ITアーキテクトが備えるべきスキル標準ITアーキテクトを探して(1)

 言葉だけが先行している感があった「ITアーキテクト」の人物像が、徐々に明確になりつつある。独立行政法人である情報処理推進機構(IPA)では“ITアーキテクト像”を明確にし、1年半をかけて「ITアーキテクトが備えるべきスキル標準」を整備してきた。2003年12月に発足したプロフェッショナルコミュニティ/ITアーキテクト委員会の活動報告から、ITアーキテクトの姿を追っていく。

» 2005年08月17日 12時00分 公開

ITアーキテクトらが自らの職務を総括

 2003年12月、経済産業省の外郭団体である情報処理推進機構(IPA)に「プロフェッショナルコミュニティ」が創設された。プロフェッショナルコミュニティとは、ビジネスIT分野をけん引するエキスパートが会社や組織の枠を超え、日本のIT人材のレベルアップに貢献することを目的とした業種横断的なワーキンググループ。2005年5月現在、ITアーキテクト(ITA)委員会、アプリケーションスペシャリスト委員会、プロジェクトマネジメント(PM)委員会、OP(オペレーション)委員会、ITスペシャリスト(ITS)委員会、コンサルタント(CONS)委員会という6つの委員会から構成されている。

 同コミュニティの成果は、IPAが策定する「ITスキル標準」(IT Skill Standard、以下ITSS)および研修ロードマップの完成・改定という形で表れる。ITSSとは、ITサービス分野を11種に分類し、分野ごとに備えるべきスキルの達成度指標や熟練度をまとめたもの。プロフェッショナルコミュニティの各委員会では、“ビジネスIT分野におけるハイレベルな人材”の視点でITSSの指標を検討し、人材の育成および支援に当たる。

 さらにこのコミュニティは、「プロフェッショナルの実像を示す」という観点から、「どういう人が・何をしているのか・どういう経緯を経て、現在の職種に至ったのか」を広く認知させる役割も持つ。つまりプロフェッショナルコミュニティのITA委員会メンバーこそ、“ITアーキテクト”その人というわけだ。

 現在ITA委員会は大手メーカーSI企業や独立系SI企業の気鋭メンバー14名から構成されている。その成果発表から、「ITアーキテクト」の定義を追っていく。

業界におけるITアーキテクトの位置付け

 ITA委員会の主な活動は、表1のように4つに分けられる。簡単にまとめると、ITアーキテクトの育成と発展を目的とし、メンバーの調査、ITアーキテクトの活動範囲、スキルの体系化を目指している。その狙いはズバリ、業界を挙げてのITアーキテクトの育成だ。

ワーキンググループ活動名 成果物作成の目的 成果物の対象者
ITアーキテクト育成ハンドブックの作成 ITアーキテクトを目指す、ならびにITアーキテクトをこれから育成されようとする方を対象としたハンドブックを作成する ・これからITアーキテクトを目指そうとしている人
・ITアーキテクトの育成を担当している人
参照アーキテクチャ調査 ITアーキテクトがグランドデザインをするときの参照資料となりえる参照モデルにつき、調査/収集し、公開する ・成果物を利用して作業するITアーキテクト
・ITアーキテクトを目指そうとしている人
ITアーキテクトの責務と活動プロセスに関する研究 ITアーキテクト活動の支援を目的とし、左記研究活動を通してITアーキテクトの活動を明確化し、定義を試みる ・ITアーキテクトとして自らの向上を図ろうとしている人
ITスキル標準/研修ロードマップに関する改善指南 ITスキル標準/研修ロードマップのITアーキテクト分野ついて、プロの目から改善すべき時効を指摘する。(補足)改版作業はIPAにて、別途行う ・ITアーキテクト分野のITスキル標準/研修ロードマップを活用している人
表1 ITA委員会の主な活動

  ITA委員会の定義によると、ITアーキテクトの役割は「『ビジネスの要求』に的確に応える整合性の取れたアーキテクチャの構築」だという。こうした役割が注目されてきたのは1990年代初めのころ、オープン型システムが登場した時期だ。それまでのシステムは、メインフレームベンダーごとに単一の技術で、大型コンピュータ(メインフレーム)を設置し、ダム端末を通じて事務処理を実行するものだった。しかしオープン技術の登場とともに、ハードウェアやOS、データベース、アプリケーションに至るまで、さまざまなベンダーの技術を組み合わせたシステム開発が主流となり、“整合性”が意識されるようになってきた。

