ERP導入プロジェクト体制作りにおける“誤解”で失敗ERP導入プロジェクト失敗の法則(2)(2/2 ページ)

» 2005年09月06日 12時00分 公開
[鍋野敬一郎,@IT]
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ERP導入失敗事例──裏目のチームリーダー選定

 『ERP推進を阻んでいるのは何か』――

事例B:ある情報システム部長の苦悩

 中堅の製造業であるB社は厳しいビジネス環境を乗り切り、ようやく売上/収益ともに事業内容が好転してきた。そこで長年の懸案であった全社システムの再構築プロジェクトを立ち上げることになった。

 社長直轄の経営企画部と情報システム部を中心として、BPR/業務改革フェイズ IT戦略と具体的な活動目標の計画立案を終えた。その次のステップとして今回のプロジェクトの目玉となる全社基幹システムの再構築に向けた体制の構築とERPシステム導入を行うこととなった。

 まずは、老朽化した経理システムと生産管理システムの再構築を起点としてERP導入を行うことになり、ERPパッケージとベンダの選定が必要であることから責任者は情報システム部門長の私が任命された。BPR/業務改革については、経営企画部がリーダーシップを取ったが、今回はシステム構築前提ということから私がリーダーシップを取れとの社長の指示があったのだ。

 ERP導入検討フェイズが始まって1カ月がたったが、ERPパッケージを選定するための要件取りまとめにめどが立たない。旧システムのリースアップの期限まで1年を切ったためシステム導入を急ぐ経理部門と、これを機会にできるだけ良いシステムを構築したいので検討の時間を延長してほしいという工場の意見調整に困難を極めているのだ。システムの安定稼働という観点からいわせてもらえれば、とにかく経理システムだけでもプロジェクト開始のめどを付けなければならないのだが。正直、私には両者の要件に優先順位を付けて決裁できるだけの知識と判断材料がない。また、社内の政治的な背景もありこうした争いに巻き込まれたいとは思わない。

 いっそのこと、両者が必要とする機能要件をリストアップして対応する機能が一番多いものを選定しまおうかと思うのだが、ERP導入を失敗しないためにはこれもやむをえないかもしれない。



失敗の理由とその対策

 さて、この事例における失敗は「将来の全社最適を目的とするビジネス基盤構築の判断を、情報システム部門長に任せてしまったこと」です。つまりERP導入が頓挫した原因は、責任者が調整に必要なリーダーシップを発揮できなかったためです。ERP推進を阻んでいたのは、社長が「システム導入選定だから」という理由で、チームリーダーの選定を安易に考えてしまったことが真因だといえそうです。

 今回のケースは、「ERP導入検討フェイズ」というシステム寄りのフェイズであったため一見違和感のないリーダー選定が裏目に出てしまったといえます。

 この状況を打開する2つのアプローチを考えてみましょう。

 1つは、このフェイズのリーダーを情報システム部長からBPR/業務改革フェイズの経営企画部長へ戻して早期の決断を促し、情報システム部門長にはERPパッケージとベンダ選定という限定した役割を再設定する方法です。この対策のメリットは、調整に必要な判断力と支援体制を持たない情報システム部長の責任を軽減し、本来得意とする分野で力を発揮してもらうことにあります。デメリットは「情報システム部長が与えられた役割を果たせなかった」という評価になることです。これは情報システム部門長のやる気をそぐことのみならず、リーダーを任命したトップの社内評価にも影響するでしょう。

 もう1つの対策は、ERP導入検討フェイズに厳格なスケジュールを決めず、現在のリーダーである情報システム部長が両者の調整を完了するまで根気よく論議を尽くすようにトップが主導することです。この場合、リースアップが迫っている経理システムについては再リースを前提として承認し、ERP導入計画に折り込めるならば、このタイミングでリプレイスを行うことにしてしまいます。この場合のメリットは、全社でERP導入という共通課題に取り組むことが部門間の垣根を越えた素地を作り、将来のあるべき姿を全部門で共有できることです。デメリットはコストアップと最悪の場合は調整失敗によるERP導入プロジェクトの棚上げを招くというリスクがあることです。

