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コラム
» 2004年10月25日 11時34分 公開

“個体認識の可能性”からデジタルコンテンツを考える(2/3 ページ)

[小寺信良,ITmedia]

個体認識とは

 身近な問題で考えて頂ければわかるように、例えばクレジットカードのようなものは、本当にオレだけしか使えないという仕組み、カードと本人をもっと確実に結びつけるを仕組みがあったほうがいいんじゃないか、と考えないだろうか。本来ならば暗証番号がそれに相当するのだろうが、レジで店員に暗証番号を言ったり書いたり10キーで打ち込んだりしては、セキュリティもへったくれもあったものではない。

 それよりももっと目立たないもの、指紋でも声紋でも光彩パターンでも手のひらの血管でもなんでもいいが、個体を特定する方法があってしかるべきだ。つまりカードにそれらのパターンが記録されており、店頭でも本人の体を使ってそれが確認できる、という仕組みが、個体認識だ。この方法は、ネットのデータベースを参照する必要がない。2つのものが同じかどうか、その場で比べるだけでいいのである。

 筆者が対談で言いたかったのは、自分で録画したテレビ番組を見るのに、住基ネットのカードをPCに差し込んで「オレが本人です」と証を立てるべし、ということでは全然ない。もともと「個人を特定する」という部分を実行するために、ネット経由でデータベースにアクセスして情報を確認するなんて、状況を悪くするだけで、意味などないのだ。

 要するにネットやデータベース云々ではなく、レコーダーに録画予約した人間と、ポータブルAVプレーヤーで今まさにその番組を再生しようとしている人間が同一人物であるということが分かれば、問題ないんじゃないの? という話がしたかったのである。

 これが実現可能かは別にしておいて、その具体例をイメージしてみよう。

 例えば筆者がレコーダーで録画する際に、リモコンを使う。そこの決定ボタンに指紋などのスキャン機能があって、それが録画される番組のデータ内にメタデータとして格納される。別のデバイスで再生されるときは、その再生ボタンにスキャン機能がある。筆者がそのボタンを押すときに、そのスキャン結果とメタデータを照合し、合致するなら再生する、といった仕組みである。

 人間の同一性が確保できれば、コンテンツの転送方法として、別にLANを使おうがWANを使おうがメモリーカードを使おうが念写を使おうが、関係なくなるだろう。一人の人間が、「何で見るか」という手段が変わるだけである。今のコピーコントロールの問題点は、転送方法をすべて制御しようとしているから、予想もしなかった不便を強いられることになっていると言えないだろうか。

 さらにユーザーは、その負担を意識することはないというところもポイントだ。

 個体認識は暗証番号のようなものでもできるわけだが、そうなると人生の中で一体いくつのログインIDとパスワードを覚えなければならないのか、考えただけでも頭が痛くなる。オジサンがパスワードを会社のPCに付箋で張っているのも、やがて笑えなくなるのだ。

 むろん個体認識によるコンテンツ保護という考え方には、弱点もある。それは現行法で許されている、「家庭内その他これに準ずる限られた範囲内においての自由な利用」を許容しない点だ。

 だがそれは、別のアプローチから、ある程度解決できるだろう。少なくとも家庭内ならば、録画した実機で再生する分には現状と同じだから、問題はないはずだ。

 それだと友達コピーできないじゃん! と憤る人もいるだろう。多くの人は著作権法30条で認められた私的使用のための複製で規定された「家庭内その他これに準ずる限られた範囲内」を、広く「友達」と解釈している現状がある。だが現行法では、その範囲が家族同様に親しい間柄であり、その事実が客観的に証明されなくてはならないことは、あまり知られていない。

 具体的には、会社の同僚とかクラスメートとか同じマンションに住んでいるとかネット仲間とか釣り仲間とかぐらいでは、親しい間柄の範囲に入らないのである。実際には親公認の恋人同士とか同棲してるとか内縁の妻とか、そのぐらいのイキオイでガッツリ親しくないと、家族同様に親しい間柄であると客観的に証明するのは難しいだろう。

 元々カジュアルな意味での「友達コピー」は、最初っからアウトなんである。

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