組織化し、新規事業を起こす。例えば、自動車メーカーがカーナビゲーションで地図情報とレストランガイドを提供するように……である。

 振り返ってみると、1980年代の終わりから1990年代初頭にかけての米国では、情報技術を導入することにより、リストラを進め、企業はシェイプアップして伸びてきた。しかし、これは企業の単なる減量化にすぎず、一企業としてのその場の利益率が改善されたにすぎなかった。

 日本政府はいまこれをやろうとしているようだが、21世紀におけるビジネスの変革は、技術でもなく、ブランドでもなく、人間の想像力によってこれまでにないまったく新しいものを生み出していくことから始まる。

 eビジネスによって意識的につくられた余剰人材が、変革しようとし、そして増殖する。この結果生まれるものがあって初めてそれがニュー・エコノミーなのである。

 もう1つのeビジネスの産物は、融合化である。インターネットと電子商取引によって、産業間の垣根はなくなり、異なる国や地域での異なる立場を越えたスーパー・ローカライゼーションが現実のものとなる。

 例えば、銀行とコンビニエンスストアが1つになり、新しい業態(ハイブリッド)に進化する。スーパー・ローカライゼーションとは、米国の企業が日本や韓国に進出するのではなく、米国と日本と韓国の企業が広範囲にわたって提携することによって、仮想的な1つの企業となって生まれ変わるようなものである。

 従来、他国への進出といえば、1つの企業が膨大な資金を投下して、文化、商習慣や法律の違う国々に支社を設立してきた。しかし、インターネットで世界中がつながり、個々の経済が独立性を主張できる時代においては、グローバリゼーションは今後それほど大きな意味を持たない。

ALT 図1 eビジネスが生み出すもの
Source:EC RESEARCH、 2001/3

eビジネスの価値を測定してみる

 私は、イーシーリサーチ(以下ECR)という調査会社で、eビジネスに特化した調査を行っている。各企業がeビジネスによってニュー・エコノミーを生み出すのをサポートし、状況を見誤らないように、ECRではeビジネスの価値を測定する指標を作ってみた。これを「eビジネスの価値基準TM」と呼ぶことにする。

ALT 図2 eビジネスの価値基準TM
Source:EC RESEARCH、 2001/3
注:紫色の文字で表記された項目については2001年4月中旬発表予定

 eビジネスの価値基準TMとは、よく知られているポートフォリオ分析のようなものである。縦軸に現状から算定できるeビジネスの市場規模(eビジネス市場規模指数)をとり、横軸には各産業の市場の今後の成長能力(eビジネス潜在能力指数)をとる。この座標軸によって、そのeビジネスの価値を判断するものである。

ALT 図3 eビジネスの価値基準の座標
Source:EC RESEARCH、 2001/3

eビジネス市場規模指数

 eビジネス市場規模指数とは、その産業がどのくらいの規模、あるいは力を持っているのか、そしてその産業がどのくらいeビジネスを適合させることができるのか、どのくらい情報技術(IT)を導入しているのか、を指数化したものである。

 これらの要素が、市場規模を決める。産業の規模(市場需要額)とは、産業別の国内総生産(GDP)と総売上高からなる。eビジネスの適合基準とは、前述の効率化と融合化がどれほど行いやすいか、という指数である。

 効率化基準とは、汎用性のある人材、つまりホワイトカラー(企画管理・法務(統制)、人事・総務、研究開発、調達・提携など)の人数から割り出した就業割合を効率化基準として指数化したものである。

 融合化基準とは、組織を管理・統括、事務・財務、技術・専門、インフラ、原材料、製造、販売、サービスの8職務に分類し、それぞれにおいて5段階で評価し、それを就業割合に乗じて指数化したものである。

 これらのeビジネスの適合基準が高ければ高いだけ、新規事業部を設立したり、他社と合併したりする可能性が高いといえる。しかし、人材が多いだけでは意味がなく、そこに情報技術の導入がなければ、その人材の有効活用はできない。

 つまり、その人材が情報技術を使えるということが1つの前提条件となってくるのである。それが情報技術の導入率ということになる。情報技術の導入率は、インターネットの普及率と、電子商取引の導入率によって、表される。

 横軸のeビジネスの潜在能力指数は、市場潜在能力とeビジネス適合能力を乗じた結果によって表される。市場潜在能力とは、国内総生産や総売上高の成長率、産業別の利益率によってみることができる。eビジネスの適合能力は、ECRが予測する5年後のeビジネス市場成長率とeビジネス投資成長率によって表される。

