デスマーチの構造: プロジェクトは始まる前に失敗している Vol.2ITアーキテクトを探して (15)(2/2 ページ)

» 2007年03月01日 12時20分 公開
[構成:唐沢正和,@IT]
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プロジェクト成功のカギを握る交渉術

 「デスマーチプロジェクト」をうまく管理運営していくための2つ目のポイントは、プロジェクトに関する交渉術です。特に、スケジュールや人員、予算が事前にしっかり交渉されていないと、プロジェクトは失敗に終わってしまう可能性が高くなります。スケジュールや人員、予算に関しては、最初に交渉を行い、その中で妥協点を見いだしていく必要があります。そして、何をもって成功なのかという点をしっかりと確認しておくことです。もちろん、ここでも政治的な理解を得ることが必要です。つまり誰が権限を持って、成功だと決めるのかということです。私のいままでの経験から、プロジェクトリーダーが個人的に成功だと決めても、お客さんや上層部はそう思っていない場合も多いからです。つまり、常に利害のある人が合意に達していない場合は、失敗する可能性は非常に高いといわざるを得ません。

 さらに、交渉術には見積もりの手法も重要になります。実際に見積もりをする際、プロジェクトの経験者でなかったり、見積もりの知識がない担当者が見積もりを行うと、単に推定しているだけになりかねません。そのため、ソフトウェア企業は見積もり部門を別に設けた方がよいという指摘もあります。米国では、商業的な見積もりツールも販売されていますが、大きなプロジェクトのうち、こうしたツールを使っているのは5%以下というデータがあります。これは本当に驚くべき数値です。

 私が個人的な経験の中で、プロジェクトの交渉で直面した問題は、見積もりプロセスではなく、トレードオフに関する交渉が大きな課題でした。どのような見積もりをお客さんや上司に出そうとも、それは受け入れられなかったからです。そのため、早く出荷するためにはどれだけの人材が必要、または、より少ない人材でプロジェクトを行うためにはこれだけの時間が必要などといったトレードオフが行われるわけです。しかも、この段階が、エンジニアとマネージャやお客さんとの間で、最も大きな混乱が起きるときでもあります。というのも、技術畑ではないマネージャやお客さんは、人と時間、また人と資金のトレードオフは簡単にできるものと考えるからです。プロジェクトを倍の速さで終わらせるためには、単純に人を倍にすればいいと考えがちなのです。しかし、技術畑のエンジニアは、必ずしもそううまくいかないことを知っています。もっと複雑な計算が必要なのです。この部分では、商業的な見積もりツールを使うべきだと考えています。

 とくに、「デスマーチプロジェクト」では、トレードオフの交渉が始まると、合理的な話し合いにはならないことがほとんどです。いわゆる“交渉ゲーム”が始まるのです。上層部は、エンジニアが出してくる見積もりは水増ししていると判断して、それを減らしていくのです。もし、正確な見積もりを出したなら、とても悲惨な結果になることでしょう。

エンジニアの生産性を高める、働きやすい環境作りを

 最後に、「デスマーチプロジェクト」を成功させるためのアドバイスとしては、チームのやる気やモチベーション、貢献度を大切にすることです。プロジェクトマネージャとしては、チームのメンバーにすべてのことを正直に伝えることが必要です。決してうそをついてはなりません。理想的な状況は、個々のエンジニアのプロジェクトへの忠誠心が、個人的な趣味や家族の時間などよりも優先されることです。この忠誠心は、良いとも悪いともいい切ることはできませんが、プロジェクトマネージャとしては忠誠心の度合いを知っておく必要はあるでしょう。

 貢献度を考えた場合も、単に厳しくサービス残業を強いるのではなく、働きやすい環境を作ってあげることが大切です。エンジニアは、上司は嫌いでも、自分たちが取り組んでいる仕事自体については、高い満足度を持っている人が多いからです。「デスマーチプロジェクト」の中には上司の行動が間違っていたために、前向きなチームスピリットで非常に生産性の高いチームの協調性が崩れて、結果として、チーム全体が自滅型に陥ってしまうことも少なくありません。「デスマーチプロジェクト」成功のためには、生産性の高いチーム環境が必要とされるのです。

 また、働きやすい環境を考えた場合、企業規則のルール違反も必要になると考えています。それは、ほかの業務に中断されて集中できない事務所で仕事をするよりも、自宅など静かなところで仕事をする方が生産性が高いからです。実際に、自分の職場が静かで働きやすい場合、そのエンジニアが欠陥ゼロを達成する可能性は30%以上高いといわれています。そして、欠陥ゼロを達成した人の60%以上が自分の職場は静かで働きやすいと答えています。一方、欠陥を出してしまったエンジニアは、そのうち8%しかいないそうです。エンジニアに、静かで働きやすい環境を与えることがいかに重要かが分かります。

 確かに、大半の企業では自宅で仕事をすることは企業規則に反することかもしれません。それでも、厳しい状況の「デスマーチプロジェクト」を成功させたいならば、そのルールを破るべきだと私は考えています。

 もしかしたら、今回の基調講演では、皆さんの志気をそぐようなことを話したかもしれません。しかし、エンジニアのほとんどがプロジェクトについて楽観的に構えてしまいがちです。私は毎日、今日こそ世界を変えてやろうという意欲を持って目を覚まします。それと同時に、素晴らしい結果を出しながら、自分も楽しみたいと思っています。たとえ、その日がとても大変な日になったとしても。皆さんも、こうした意欲をモチベーションにしてもらいたいと思います。そして、ぜひ、皆さんの「デスマーチプロジェクト」を成功させてください。

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