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人はなぜテレビ番組を“録りためる”のか(2/2 ページ)

» 2004年03月29日 09時13分 公開
[小寺信良,ITmedia]
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 われわれが映像を見たり音楽を聞いたりすることによって得られるのは、「それを見た」という記憶ではなく、脳内に訪れる変化である。それをもってして、そのコンテンツを味わったことになり、“制覇”した、あるいは消化したということになる。

 そして人がそれらの映像を記録したがるのは、その流れや意味は理解し記憶できても、それ以上のディテールを、脳が記憶できないからである。だから何度でも見て、もう一度おなじ気持ちを味わったり、さらに多くの情報を得ようとする。

 テレビ番組を録画して、それを外部メディアに保存するという行為の本質は、いつかまた見たいと思う日のための備えである。一度見て十分理解できる程度のもの、あるいは大して得るものがなかったものは、保存するに値せず、と判断する。

 だが最近のデジタルレコーダーブームにより、この本質が別の意味を持つようになった。HDD容量競争は、「最長数時間録画」といったキャッチコピーを産む。例えば最長300時間録画がウリだとしよう。このレコーダーがいっぱいになるまで、24時間録り続けたとして、12日と12時間かかる。それは同時に、それを見るのにも不眠不休で12日と12時間かかることを意味する。

 当然のように、われわれ現代人はそれほどヒマではない。だが多くのコンテンツを予約し、録画することで、情報を脳外のストレージに蓄積したことに対する喜びを、その代償として得る。

 さらにその延長として、その中から自分が見るであろうコンテンツをタイトル名から予想し、DVD-Rに保存する。これでコンテンツを、形として手に取ることができるようになる。そしてこれを以て、このコンテンツを“制覇”した、という気になる。

 「オレは先週金曜日に『ゴジラ2000ミレニアム』を録画したのだ。そしてDVDにしたから、オレはいつでも見ようと思えばこれを見ることができるのだ。もう見たも同然だと言っても過言ではあるまい」。だが、それはあくまで“過言”なのだ。見るあてのないものをいくら脳外に記録しても、それを理解したことによって得られる人間的な成長はない。

デジタル狩猟

 たくさん録画することによって得られる本能的な快感の源泉は、もっと遺伝子の奥深いところにあるような気がしてならない。それは例えば、「狩猟」のようなものだ。ワナを仕掛け、獲物がかかるのを待つ。そして収穫。EPGによるおまかせ録画機能などを使って得られる快感は、そういった縄文時代以前に人類が綿々と繰り返してきた行為の残滓とは言えないだろうか。

 電気代の無駄と知りながら、必要以上の映像を延々と記録し保存するのは、やはり何かの欲求が完全に満たされないことを意味する。そこが代償行為の限界なのだ。だから限度がない。

 このような行動パターンには、われわれはたびたび遭遇してきた。CD-Rブームの黎明期には、ネット全体ミラーリングすんのかぐらいのイキオイでWaresを集めてはCD-Rに焼くことを生き甲斐にしていた人が、あなたの周りにはいなかっただろうか。WinMXやWinnyにハマる人も、このようなパターンに分類できるだろう。

 デジタル放送のコピーワンスに対する、本能的とも言える不快感は、このような狩猟本能を解消するための代償行為すら禁じられてしまうというところに根があるような気がする。筆者はコピーワンスを良しとするつもりはないが、NHKや民放連の言う「これでも見るには困らない」という理屈は、本筋では間違いではないと思う。ただ録画行為そのものの意味が、変質してしまっているのである。

 コンテンツホルダーが恐れるのは、デジタルコピー解放によって海賊版が横行することだ。確かにアタマッから悪いことするつもりの人間に、わざわざ道具を与えてしまうことは自殺行為かもしれない。だがもし普通の人々からカジュアルコピー流出を恐れているとしたら、その量は予想よりはるかに低いハズである。多くの人はためるだけためて、ためたことすら忘れてしまうからだ。

 本来映像作品とは、それが多くの人に見てもらって、誰かに影響を与えたいと願って制作されるものである。備蓄されるよりも、理解され、消化されるべきものなのだ。われわれにとって必要なのは、1時間でいい、コンテンツをゆっくり楽しみ、それによってもたらされる自分自身の変化を受け入れることなのである。

小寺信良氏は映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。

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