必ず失敗するERP導入体制

 「あらゆるプロジェクトの成否の鍵は人(組織)にある」といわれますが、ERP導入失敗の多くは、適切な判断力と行動力を持たない人を安易にプロジェクトリーダーにしたりメンバーに加えたりすることが理由だと思います。

 頻繁に見られる失敗パターンは、「ERP導入プロジェクトは全社プロジェクトで社長直轄の重要案件である」といいながら、そのプロジェクト体制は通常のシステム構築体制にちょっと手を入れた程度のチーム編成にしてしまうことです。いくら権限を与えたといっても、管理部門の情報システム部長にこのような全社プロジェクトの責任を安易に任せるのはうまいやり方とはいえないでしょう。せめてエンドユーザー部門ににらみの利く強力な支援体制を整えるなどの配慮が必要です。

 またエンドユーザーからのプロジェクト参加メンバーに対して、「通常業務優先」とか「兼務可能な範囲内で」といった条件付きにするケースも多いようですが、これもやめた方がよいと思います。結果として、情報システム部門のメンバーにしわ寄せがいくことになり、エンドユーザーの真意が反映されないシステムが出来上がる可能性も高くなります。さらに、情報システム部門のメンバーも苦労して報われないという結果が事前に分かってしまうためでプロジェクトに対する意欲も低くなります。エンドユーザー代表として参加するメンバーには、たとえ兼務であったとしても担当する業務範囲のシステムの出来に対して責任を取らせることにした方がよいでしょう。

【Keypoint】

  • ユーザー主体の導入を行うこと。「総論賛成・各論反対」は失敗の最大要因
  • 将来を担う「各部門のエース」を投入し、大幅に権限を委譲する
  • 部門の論理」を超える体制作りが企業を活性化し、ERP導入成功を導く

[×]失敗の法則

ERP導入プロジェクトでは、ERPパッケージという製品の性格上、各現場業務に精通したユーザー部門を代表するメンバーが中心となって進めていく必要がある。その際、ERP導入について各ユーザー部門が「総論賛成、各論反対」の立場で導入プロジェクトに積極的に参画せず、必ずしも「プロジェクトチーム=ユーザー部門の代弁者・代表者」とならなかった場合、次のような問題を抱えることとなる。

「関連各部門の協力が得られない」「システム導入に伴う各ユーザー部門の判断・決断ができず納期が遅れる」「出来上がったシステムがユーザー部門に受け入れられない・使い物にならない」


[○]成功への道しるべ

現場の現状業務に精通し、将来のあるべき姿などを視野に入れながら各種判断を的確に行える人間──すなわち、“各ユーザー部門のエース級”を投入し、このプロジェクトチームに権限を大幅に委譲することが成功の鍵になる。プロジェクト体制についても、部門間の調整/各局面における迅速な決断を行える体制作りが求められる。例えば、右記のような体制が例として挙げられる。




 ERP導入プロジェクトのチーム編成やリーダーの選定は、トップマネジメントの責務であり、その正しい判断はERP導入プロジェクトを成功させるための必須条件であると思います。対立する部門間の利害関係を調整し、全社レベルの判断を下すことができないプロジェクト体制では、当然ERP導入プロジェクトを成功させるのは難しいといえるでしょう。

 次回は、ERPソフトとベンダ選定について、そのコツやポイントなどをご紹介いたします。

profile

鍋野 敬一郎(なべの けいいちろう)

1989年に同志社大学工学部化学工学科(生化学研究室)卒業後、米国大手総合化学会社デュポン社の日本法人へ入社。農業用製品事業部に所属し事業部のマーケティング・広報を担当。1998年にERPベンダ最大手SAP社の日本法人SAPジャパンに転職し、マーケティング担当、広報担当、プリセールスコンサルタントを経験。アライアンス本部にて担当マネージャーとしてmySAP All-in-Oneソリューション(ERP導入テンプレート)を立ち上げた。2003年にSAPジャパンを退社し、現在はコンサルタントとしてERPの導入支援・提案活動に従事する。またERPやBPM、CPMなどのマーケティングやセミナー活動を行い、最近ではテクノブレーン株式会社が主催するキャリアラボラトリーでIT関連のセミナー講師も務める。


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