ALT 図4 効率化基準
Source:EC RESEARCH、 2001/3

eマーケットプレイスを牽引していく人材

 日本の就業人口は(1997年 総務庁調べ)約6300万人であり、企画、人事、財務、研究開発などの純粋なホワイトカラーが約2300万人存在する。販売に従事する約900万人とあわせて、約3200万人がホワイトカラー人口となる。

 これらの人々すべてがというわけではないが、eビジネスによって効率化が図られ、ニュー・エコノミーを生み出したと考えてみてほしい。その力は、偉大である。eビジネスによって、人の力は2倍にも3倍にもなるといわれている。

 例えば、3000万人の3倍は9000万人である。米国の労働人口に匹敵する数である。これだけを考えてみても、eビジネスに取り組む意義があるというものである。逆にいえば、取り組まなければ、そこには悲劇が待っているとしかいえない。

 財務や販売といった人材は、インターネットによって産業ごとに形成されるeマーケットプレイスで活躍するだろう。eマーケットプレイスは、証券取引所と中央卸売市場とオークションをあわせたようなものである。そこでは、売り手と買い手が集い、かつ川下と川上という業界の壁を越えて、商品取引所を形成している。まさに、ニーズとシーズの直結である。

 いずれ各産業は、このeマーケットプレイスを中心として発展していくだろう。そのためにも、既存の産業で力を持った人材が、eマーケットプレイスの形成時点のリーダーになっていくことが重要だ。

 例えば、自動車製造業に働く財務や販売の担当者が中心となって、新規事業として自動車製造業のeマーケットプレイス事業を行う、といったようなことが起きてくる。各産業におけるこれまでのリーダー企業が、eビジネスの取り込みにおいて血のにじむような変革を行った結果、それぞれの市場でeマーケットプレイスを形成していくとみられる。

ALT 図5 eマーケットプレイス
Source:EC RESEARCH、 2001/3

9対1の法則

 よくオールド・エコノミーとニュー・エコノミー(この場合のニュー・エコノミーは、ドットコム企業を指す)はどちらが勝者になるのか、という議論があるが、既存の産業において、私は9対1の法則といっている。つまり、上位10社のうち、9社はオールド・エコノミーが占め、残りの1社がドットコム企業であると。

 私は、特にドットコム企業に可能性がないといっているのではない。すでに確立した垂直産業においては、オールド・エコノミーがeビジネスを取り込むことによって、容易ではない道程を経て、最終的には勝者として返り咲く可能性が高い。

 そのような歴史的企業を相手にして、たとえ1社でもドットコム企業が上位に入るということは、すごいことだ。ドットコム企業は、あまり大きな企業のない水平的な産業で成功すると考えた方がいい。

 例えば、自動車や化学、電気・ガス・水道、鉄鋼といった産業で、ドットコム企業が勝者になるためには、膨大な資金と、既存概念をうち崩すような根本に立ち返った想像力が必要である。これを実現するのは、不可能とは言い切れないが、至難の業である。

 一方で、さまざまな産業の研究・開発だけを行う、各産業の提携を推進する、といった水平的な事業は、これまで巨大な企業もなく、組織化することも難しかった。このような事業は、ドットコム企業の適性を生かせるといえる。

 オールド・エコノミーからeマーケットプレイスの勝者が誕生し、その勝者がさまざまなeマーケットプレイスをつなぐ新しい中間業者へとさらに発展して進化していく。エネルギー供給企業のエンロンが、通信業者へと事業の幅を広げるように、日本企業も次々と進化を遂げていくだろう。

(第2回へつづく)

著者プロフィール

梅山貴彦

情報産業界で15年の経験を持つIT関連のアナリスト。IDC Japan株式会社では調査担当副社長を務め、eビジネス、インターネット、パソコン、PDA、コンシューマ機器、ネットワーク、コミュニケーションなどの調査分野を統括。2000年9月にイーシーリサーチ株式会社(以下ECR)を設立、代表取締役社長に就任。ECRでは、調査プログラム全体の設計や新しい概念の調査手法なども推進している


略歴

1986年2月 テクノシステム・リサーチ アシスタント・ディレクター

1989年11月 株式会社日立ハイソフト マーケティング部

1990年1月 株式会社日立製作所 パーソナルコンピュータ 商品企画部

1993年1月 IDC Japan株式会社 リサーチグループ シニアアナリスト

1997年5月 同社 調査担当副社長就任

2000年9月 イーシーリサーチ株式会社 代表取締役社長 & CEO就任

*ECRホームページ「e談話室」もご覧ください


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