ITmedia NEWS >
コラム
» 2004年10月25日 11時34分 公開

“個体認識の可能性”からデジタルコンテンツを考える(3/3 ページ)

[小寺信良,ITmedia]
前のページへ 1|2|3       

ユーザーは常に便利なほうを選択する

 著作物の取り扱いを、厳密に著作権法に基づいて運用すればどうしても歪みが出る。デジタル時代に沿った新しいやり方は、同じく著作権法で保護されているコンピュータソフトウェアにも好例がある。

 従来の商用ソフトウェアでは、1ライセンスは購入者本人が1台のコンピュータにのみインストールできる、ということになっている。だが最近では、1人の人間が使うのであれば、同時に起動しない限り複数のコンピュータにインストールしても構わない、といった柔軟な姿勢を示す企業も現われてきている。

 グラフィックスソフトで有名なアドビでは、ネットワークを使ったライセンス認証(アクティべーション)の規定の中で、1人のユーザーが2台のコンピュータにソフトウェアをインストールできるとしている。もちろん同時起動せず、1人の正規ユーザーが使う場合においてである。

 これはユーザーにとって、非常に利益のある考え方だ。ソフトウェアを1個買えば、家ではデスクトップ機で作業し、外出時にはノートPCで同じソフトを使って作業するという、現実的な運用がOKなのである。

 今までのオンリーワン主義ではなく、こういった柔軟性を持たせた考え方は、デジタル時代らしいあり方だと言える。さらに今のデジタル放送のコピーワンスという制限が、いかに時代錯誤なものであるかもわかる。

 いたずらに著作権法を持ち出して議論するより、コンテンツホルダーとエンドユーザー間の規定の中で、柔軟な契約の元に運用した方が、話が早い。ただ放送で難しいのは、業態のあり方がコンテンツホルダーとユーザー間を結んでいないというところだ。しかし放送局が視聴者の立場を無視し続けるのであれば、エンドユーザーはよりメリットがあるものに、すぐ乗り換える。

 いつまでも放送が娯楽の王様として旧態然とした収支モデルにこだわるのならば、ユーザーには「テレビを見ない」という選択も有り得るということだ。今や娯楽は電波に乗ってやってくるだけではなく、電線や光ファイバーを通してもやってくる。何で楽しむか、選ぶのは自由だ。

 ユーザーもコンテンツホルダーも、「買わない」という選択の次には、まだその選択があることを覚えておくべきだ。このままでは筆者もあと数年後に、『だれが「テレビ」を殺すのか』という本を上梓することになるかもしれない。

小寺信良氏は映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。

前のページへ 1|2|3       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.