いまさらいうまでもなく、私は「eビジネス展望」というテーマで本稿を書いているのだが、eビジネスやITが本当にこれからの社会を支えるのか、疑問に思っている人もいるだろう。
<今回の内容>
■eビジネスへの不安
■企業とは何かを考える
■変革の波に乗る
■コンセプトをつくる
■仲間を広げる
つい最近、2001年4月12日、米国のインターネット・コンサルティング会社のマーチファースト社(marchFIRST,Inc)が、倒産申請を出した。この会社は、2000年3月に設立されたのでこのような名前になっているようだが、インテグレータのホイットマン・ハートとUSウェブ/CKS社の設立時36億ドルという大型合併であった。
同社はeビジネスで注目されるSIPS(シップス)、そのまま訳すと「戦略インターネット・プロフェショナル・サービス」という分かったような分からないような先進分野の会社である。この分野は、企業がインターネットを導入する際に事業戦略、Webデザイン、ITコンサルテーション、システム・インテグレーションの要素をまとめて提供しようとするものだ。
最近では大手コンサルティング会社も参入してきて注目されている分野である。このような分野で、新興大手の企業が1年余りで倒産するなんて、eビジネスは、本当にビジネスのコアと考えて大丈夫なのか……。
心配は無用である。忘れてはいけない。インターネットやeビジネスは、「効率化」と「融合化」の道具・手段である。
このマーチファースト社の2000年4月14日の株価は、23.68ドル(MRCH-Nasdaq)から始まっている。ところが、1年後の2001年4月12日には31セントにまで下がってしまった。このケースを見ると、eビジネスを前面に持っていき投資家の期待の高まりに押しつぶされた感がある。
eビジネスを過信してはいけない。事業として考えるとき、その事業自体が「本当に成り立つのか、もうかるのか」、企業として、組織として「利益を上げてやっていけるのか」が重要である。まずは事業として成り立つことが、最優先なのである。
2000年までの米国や日本のeビジネスの問題点は、そのビジネス・モデルや技術の先進性とブランディングだけで、株式公開して巨額なキャピタル・ゲインを得ているということだった。ふ化途中の卵の殻を透明にしたり、割ったりするようなものである。
とりたててIPOが悪いといっているわけではない。企業価値があれば、早期に株式公開して、資金を調達して急速に事業を拡大できる。しかし、ビジョンと、小さくてもその事業をやっていくだけの企業としての形態を整えていないといけない。ただし、早期の投資回収や利益といった表面上のものに固執してもいけない。
そもそも企業とは何のために存在するのだろうか。収益をあげ、従業員に報酬を支払い、良い商品やサービスを提供して社会に貢献し、政府に税金を納める。こんなものだろうか。電子辞書の広辞苑で「企業」を引くと、「生産・営利の目的で、生産要素を統合し、継続的に事業を経営すること。また、その経営の主体」となっている。
では、経済の発展とは何だろうか。産業とその中にいる企業が、将来のシナリオを決めてまい進し、大きく成長することだろうか。企業はもっと個人的なものだと考えられる。1人の人間が、1家族が生活の糧を得るための方法である。そして家族や1人では限界があるので、人々が協力しあって、その生活の糧を得るための組織となった。
この原稿を書いているいま、自民党総裁選の真っただ中にあるが、それぞれの候補が経済政策を主体とするもの、財政再建を主体とするもの、またはそれら両方を政策としている。個人的な意見であるが、餅屋は餅屋で、財政再建に注力する方が良いような気がする。
一般的な経済政策といえば、やはり公共投資となってしまうような気がしてならない。そうするとゼネコン、地方自治体、銀行、第三セクターというお決まりのセットが思い浮かぶのは、私だけだろうか。これでは、過去に繰り返してきた、実りの少ない事業が起こるだけである。
なぜ、政府による事業が成功しないのか、それは、政策ではもうけることを明確に目的としていないためである。また、その事業のマネジメントをする組織が複数存在していることによる。銀行も結果的にこのような事業に融資して、不良債権になっているのではないか。
