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Winny作者とアインシュタインの違いは何か?Winny事件を考える

» 2004年05月20日 11時54分 公開
[中嶋嘉祐,ITmedia]

 Winny開発者逮捕の知らせが報じられて以来、ソフト開発者の間で波紋が広がっている。中でも目に付くのは、「ツールの開発が罪になるのか?」、「P2P技術の可能性が狭まらないか?」といった技術の発展を妨げる社会的な規制を恐れる声だ。

 しかし、これは何もP2PやITに限った話ではない。原子力発電やクローン、遺伝子組み換えといった技術も、社会に混乱や被害をもたらす恐れがある。ただし、そうしたケースでは技術自体の是非は問われても、開発者や研究者が逮捕されたという話は聞かない。では、なぜWinnyでは開発者の逮捕という事態が起きてしまったのだろうか?

 本稿ではITという視点から少し距離を置き、バイオの分野で研究者の在り方を論じる国立医薬品食品衛生研究所の増井徹氏に、科学者の視点からWinnyを論じてもらった。

「科学」からの逸脱

 「Winny開発者と科学者はどこが違ったのか?」。この問いに答えるため、増井氏は「何人も最終的発言権を持たない」「何人も個人的権威を持たない」という科学の在り様を定義する2つの枠組みを示した。簡単に言うと「私が言うのだから正しい」というのは非科学的だということだ。

 報道によると、Winny開発者は現行のデジタルコンテンツのビジネスモデルに疑問を感じ、体制を崩壊させるには著作権侵害をまん延させるしかないと考えたという。増井氏は「科学者は多かれ少なかれ、今までのものを壊してやろうという意気込みを持っているものだ」と共感を示す一方、この考えがWinnyの方向性を最終的に決めてしまったと指摘する。「アインシュタインは原子力の『原理』を編み出したが、その使われ方を規定したわけではない」と同氏。

“Peer”が欠けていたWinny

 次に増井氏は、奇しくもP2Pの“P”が意味する“Peer”(仲間・同僚)による検証が不足していたのではないかと話す。「Peerは利害を共有する関係。P2P技術の研究者や、P2P技術を基盤とした企業が該当する」

 「P2P=悪」という図式を避け、P2P業界を発展させるためには業界内で事前にもっとWinnyが何をもたらすのかについて検証するべきだったと同氏。分かりやすい例として「骨董屋が1000円の品を100万円で売った。相手が同業者(Peer)ならだまされた方が悪い。しかし、相手が素人だったら、誰も骨董屋を信じなくなる」と話し、自分たちの職業の信頼を高める社会的な使命がPeerにあったと指摘する。

 米国ではP2Pの業界団体「P2P United」が結成され、合法的なP2P利用を推進しようとしている。増井氏はこうした類の業界団体が「監視機構」として機能する必要があったのではないかと提起している。

photo 増井徹氏(国立医薬品食品衛生研究所 細胞バンク・主任研究官)

社会システムの問題はITに限らず……

 増井氏はWinny開発者の思想には同意し、「技術や社会が急速に変化する中、規制も同時に変わっていくべきだ。細部まできっちりした従来型の規制ではなく、実験的な進歩の速度に対応できる立法も認められるべきではないか」と主張する。

 増井氏は、海外では実験的な立法の例が多数見られるが、日本ではほとんど例がないと指摘している。

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