 加えて、システムの適用範囲も広がってきた。単なる事務効率の手段ではなく、ECサイトのようにビジネスそのものの基盤であったり、あるいはERPのように経営ツールとして利用されることもある。つまりシステムに対してビジネス的な観点からの要求が強くなってきたわけだ。今日のシステム開発の進め方は、一般的に「ビジネス要求を把握し、その要求に合った整合性のあるアーキテクチャを設計し、実装する」という手順を取っている。「ビジネスの要求」を「アーキテクチャに落とし込むこと」に責任を持つITアーキテクトは、IT企業のコアビジネスを支える中心人物といってもいい。業界を挙げてITアーキテクトの育成に注力する理由はここにある。

ITアーキテクトの職務範囲

 まず、ITアーキテクトの職務範囲を深く掘り下げていく。ITA委員会では、ITアーキテクトの活動を図1のように表現し、「ビジネス領域での経営戦略や実現するビジネスプロセスの検討結果を入力として、ITアーキテクチャを設計し、成果物としてITアーキテクチャの設計内容を出力」する、としている。

ALT 図1 ITアーキテクトの活動 (出典:プロフェッショナルコミュニティ ITアーキテクト委員会「ITアーキテクト育成ハンドブック)

 この活動をさらに詳細に、IT投資の局面からとらえたものが図2だ。

ALT 図2 IT投資の局面と活動領域の関係 (出典:プロフェッショナルコミュニティ ITアーキテクト委員会「ITアーキテクト育成ハンドブック) [クリックすれば拡大]

 図2を見ると、ITアーキテクトの活動は、コンサルティングとシステム開発の2つの領域をまたいでいるのが分かる。ITアーキテクトがコンサルタントなのか、それとも技術者なのか判断しにくいのはこのためだ。

 結論からいえば、ITアーキテクトはビジネスコンサルタントとは異なり、ビジネス要件をITに実装する“橋渡し”的な役割を受け持つ。ビジネス要件の整理はセールスやコンサルタントが担当し、その成果を受けてソリューションアーキテクチャをデザインするのがITアーキテクトの活動であり、これが「戦略的情報化企画」の主たる業務になる。このフェイズにおいて、ITアーキテクトはコンサルタントやセールスとともに、責任を持ってソリューションアーキテクチャの設計を遂行する。

 では“アーキテクチャ”とは何か。「ITアーキテクト育成ハンドブック」で定義しているアーキテクチャとは、「全体最適の観点から立案されたデータベースやネットワーク、アプリケーションを含めたシステムの構成」のことだという。さらにいえば、いまの企業システムは1つの業務システムだけで完結しているわけではない。複数の業務システムが連携し合い、1つのビジネスプロセスを実行する仕組みになっている。こうした条件を加味し、全体最適を図ることが設計のポイントとなる。つまりシステムの全体を「切り分け」て、「各部分をどのようにつなぎ」、「最適な運用形態を保持できるか」を考えるわけだ。

 一般的にシステム構成上、“切り分け”やすいのはアプリケーション層、データベース層、ネットワーク層、それから運用管理ミドルウェアや各種セキュリティコンポーネントなど。ITSSでは、ITアーキテクトに問われる技術スキルは「アプリケーション、データベース、ネットワーク、セキュリティ、そしてシステム運用についての総合的な知識・技術」としている。そして技術スキル以外に、コミュニケーション力やコンサルティング力など総合的なビジネススキルを「全専門分野共通スキル」と位置付けている。

ITアーキテクトに求められるスキルとは?