富士銀行は戦前から戦後にかけて、中小企業に貸付して大きく成長した。混乱期には中小企業が大きく成長する。政府事業や大企業が、混乱期や変革期に2倍、3倍と成長すると考える方が難しい。せいぜい1けた成長程度である。これでは投資ではなく、どちらかといえば貯蓄のようなものである。
いまの経済政策とは、新しい事業への投資のことである。いまどき、ダムや道路をつくるニューディール政策では、時代に適合できない。しかし、一見すると何の保証も将来も見えないようなベンチャーや中小企業へ、政府が細々と投資をして、緩やかな経済回復のシナリオを描いているとも思えない。
確かに中小企業助成金制度やベンチャー育成制度も実施されているが、政府に期待されているのはダイナミズムである。財政再建は政府が頑張って実施するとして、経済再建はどうするのか。これは個々の企業が頑張るしかないのである。60年前の富士銀行が行っていたことを、現在の巨大金融グループ企業にも実施してほしいものである。
前回の話で「eビジネスのヒントは“開き直り”にある」としたが、1)とにかく考える、2)なにかまねをしてみる、3)変革を起こすということが骨子であった。勝手なことばかりいって申し訳ないとは思っているのだが、今回はeビジネスの“変革の起こし方”を考えてみる。
まずは「変革の波」に乗ることである。いま、自分がいる産業で何が起きているのか、著しい変化はあるのか、その変化の中にビジネス・チャンスはあるのかを考えることから始める。あるいは、とにかく批判的になって考えてみる。取りあえず私の考え方に批判的になってみてほしい。これが意外と考えやすい。
では、自分のいる産業のGDPがどのくらいあるのか、また、それがどのくらい伸びているのかを調べてみてほしい。図1の「eビジネスの可能性」には、主要15産業の1999年のGDP(国内総生産)とその成長率が記載されている。
運輸業を見た場合、GDPは23兆円とそれほど大きくはなく、中間的といっていいだろう。1998年から1999年のGDP成長率は、マイナス1.4%となっている。運輸業の下に通信業があるが、GDPは16兆円程度だが、成長率は9.6%となっている。そこで、この運輸業と通信業をうまく融合することができないだろうか、と考えてみる。
すると、ふと、この間見ていたテレビのドキュメンタリーを思い出す。神奈川県のあるモノレールが20年ほど前、採算がとれず廃線になっており、これが住宅地を通っていた。住民は、この線路を住居の一部として倉庫や物干しとして利用しており、この運輸業者は、もう線路としての再利用ができない。しかし、このまま放置することもできずに苦慮しているというような内容であったかと思う。
この線路跡に光ファイバを引いたらどうであろうか、死んでいた路線がよみがえりその近隣の住居地にブロードバンド・インターネットサービスが展開できる。そのように思ったらとにかくデータを集め、事業としてのコンセプトを絞り込んでいく。そのコンセプトは、だれにでも分かりやすく、説得力があり、かつデータに裏付けされているものとすることだ。
コンセプトづくりに際して、eビジネスから事業を考えてはいけない。自分の信ずること、やりたいことがあって初めて、そのためにeビジネスやITは使えないかと検討する。eビジネスの検討の仕方は、事業の要素を思い浮かべてみる。各部門といった方が分かりやすいかもしれない。
経営統括、法務、財務・経理、総務・人事、研究開発、調達・提携、仕入、製造、物流、広告・宣伝、マーケティング、販売・営業、サポートなどという分野に対して、いま自分の会社はどこが強いのか、弱いのかを考える。
ここでの強みづくりの中で、やっとキーワードとしてeビジネスやITが登場してくる。これまでのeビジネスは、このマーケティング、販売という部門を肩代わりするというシンプルなものである。今後は、この範囲が広がり、すべての部門にeビジネスが広がっていくことになる。