 前述したITアーキテクトに求められるスキルの図を下記に挙げておく(図3参照)。

ALT 図3 ITアーキテクトに求められるスキル

 下の「全専門分野ごと共通」と書かれているのが、アーキテクチャ構築やテクニカル、プロジェクトマネジメント、リーダーシップ、コミュニケーション、ネゴシエーションなど10種のスキル、上の「分野ごと」とあるのがアプリケーション機能、データ構成要素、ネットワーク、セキュリティ、システムマネジメントの5種からなる。この「分野ごと」というのは、ITアーキテクトの専門分野を細分化したものだと考えると分かりやすい。具体的には、表2のような形になる。昨今よく聞かれる「アプリケーションアーキテクト」などは、下記にあるようにITアーキテクトが持つべき専門スキルの構成要素に入る。

スキルカテゴリ 職種共通スキル項目
アーキテクチャ構築 ソリューションアーキテクチャ構築、代替ソリューション分析、要件定義
デザイン モデリングテクニックの活用と実践、IT標準の適用、再利用テクニックの活用と実践、技術的検証、データモデリングの適用、プロセスモデリングの適用
テクニカル プラットフォームや要素技術の比較、システム運用技術の検証、技術的問題の解決
メソドロジ メソドロジ選択と適用
コンサルティング コンサルティングテクニックの活用と実践
プロジェクトマネジメント プロジェクト計画策定と実施、変更管理
インダストリ 業界ビジネス・技術・競合動向に関する提言、インダストリアプリケーションに関する助言
リーダーシップ チームリード、技術的指針の提示、リーダーシップスタイルの適用
コミュニケーション 効果的かつ効率的な文書力および会話力の活用、良好な顧客関係の維持
ネゴシエーション 指針の提供、成功要件の提供
専門分野 専門分野固有スキル項目
アプリケーション機能 機能配置、アプリケーション選択、要件確認と調整、アプリケーション開発メソドロジー活用、設計とコードインスペクションの実施
データ構成要素 データ教養と再利用の実施、データ配置、キャパシティ計画策定、ストレージ管理計画策定、データモデリング技術活用
ネットワーク 既存ネットワーク検証および環境の検証、トポロジー選択実施、ネットワーク戦略構築、ネットワーク標準策定
セキュリティ セキュリティメカニズム設計、オペレーショナルセキュリティ定義の実施、セキュリティソリューション検定、セキュリティプロトコルの把握
システムマネジメント 必要キャパシティ検証、問題管理、変更管理、回復管理、セキュリティソリューション設計
表2 ITアーキテクトが備えるべきスキル(全専門共通/専門分野ごと)

 この5つの分野別スキルは、各ITアーキテクト自身の技術のよりどころに当たる。例えばアプリケーション分野ならば、ユーザーのビジネス要件に従い、技術的な特徴を踏まえて最適なアプリケーションを選択する知識であったり、開発方法論を適用するといった行動が求められる。セキュリティにしても、SSL-VPNや各種認証技術など、要件に合わせて最適な組み合わせを提案しなくてはならない。その際の知識のよりどころとなるのが分野別スキルであり、ITアーキテクトの専門分野に相当する。実際のプロジェクトでは、各人の専門分野をベースに全体のアーキテクチャを設計する。そのため、スキルや職務的にいえば「ITスペシャリスト」「アプリケーションスペシャリスト」などの範囲に広がることも多い。

 そこでITアーキテクトと各スペシャリストの違いを決定付けるのは、「コミュニケーション力」や「コンサルティング力」だろう。こうした能力により、設計したアーキテクチャの妥当性や技術的な特徴をユーザーに説明し、納得してもらうのが各スペシャリストとの決定的な違いといえる。

エンジニアよりITアーキテクトは“上”なのか?

 ここで、各専門分野についてもう少し詳しく見ていこう。スキルあるいは格付けという観点から見て、「ITスペシャリスト」や「アプリケーションスペシャリスト」と、ITアーキテクトとはどのように異なるのか。

 端的にいえば、スペシャリストは主に「開発」に携わる職務のこと。システムの全体的な設計図を基に、個々の専門知識に従って、開発を円滑に進められる技術や知識を持つエンジニアだ。

 一方ITアーキテクトは、ビジネス戦略や要件からシステム全体のグランドデザインを施す。設計時には、各人の専門知識を持って最適なアプリケーション、データ構成、ネットワーク、セキュリティ、運用を設計していく。つまりITアーキテクトの活動には、スペシャリストの知識がベースとして必要となる。「ITアーキテクトの育成には時間がかかる」といわているのはこのためだ。かといって、スペシャリストの上にITアーキテクトが位置付けられるわけではなく、両者はあくまで対等な関係にある。

 ITSSが参考にしているIBMのIT技術者キャリアパスでは、一般的な“ITエンジニア”について、スペシャリストとして技術が確立される前の段階を指している。ITエンジニアはOJTや研修を積んで専門性を磨き、その上で「ITスペシャリスト」「プロジェクトスペシャリスト」「ITアーキテクト」「コンサルタント」「プロダクトサービス」……などの職種を選んで認定試験を受ける。専門技術を追求するのであればITスペシャリストが適任だし、技術や知識を生かしてアーキテクチャ設計に携わりたいのならITアーキテクトを目指す。この方針はITSSにも引き継がれ、関係者は「職種によって上下の差はない」と断言し、職種ごとの専門性を認定している。余談だが、ITA委員会ではITアーキテクトの専門性や専門分野について、どのように認定するか論議中だという。

 ちなみにITA委員会がまとめた「ITアーキテクト育成ハンドブック」(2004/7/7 Ver1.0)によると、独学やディスタンス・ラーニング、OJT、メンタリングとコーチングなど、個人学習と実務経験をバランスよく習得していくことが望ましいとしている。そのためにはITアーキテクトを目指す人材自身が、好奇心旺盛で、決断力や判断力を備えていることが必要だ。

世界標準のITアーキテクト像

 最後に、ITA委員会の成果と今後の方向性について述べておこう。

 2004年7月には、ITアーキテクトの育成に向け、「ITアーキテクト育成ハンドブック ver1.0」を発表。このドキュメントには、前述したようなITアーキテクトの役割と求められるスキル、学習・育成の方法が網羅されている。

 そして2005年5月には、ITA委員会のワーキンググループ「参照アーキテクチャ調査」が、ITアーキテクトを目指す技術者に対し、ITアーキテクチャのフレームワーク集や事例、注目技術を収集し、その成果を発表した。参照アーキテクチャの中心となっているのは、ザックマンフレームワークやEA(Enterprise Architecture)だ。企業戦略から中・長期的なIT戦略へ落とし込んでいくEAは、アーキテクチャ設計時の参考にすべき見本。さらに国内外のアーキテクチャ事例や技術を盛り込むことで、アーキテクチャ設計時に活用してもらうことが狙いだ。

 こうした成果を踏まえ、同委員会の活動範囲はさらに広がりを見せている。その1つが「標準アーキテクチャの策定」だ。極端な話、いまはシステム設計に携わっていれば誰でも「ITアーキテクト」を名乗れる状態だ。プロフェッショナルとしてのITアーキテクトの職務、活動範囲を詳細に定義するには、「どのようなアーキテクチャ設計に携わってきたか」を明示する必要がある。それには参照アーキテクチャとは別に、「標準的なアーキテクチャ」像を具体的に表し、アーキテクチャに対する認識のブレを統一する必要がある。現在、ITA委員会では標準的なアーキテクチャ像である「アーキテクチャ・メタモデル」の具体化に向け、論議が進められているそうだ。

 さらに、ITアーキテクト像を深く浮き彫りにするために、ユーザー企業側のITアーキテクト参画も検討しているという。「ビジネス要件をシステムに落とし込む役割」として、IT業界だけでなく、ユーザー企業側にもITアーキテクトの必要性が高まっているためだ。またユーザー企業のITアーキテクトが参画することで、スキルや育成についての幅も広がる。

 ITA委員会はIPAに属するもので、その活動は経済産業省の一環である。つまり上記のようなITアーキテクトの職務範囲、スキルとも、“国内で標準化されたもの”だ。その一方で、世界的な動きで見ると、電気・電子分野で世界最大の学会である「IEEE」(Institute of Electrical and Electronic Engineers)において、ITアーキテクトの職務範囲をモデル化する試みが進められている。これはまだ策定段階で、一般に流布されたわけではないが、ITA委員会が定義したITアーキテクト像とほぼ一致している。世界標準でITアーキテクトの姿が定義されてきたことから、これまで曖昧模糊としていた「ITアーキテクト」の輪郭が見えてきたことは確かだ。

 次回からITA委員会のメンバーを中心に、ITアーキテクトの実像を追っていく。

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