例えば、財務・経理などの業務が強いという企業があったとして、この財務業務を社内でASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)化していくとする。これにより、人材の省力化が生まれ、これがこの企業のさらなる強みとなる。この財務の余った力と業種知識を持ったアプリケーションを関連産業の小規模企業などにASPとして提供していくと、事業を広げていくコンセプトの発想ができる。
先日、ある経営者の集まりがあって参加したのだが、東京の近郊で家電商品の電子商取引を事業とする企業の社長から興味深い話を伺った。この社長は、次のようにおっしゃっていた。「家電商品をインターネット上で販売することによって、顧客は全国へと広がっていった。販売量も増え、事業としては、順調に進んでいる。しかし、顧客が広がり過ぎて見えなくなってきている。また、ホームページで大型家電店と価格比較して直接購入にくる地元の顧客も、急速に拡大してきている。それで今年はeビジネスを抑えて、地元密着型の家電店になろうと思っている」
一見時代と逆行するかのようである。しかし、ここで注目すべきは、この企業の強みが、低価格、在庫、マーケティングにある、という点である。当初の立ち上がりは電子商取引を強みとしていたが、ホームページの役割は、価格比較と在庫状態を知らせるものとなったのである。これにより、この企業は、全国ではなく近隣の顧客が、すぐにホームページを見て購入できるという強みを得たのである。
eビジネスのコンセプトが出来上がったら、未完のプランとしてでよいから、とにかくほかの人に話すことである。それによって叩かれ、それでも食い下がり、だんだんとシナリオやビジョンがしっかりとしてくる。
ここで重要なのは、多くの人が納得できるような事業の強みとなるメリットを伝えられるかどうかである。そのためには、頻繁に新しい事業のアイデアをいろいろ出すことである。初めから事業計画とか財務・予算などにこだわってはいけない。
その次にすべきこと、それは、そのコンセプトの具体的な推進内容について、協力者を巻き込んで、詰めることである。技術に詳しい協力者には「どんなeビジネスを組み込むか、それにはいくらかかるのか」、財務の協力者には「どこからどんなタイミングで資金を調達するか」と、広げていくのである。
これは、ベンチャー・ビジネスを立ち上げようとする者だけでなく、たとえ経営者であっても、eビジネスを新たに立ち上げようとする場合には、同じことをする必要がある。つまり、事業コンセプト、強み、実施方法、eビジネスの技術の取り込み方、将来へのシナリオ、財務・予算組みというプロセスを通してやっと事業としての変革を起こす計画書が出来上がるのである。
そして、忘れてはならないもう1つの大きな効果は、この変革の事業のコンセプトを人に伝えることにより、そのコンセプトに同意してくれた人が、協力者として仲間になってくれる可能性があるということである。こうして仲間を広げることにより、変革に向けた活動が初めて可能になるのだ。
(第4回へつづく)
梅山貴彦氏
情報産業界で15年の経験を持つIT関連のアナリスト。IDC Japan株式会社では調査担当副社長を務め、eビジネス、インターネット、パソコン、PDA、コンシューマ機器、ネットワーク、コミュニケーションなどの調査分野を統括。2000年9月にイーシーリサーチ株式会社(以下ECR)を設立、代表取締役社長に就任。ECRでは、調査プログラム全体の設計や新しい概念の調査手法なども推進している
略歴
1986年2月 テクノシステム・リサーチ アシスタント・ディレクター
1989年11月 株式会社日立ハイソフト マーケティング部
1990年1月 株式会社日立製作所 パーソナルコンピュータ 商品企画部
1993年1月 IDC Japan株式会社 リサーチグループ シニアアナリスト
1997年5月 同社 調査担当副社長就任
2000年9月 イーシーリサーチ株式会社 代表取締役社長 & CEO就任
*ECRホームページ「e談話室」もご覧ください
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